第3話 初動調査
それから一晩も経たない内に女のことが分かった。源三郎はお花の医院に来るとお花は外で応対する。中の患者に聞かれたくないというより聞かせたくないからだ。
「逆さの女の名前は上白屋の香という。米問屋をしている商家の娘だ」
「商家の娘が子を宿していたとなると婚約者でもいたのですか?」
「うむ、一応いるにはいる」
源三郎の少し迷ったかのような言いようにお花は疑問口調で聞いた。
「永井様にしてははっきりとした物言いではないですね」
「うむ、婚約者によると自分たちの子かどうかわからぬというのだ」
「経験がないと」
「いや、子を成したかどうか自信がないとのことだ」
ここで考えていても埒が開かないのでお花は源三郎に言った。
「ちょっと待って下さいね永井様」
「うむ」
そういうとお花は次郎に声を掛ける。次郎は患者を診ながらお花の言葉に言葉を返した。
「次郎さん、後は任せられますか?」
「深手を負った患者さんはいませんので任せて下さい」
「それでは私は永井様と少し出かけてまいります」
「はい、気をつけていってらっしゃいませ」
お花は医院の扉を開けると源三郎の用意した籠に乗り込んだ。まず向かうのは上白屋である。
籠に暫く乗り、日本橋を越えた辺りで上白屋に着いた。お花と源三郎は籠から降りて店の中へと入っていく。
源三郎の姿を確認すると中に居た番頭がまずは出迎える。番頭は興味深そうに体を前に持ってきてパーソナルペースを縮みてくる。そんな番頭の出迎えにお花は源三郎の代わりに名乗る。
「私は永井様の助手のお花と申します。今日はご主人と女将さんはご在宅で?」
「ええ、今から呼んでまります」
番頭は席から離れると主人と女将を呼びに行った。暫く待つと主人と女将が慌てた様子で歩いてくる。
主人と女将は源三郎に近づくと声に涙混じりの嗚咽が混ぜてきた。妻の方も目から涙を拭い、悲しそうな表情をしている。真剣に聞こうと体を前に出し、パーソナルスペースを縮めてくる。ノンバーバル行動的に見てもこの二人に異常はない。
「娘は殺されたのでしょうか、なぜ、どうして」
そう言って泣き崩れる女将に店主は肩に手を置き、慰める。どうやら女将の方では話し合いにすらならないと悟ったお花は店主に話を聞くことにした。
「なんでも婚約者がいたそうで」
「確かに娘には婚約者がおりました」
「なにをしていらっしゃる方なのでしょうか?」
「私と同じように商いをしています」
「婚約者との間に子ができたという話は聞かれたことはありますでしょうか?」
「い、いえ聞いたことはありません」
子のことを言うと店主はおっかなびっくりと言った様子で目を見開いた。どうやら本当に親である店主すら知らないらしい。
「婚約者のお店はわかりますでしょうか?」
「近江屋といいます。この日本橋に店を構えています。名前は太助といいます」
「分かりました。今からお話を聞きに行きます」
お花はそういうと源三郎を連れ立って店を出る。源三郎は店を出るとお花に聞いた。
「なにか引っかかるところはあったか?」
「いえ、ありません」
ノンバーバル的に異常はない。お花の話を聞いた源三郎は籠を再度呼び寄せ二人で近江屋に行くことにした。
籠に揺られ着いた先は婚約者が開いている店の近江屋であった。古物商をしている。二人で中に入ると番頭が出迎えた。源三郎の姿を見た瞬間、番頭は体を仰け反らせ、パーソナルペースを取った。
突然奉行所の同心が来て驚かない方がおかしい。源三郎は番頭に言った。
「驚く必要はない。今日は二、三話を聞きたいことがあってきたのだ」
源三郎は番頭を安心させるような声音で言うと、番頭は緊張を解き、体を前に持ってきて源三郎とパーソナルペースの距離を短くした。
「ところで太助はいるか?」
「は、はい、います」
番頭はそれを言うと太助を呼びに店の奥へと言った。暫くすると番頭が太助を連れ立って来た。
源三郎は太助の姿を確認すると太助に訊いた。
「お主が太助か?」
「は、はい、そうでございます」
「昨日、お主の婚約者の香の死体が井戸から上がったことはしっておろう」
「は、はい、どうしてこんなことに」
突然の訃報に婚約者の太助は泣き崩れた。
「お主、なにか香のことで不審なことやなにか思い至ることはないか?」
源三郎が太助に話を聞いている間に、お花は店を眺めているとこの店で働いていると思われる女性が奇妙なノンバーバル行動を取った早くこの話から逃げたいのかどうなのか分からないが、足が出口の方へ向いている。お花の姿を視認すると目を見開き、数コンマ何秒の世界で瞳孔が縮小していく。更に身を守るように体を抱き寄せ、距離を取るようにしてお花からパーソナルペースを取っていく。
(おかしいこの女性、明らかにこの話から逃れたいというノンバーバルが現れている)
分かっていながらお花は女性に声を掛ける。
「どうかされましたか?」
お花に声を掛けられ、女性は額に大粒の汗を掻きながら、体を仰け反らせた。
「い、いえ」
どもり口調でそう言った女。お花はそうですかと言った。そんなお花と女性を見ていた源三郎は首を傾げながらも太助に話を聞く。
「香は外来物が好きでよくその店にいっておりました」
「ふむ」
それを聞いた女は目を瞬かせ、唾をごくりと飲んだ。まるで行かれたら困るかのような反応であったし、源三郎と太助の会話が不快であることを示していた。
源三郎は外来物問屋の名前を聞き、お花は源三郎を連れ立って店に出た。
「どうしたのだお花」
「いえ、お店の中に女性の店員がいたことは見えていましたか?」
「お花と喋っていた女であろう」
「はい。それがこの女性が心理術に引っかかりまして」
「どういうことだ」
「太助さんと永井様がお話になっていると不快なのか色々な反応を見せてきました」
そこでお花は着物の袖に手を通し、考える。源三郎はそんなお花を見やると訊いてきた。
「その女子はこの件に関係があるというのか」
「心理術的にはですが」
「ふむ……よくわからぬな。なぜそんな反応を取ったのか気にはなるが」
「はい」
そこで源三郎はお花に提案するように言った。
「とりあえず外来物問屋に行ってから考えるとしよう」
「はい」
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