第5話 そして理休屋の子は全て居なくなった
店を出た瞬間に源三郎は今日の成果をお花に訊くようにして促した。。
「どうだ、何者か、はつやお妙の殺害に関わっているような動きをしたものは居たか?」
「今のところありませんね」
「そうか」
そこで源三郎は困ったような表情をしてゾッとするようなことをお花に言った。
「まさか美砂までころされることはあるまいな……」
「ないとおもいます……これだけ殺害されたら要注意するでしょう」
「そうであるといいが」
この後二言三言、源三郎と会話をした後に源三郎とお花は別れることにした。そしてこれから一週間は事件は起きなかったのだが、その翌日八日目にして美砂は消息を絶った。十日目に入っても屍は見つからず消息も分からずじまいだった。そしてその四日後今度は左衛門が殺害された。こちらは遺体が見つかっており、直ぐに屍の元へ向かうことにした。場所は紺屋町の神社の中であった。
紺屋町の神社までお花と源三郎は籠に乗り、現場へ駆けつける。現場に着くとおかっぴきの太郎が筵の元まで案内した。
「この遺体も酷いのですか?」
お花は聞くと太郎はいやそんなに酷くは無いと素っ気の無い返事をしてきた。
太郎は筵を外すと、屍を見せる。確かに上から見た限りでは死後に遺体を弄ばれた形跡は無い。お花は手を合わせて合唱をすると遺体を見ていく。屍の頭の下の付近には折りたたまれた着物がまるで枕のように置いてあった。
「これは打ち消しと個性化」
これは非人格化ではなく、FBI行動科学科でいう打ち消しの一つだ。個性化は犯人だけがわかる大事な儀式的な行動で打ち消しは被害者と近しい関係のある犯人が殺害行為を打ち消そうとする象徴的に試みのある行動の言である。例えばこの遺体の例で言えばこの枕のようにしてあることがそれだ。お花は遺体を注意深く見ていく。指にまで死後硬直が起きており死後硬直が完成している。
源三郎と二人で着物を脱がせ、しっかりと体を見ていく。爪の中には最後の抵抗の防御創である生活反応痕が残されていた。恐らく殺される間際に相手の体を掻きむしったのであろう。顔には異常は無い。顔は鬼のように赤く腫れがあっており、首の周りには索条痕があった。
腹には異常は無く。その後性器や肛門などをみても釘など打ち込まれている形跡は無い。
遺体を源三郎と二人でひっくり返し死斑を見ると死斑は完成し消退しない。
背中には刺し傷などは無い。後頭部の髪をかき分け頭皮を見ると打撲痕と擦過傷が見られた。腐敗網は進んでおらず、下腹部の緑青色は薄い。角膜を見ると死後一日程度の混濁であった。死亡推定時刻は昨日の夕刻辺りと思われた。
そしてお花は推測する。恐らく背後から電撃的な攻撃を左衛門は受けた後に首を絞められて殺害されたのだと。
そしてその抵抗で爪には生活反応痕が残っている。そこに犯人の儀式の打ち消しが加わりこのような状態になっている。
お花が手を合わせた後に源三郎が悔しさの滲む声で言った。
「これで理休屋の全ての子が死んだことになるな」
「恐らく美砂さんも生きてはいないでしょう」
お花は源三郎に自分が思っている正直な気持ちを話した。源三郎は地面に拳を叩き付けて叫ぶ。
「一体この下手人はなにをしたいのだ!」
悔しそうにする源三郎にお花は思っていることを言った。
「今回の殺人は少し違って、もの凄く丁寧に左衛門さんを扱っています。この枕のように着物を頭の下にあるのは恐らくは知り合いの可能性が高いです。そしてこの犯人は、この犯行を消し去りたいという気持ちで一杯だと思います」
「それは心理術で導いた答えか」
「左様でございます」
そこで源三郎は一息おいた後に言葉を零す。
「ということはこの犯行は左衛門を知っている者の犯行であるということだな」
「そう考えたほうが適切かと思われます。今から理休屋やその近辺に赴きますか?」
「うむ、行動は早いほうがよかろう」
検屍が終わった後に源三郎とお花は日本橋へと向かった。理休屋に着いて、両親に話すと両親は泣き崩れた。私どもがなにをしたのでしょうかというフレーズが心に残る。話している最中にもお花は左衛門の爪に残っていた生活反応痕の確認を怠らない。見た限り両親の体にはひっかき傷などは無いようだ。次はおやすのところに向かって確認するがやはり生活反応痕は見当たらなかった。
お富にもそのような様子はなかった。次は舶来問屋に向かう。いつも通り番頭が難しそうな表情をして帳簿と向き合っていたが、源三郎とお花の姿を確認すると、店主の久兵衛がやってきた。
「またなにかあったのでしょうか?」
久兵衛の第一声がそれであったので、お花は言葉を返すことにする。
「左衛門さんが殺害され、美砂さんの行方もわからなくなりました」
「……この世には神も仏もないんですかね……」
久兵衛は悔しそうな表情を滲ませた後に一筋の涙を流した。久兵衛にも生活反応痕が残っている様子は無い。店内を見回し番頭の様子を見るが仕事をしていてとても忙しそうだ。この番頭にも生活反応痕はない。
あの左衛門の掻きむしり方。五指全てに肉片が付着している様子から見るにただ事では無い生活反応痕が残っている筈だ。
店内を見回すと今日は未緒は居ない様子だった。お花は未緒のことを久兵衛に聞くと、どうにも具合が悪いそうで今日は休んでいるそうだ。という言づてを小僧が持ってきたことを話してくれた。
源三郎とお花は久兵衛と少し会話をした後に未緒の住まい先を聞いた。紺屋町二丁目の長屋に住んでいるそうだ。
それからお花と源三郎は店の外に出ると、商いに勤しむ棒手振りや多くの干し見世を見やる。着物姿の女性や武士などが通り過ぎていく様子を見ているとお花と源三郎の下へ一人の男が寄ってきた。全く知らない男だった。
「今日は未緒さんは休みなんですねえ」
どう返答を返そうか困っている源三郎の代わりにお花が対応する。
「具合が悪いそうで」
「そうなんですか。しかし未緒さんは色っぽいしいい女だねえ」
「はあー」
スケベ根性丸出しの男かとお花は思い、さっさと話を打ち切る算段を考えている最中に男は矢継ぎ早に言葉を掛けてきた。
「未緒さんと言えば理休屋のお妙ちゃんとはつさんは残念なことになったそうで」
「ええ」
「今は左衛門さんと美砂さんの消息もわからないとか」
「はい」
「未緒さん心配だろうな左衛門さんのこと」
話を打ち切る算段をしていたお花だったが、急に考えを改め男の話を聞くことにした。
「未緒さんが悲しむとはどういうことでしょうか?」
そこで男は下卑た笑みを浮かべた後に言った。
「いつも左衛門さんのことを背後から見ていたんですよ。その表情の色っぽさときたらたまらなかったですわ。未緒さんがあんな表情を向けるのは左衛門さんだけだろうなぁ」
未緒は確かに左衛門の時の話に奇妙なノンバーバル行動をとった。未緒は左衛門のことが好きだったのか? いや色々な人間の話を聞くに左衛門はモテたのだ。その可能性は否定できない。しかし旦那も好きで左衛門のことも好きだったのかと思うとしっくりこない。
心の中で未緒に対する疑問が湧く。そう思うとお花は居ても経っても居られなくなり、源三郎に話を振った。
「永井様。未緒さんにも話を聞きましょう」
「うむ、これは一度未緒にも会って話を聞かねばならぬな」
男との会話を早々に終わらせ源三郎とお花は未緒の住む長屋に赴くことにした。
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