第4話 再捜査
そして翌日の朝に源三郎とお花は再度お妙とはつの周りを取り巻く人間の聞き込みを行うことにした。今日も日本橋の賑わいは相変わらずであった。朝日を浴びながらお花は棒手振りをみながら思う。誰かがノンバーバル行動に引っかかってくれないかと。そして一刻も早く犯人を捕まえたいと。
そんな思いを抱きつつ、まず理休屋に赴く。お花と源三郎が理休屋に入ると兄の左衛門と両親、そして一人の女性が姿を現した。
お花は女性と両親に挨拶をして、名前を聞くことにした。
「失礼ですが、お名前を教えてはいただけないでしょうか?」
お花の促しに、両親は一礼をすると泣き崩れそうな表情をしながらも気丈に挨拶をしてきた。
「私はこの家の主人である二郎三郎でございます。そして隣にいるのは家内のみつと申します」
両親に続いて女性が頭を下げた後に名を名乗った。
「私は長女の美砂と申します」
「ご協力ありがとうございます」
お花が頭を下げると、両親、美砂、左衛門が同時に話してくる。それを源三郎は制して一人ずつ話をすることにした。
お花は言いにくいなと思いつつ、両親に簪と着物の柄が描いてある絵を見せる。
「二郎三郎様、みつ様、こちらの簪と着物に覚えはないでしょうか?」
それを見せると二郎三郎とみつの顔から血の気が無くなった。
「そ、それは、はつの着ていた着物と簪でございます。どうしてこのような絵をお、お書きになったのでしょうか……」
二郎三郎はどもりながらもそう言ってくるが、実際のところなにが起こっているのか分かっているのだろう。だからお花は残念そうな表情を浮かべて無残な真実を告げた。
「この着物と簪をつけた方は既に殺されておりました。あまりに無残な姿のためにこうして簪と着物の絵にしました」
それだけを言うと二郎三郎は肩を落として涙を流す。そしてみつは力が尽きたように床に座り込んでしまった。
左衛門は手から血が出るくらいグッと手を握りしめて歯を噛みしめて涙を流す。美砂は歯をカタカタと鳴らしてやはり座り込んでしまった。
お花は一旦間を置いて両親や左衛門、美砂が落ち着くのを待った。暫く立つとやっと話が聞き出せるようになったことが分かった。
「お辛いときに申し訳ございません。堂々巡りになってしましますが、なにかこうしたことをされるぐらいに恨みを買った覚えとかありませんか?」
そのお花の問いかけに二郎三郎は手をブルッと震わせて怒りの表情を浮かべながら答える。
「確かに家は商売はしています。その過程で一つや二つ恨まれることはありますが、でも……こんな酷いことをされるような覚えは決してございません」
この返答はお花にとっては想定内のことだったので驚かない。左衛門は口からこの犯人を殺してやりたいという怒りの言葉が漏れていた。
そして左衛門はぼそりと言葉を零す。
「……お祭りに行った辺りから妙な文を投げ込まれ、こんなことが起こるようになりました」
「お祭り?」
「はい。少し前にお祭りがあったでしょう。そこに私が友人と共に行ったんです」
「そこでなにか変わったことは?」
「ちょうど暗い場所に居て、相手の顔がよく見えませんでしたが、草履の紐が切れていたので修理したぐらいです」
「その相手は女性か男性ですか?」
「声からして女性です」
お花はそこで顎を触って考える。それはこの事件に無関係なことなのか? それとも関係しているのか。しかし左衛門のこの証言が要注意事項に入ったことは確かだった。
お花はそうですかと返事をした後に左衛門に尋ねる。
「左衛門さん、お妙さんやはつさんが仲良くしていたお友達とか居ませんか。もちろんその友達が左衛門さんのことを知っている関係だと尚よろしいです」
「それなら美砂の方が詳しいかと思います」
左衛門は話の矛先を美砂に振ると、美砂が代わりに答える。
「特に仲が良いのはこの家から三軒離れた金物問屋をしているおやすちゃんです。その他にはここから四件離れた紡績商の娘さんのお富です。私も仲良くさせて頂いております」
お花はそこで一礼をすると、聞きたい情報が聞けたので話を打ち切ることにした。遺体の引き取りやあまりにも無残なので見るなと源三郎は注意をした後にお花と源三郎は店から出ることにした。
「怪しい動きはあったか?」
店から出た瞬間にそう源三郎は聞いてくる。
「いえ誰も心理術で特に引っかかるところはありませんでした」
怒り、悲しみ、落胆、寂しさ、悲痛なノンバーバルは伝わってきたが、それ以外の怪しい行動は無かった。
「そうか……」
源三郎はそう言うと黙ってしまった。あまりにも酷い屍の状態を話したので源三郎はそれだけで参っているようだった。お花は源三郎に訊いた。
「どうします、おやすさんとお富さんから話を聞きますか」
「うむ、聞けるだけ聞いておいた方がよいだろう」
そんな会話をした後にお花と源三郎が赴いたのは話に出た金物問屋であった。店の中に入ると番人が威勢の良い声を上げて出迎えた。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件で」
「すまぬが、今日は買い物とかそのような要件で来たわけではないのだ」
源三郎が番人にそういうと細かい事情を説明する。説明を聞いた番人は店の奥に消えてから暫く経った後に一人のまだ大人になりきれていない女性を連れてきた。女性はお花達の前に来るとゆっくりと座り、自己紹介をした。
