第4話 ノンバーバルコミュニケーションと法医学での捕縛と真相(終)

 外来物問屋の名前は宮前屋と言う。源三郎とお花は宮前屋に向かうと中へ入っていった。

 

 源三郎の姿を見た瞬間、店主は少し上体を仰け反らせた。そして店主は近寄ってきて源三郎に問いかける。


「今日は何用で」

「この店に香という女が出入りしていたはずだ」

「あ、確かに香様はよく来てくださいました」

 

 店主と源三郎が話をしているとこの店で働く男が妙な仕草を見せた。足は店の外に向かうように向いていて、フリーズしている。フリーズは恐れるものが来たときに見せるノンバーバル行動の一つだ。


 それを見やるとお花は源三郎に言った。


「永井様、あの男心理術に引っかかっています」

「間違いないか」

「間違いありません」


 そうお花と源三郎が話をしてから、男に話を聞くために源三郎は男の下へ歩いて行く。


「お主、名はなんという」

「次郎左衛門といいます」

「お主、香という女は知らぬか」

「あ、この店によく来ていたことだけなら」

「本当にそれだけか」

「へい、あっしは嘘は吐きません」


 そう言いながら次郎左衛門は額に大粒の汗を浮かべて瞳孔をコンマ何秒の世界で収縮させた。


「どうだお花、この者は嘘を吐いているか」

「吐いていますね」


 お花からそう聞くと源三郎は厳しい表情を次郎左衛門に向けた。


「だそうだ。お主、香とはどんな関係だ」

「店の店員とお客の関係だけです」

「本当に間違いないか」


 源三郎がそう言うと次郎左衛門は問屋の中になる布製品を自分の胸に持ってきてまるで自分の身を守るようにした。


「次郎左衛門お主、嘘を吐いているな」

「あ、あっしは」

「お花、香が死んだと思われる時間を弾き出せるか」


 お花は少し考える仕草をした後に死亡推定時刻を算出する。


「一日前の暮れ6つから「19時」夜4つ「22時」ぐらいだと」

「お主その時間はなにをしていた」」

「あ、あっしですか。一人で酒を飲んでました」

「本当か」

「ええ、本当でございやす」


 次郎左衛門は体を守るように両腕で腕を組み、ぐっと体を守る体制に入る。


「嘘ですね」


 お花はそう言うと源三郎は強い口調で男に言った。


「あまり嘘ばかり吐く出ない。これ以上は伝馬町の牢で話を聞いてもいいのだぞ」

「そ、そんな」


 そこで男は首を引っ込め亀のような姿を取った。これも逃避に走りたいという立派なノンバーバル行動の一つだ。


「もう一度聞くぞ、お主はその時間になにをしていた」

「……香と居ました」

「何用で会っていた」

「香があっしの子ができたと言って責任を取れと迫ってきたのです」


 なるほどこの男、香とはそういう関係だったのかとお花はそう思うと袖の中に手を入れた。


「お主が殺したのか」

「と、とんでもございやせん。殺したのは近江屋で働く女ことお安でございやす」

「あっしと香が会っていて、こんな話をしていたらお安が激高をして香の頭を鈍器で殴ったのです」


 なるほど先ほど近江屋で怪しい動きを見せた理由はそういうことだったのか、源三郎とお花は互いに顔を見合わせると男との話をここで切り上げ、近江屋に向かうことにした。


 お花と源三郎が近江屋に再度戻るとお安はごくりと唾液を嚥下する。源三郎はお安に近寄り聞いた。


「お主、香を殺したな?」

「誰がそんなことを」

「宮前屋の男からだ」


 そこで女は観念したかのように両肩を落として言った。


「確かに香の後頭部を鈍器で殴ったのは確かです。でも死ぬとは思いませんでした」


 源三郎とお花は同時に同じことを考えていた、男は公事方御定書の通りに死罪になることを恐れてこの女のことをべらべらと喋ったのだと。


 源三郎は女に言った。


「これよりお主は罪人だ」

 

 そういうと源三郎は女を捕縛する。女も抵抗する姿を見せない。お花はそんな源三郎と女の姿を見ると、大きな息を吐いた。


 夜になり美弥のすすめもあり源三郎とお花は美弥の料理に舌鼓を打ちつつ、酒を飲んでいた。


 美弥がとっくりに酒を注ぐと、お花は源三郎に言った。


「なんともまあ、男の見苦しさをみたような事件でしたね」

「男は女を売ったが、またその女も恐ろしいものだ」

「嫉妬で殺害したのですかね」

「恐らくはそうであろう」


 煮物に手を伸ばすと口に入れて咀嚼をする、事件とは違いなんとも甘い味がした。

 お花は酒を美弥に酌んでももらうとまた一口飲んだ。


「こんな事件の後は美弥さんの料理で口直しをするのが最適ですね」

「そう言ってくださって嬉しいですね」


 外には月が浮かんでいる。窓から見える月を見ながらお花はなんとも女という生き物は恐ろしいと思うのだった。

 こうして逆さの女の事件は終わりを告げる。


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