「私がおやすと申します。この度はなんと言っていいか」
おやすはそこでぽろりと涙を流して、涙を拭った後にお花に向き直る。お花はおやすに質問をする。
「おやすさんはお妙さん、はつさん、美砂さんと仲が良いそうで」
「はい。よく一緒に遊ぶことが多かったです」
三人の内の二人が既にこの世に居ないので過去形になるのは仕方が無いだろう。ノンバーバル行動を見ると最初に現れた時に足をこちらにしっかり向け、今に至っては机の上に両手を乗せて指を立てるようにして強調し、体を前方に向けてしっかりと話を聞くことを訴えている姿勢だった。ノンバーバル行動から言えばこのおやすという女性は白だった。
「遊ぶことが多かったのに……こんなことになって無念以外にありません」
おやすはそこでまた涙を流した。お花は泣き終えたおやすに疑問に思っていることを聞いてみた。
「例えばこう左衛門さんにしつこく誰かが付きまとっていたとかはありませんか?」
「左衛門さんは色男なので、女性の方から声を掛けられることは多かったですね。でも付きまといという人はいなかった気がします」
「そうですか。ではお妙さんやはつさんが恨まれるようなことはありましたか?」
そこでおやすは首を左右に振りながら否定を懸命にする。
「ありません。あんなにいい人達が恨まれるなんて。理休屋さんの方々は、商家の中でもそれはそれは生真面目に商売をして、その気風がお妙さんやはつさんに乗り移ったようなそんな方達でした」
「そうですか、気分を害するような質問をしてすみませんでした」
お花の言葉におやすは頭を下げてこちらこそ非礼になるような物言いですみませんでしたと謝った。これ以上聞いても仕方が無いので一旦店を出て紡績商のお富から話を聞いたが、どれも同じような内容で、ノンバーバル行動でも同じような行動を見せた。
その足でもう一度舶来問屋を営んでいる店に行ってみることにした。
店に入るといつも通り番頭が帳簿と睨めっこをしており、未緒が舶来物を磨き、主人の久兵衛が店の客と商談をしている最中であった。
お花と源三郎は暫く待つと、商談を終えた久兵衛がこちら側に歩んできた。そしてその顔には情けないような悲しいような表情を浮かべていた。足はしっかりこちらに向いており話から逃げるような素振りは無い。
体をこちら側に傾けるように突き出し、瞳からぽろりと涙を流しながら聞いてきた。
「お富さんから聞きました。はつさんも殺されたとは本当ですか……ひでえことしやがる」
「私も犯人を許せない気持ちで一杯です」
久兵衛に合わせるようにお花は自分の怒りをぶつける。お花はその上でまた聞くことにする。
「再三再四で申し訳ありませんが、質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、私は構いません」
「左衛門さんに付きまといをしていた何者かがいるという話は聞いたことがありますか?」
そこで久兵衛は困った表情を浮かべた。その口からは色男だからなぁという言葉が漏れている。
「私の目や耳で直接聞いたことはありませんが、凄く女性に好かれることは確かです。ただ付きまといにあっていたという情報はありませんね」
「そうですか」
そこまで聞いてお花はありがとうございましたと言い、未緒のところに向かった。未緒はこちらに気がつかない様子で舶来物を磨き続けていた。
「未緒さん」
「は、はい」
急に声を掛けられたことに驚いた未緒は舶来品を落とさないようにぎゅっと胸に抱いた後に机の上に戻すことにする。机の下から見える足はこちらをしっかり向いており、話から逃げるような行動は見られない。
「少し聞きたいことがあるのですが、今はよろしいでしょうか?」
「はい」
未緒は一息大きな息をつくと、話を聞く姿勢に入った。
「未緒さんが知っている限りで左衛門さんに付きまといがあったという情報はありますか?」
「付きまといですか?」
「はい」
そこで未緒は顎に手を置いて考える素振りを見せた後にお花に言った。
「私が知る限りないですね……ただ私と左衛門さんはあまり接点がないのでなんともいませんが」
そこで未緒の顎に若干力が入ったような感じがした。本当にコンマ何秒の世界なのでそれはなぜ起きたのか考える必要がありそうだ。
「はつさん、お妙さん、美砂さんはよくお店に来て頂けるのですが、左衛門さんはあまり来ていただいたことがないので。なにか粗相をしたのかと思ってしまいます」
そこで未緒は眉を落とし残念そうな表情を浮かべた。今度は顎に力が入ることは無い。ただ左衛門が来てくれないので粗相をしたのか心配した様子のようだった。
「世の中ろくなことがありませんねぇ。私はなんとか旦那から直談判で女を遠ざけることに成功したのですが、まだ付き合っている女性がいるのでそこが気がかりです」
その話をしている未緒は顎にグッと力を入れ唇を噛みしめ、徐々に唇が消えていくほどだった。本当に強度なストレスになるぐらい旦那の遊び癖をなんとかしたいのだろう。
「未緒さんも大変ですね」
「いい加減な旦那を持つもんじゃありません」
「は、はあーそうですね」
ここから先は未緒の愚痴の独擅場になりそうなので、お花と源三郎は店を出ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます