第3話 第二の猟奇的殺人
源三郎は店の外に出た瞬間、お花に詰め寄るようにして聞いてきた。
「今までの調査でなにか心理術に引っかかったことはあるか」
源三郎の真剣な問いかけに、お花は顎に手を置くと今の段階で分かっていることを話した。
「正直、心理術で明らかにおかしいという人は今のところ居ません。誰の瞳孔も狭まることはありませんでしたし」
「そうか……そうとなればやはり理休屋に恨みを持つ異常者がこのような事件を起こしていると考えた方がよいのか?」
「しかし、左衛門さん宛ての文が届いているのも事実なので、理休屋に対しての恨みというより、左衛門さん付近のなにかということも考えも視野に入れた方がいいかもかもしれません」
それを聞いて源三郎は顎に手を置いて考える。
「左衛門に近づくなという脅しの文のことか……」
「はい、個人の恨みというより、その個人に起きた変化を追った方がこの事件を解決できる道しるべが出来やすいと思います。理休屋はやはり商売なので、どれだけの恨みを買っているのかもわかりませんが、かといってその恨みであれだけの殺人を犯すかと言われれば……」
お花は理休屋の恨みというより、左衛門の家の戸に挟まれる文の方が気にかかっていた。明らかに左衛門の付きまといのような文面だなと思っている。
「文の内容を見るに付きまといの可能性も高いと私は思っています。それもお妙さんや、はつさんと面識がある可能性も高いです。仮定ですが比丘尼橋付近でお妙さんと二人で居たのではないでしょうか」
「うむ……確かにその可能性も捨てきれぬな」
そこで手持ち無沙汰な様子でお花は着物袖を触ると源三郎の顔を見る。
「問題は、その何者かは誰なのかというということです。今日回った商家で気がついたことがありませんか?」
「うん?」
「皆が左衛門さんを色男と言うのです。男も認めるほどに」
そう言えばと源三郎は言った後に天を仰ぎながら言葉を零す。
「確かに色男であったな」
「はい。ですので左衛門さんを好きな男女問わず、犯罪を犯す可能性は捨てきれないということです」
お花の意見に源三郎は唸った。
「うーむ、それだと誰が下手人か特定するのが難しくなるではないか」
「それが今の私の頭痛の種です」
これが正直なお花の意見だった。ただ無秩序犯のような犯人だと思っているので、地道な捜査をすれば誰かが必ずボロを出すのではないかという勝算はお花にはあった。だからその考えを源三郎に話す。
「ただ、永井様、相手は少しあたまがまともではないので、地道な捜査を重ねていけば犯人にいずれはたどり着けるかと。ただし、少し頭のおかしな人は心理術が通じないことも多いんです」
ノンバーバルコミュニケーションは正常な人間の精神の場合効果が現れることが多いが、例えば精神病系の病気を患っている場合、なだめ行動が出にくくなるということもあるという。
「うむ……無敵と思われる心理術にも弱点はあるのだな」
「はい」
「ただそれだとこの先の捜査もだが、はつの発見が難しくなるのではないか」
源三郎の危惧した考えに、お花は口に言うのを憚れることを考えていた。だからお花は自分の持つその考えを源三郎に正直に話すことにする。
「永井様」
「なんだ?」
「言いにくいのですが」
「隠さずに申してみよ」
「恐らく、はつさんは既に殺されていると思います」
お花がそう源三郎に行った瞬間、源三郎は顔を顰める。源三郎はお花に問うてきた。
「なぜそう思う」
「お妙さんの殺され方を思い出してください。下手人は素早く迅速に、間も与えない狩人のように殺害しています。それも人としての尊厳さえなくすほどの残虐さで」
お花のその訴えに源三郎は再度唸る。言われてみれば犯人は狩人のようだと源三郎は素直に思った。
「確かに並の殺しではないな」
「はい、ですのでもう殺されているものとして考えてください」
「うむ……できれば生きていて欲しいものではあるが」
「私もそう思います」
お花は源三郎の顔を見た後に空に浮かぶ太陽を見てからグッと拳を握りしめた。それから源三郎と少し会話をし、医院に戻り診察を行った午後過ぎに源三郎が医院を再度訪れた。その顔色はさえない。
お花は次郎にごめんなさいの合図を取ると、医院の外に出て源三郎の話を聞くことにした。顔色から見てただならぬ様子と言うことが窺えた。
「お花、表芽場町にある寺院の一室で身元不明の女の屍が発見された。普段は使われていない一室らしくてな」
「はい」
そこで源三郎は顔を思いっきり顰めた後に目を瞑って悔しそうな声を出した。
「殺され方がな……もう残忍の領域を超えておる。おかっぴきの伝助が見た瞬間卒倒して気を失ったそうだ」
「そうですか……」
思った通りここまではお花の想定内だった。あれだけ残虐な殺しをする輩が次の領域に進まないわけがない。
「とりあえず来てくれるか?」
「はい、ちょっとだけ待ってくださいね」
そういうとお花は医院に戻り次郎に後の診療を任せた後に医院の外に戻ってきた。
源三郎は既に籠を用意しているらしく、お花と源三郎は籠に乗り込み現場へと向かうことにした。暫く籠に揺られ、付いた先は麦芽場町にある寺院の前だった。お花の次に源三郎が籠から降りると、源三郎の案内で寺院の一室に向かうことにした。
寺院の一室に向かうと坊主がこの世の悪夢とでも言わんばかりの表情で念仏を唱えていた。
気を取りもした伝助も居るが、筵を被されたそれを見ようともしなかった。むせかえるほどの血の臭いと腐臭。ただ腐臭はお妙の時から見るとやや和らいでいるように感じた。
お花は手を合わせると、筵を剥ぎ取った。そこにあったのは人では無いなにかであった。
源三郎は情報として酷い屍ということは聞いてはいたが、実際見るのは初めてだったのだろう。顔を真っ青にして寺院の外に駆け足で出て行く。恐らくは吐きに行ったのだろう。
お花は遺体を見て、大きなため息と共に犯人に対して怒りを覚えた。
お花は怒りを抑え、法医学者として遺体を観察することにする。まず顔はお妙の時と同じように過剰攻撃によって顔の体をなしていなかった。頭部に近い上辺は傷は赤く赤い血が見られるが、下に移るにつれて黄色い皮下脂肪が見え、出血も少なくなっていた。
この頭部、体から切りはされていて、打ち首の様相を呈している。頭と首の切断面を見ると皮下脂肪が黄色く、出血も少ない。このことから胴体と首を切り離されたのは死後と見受けられた。お花は頭部を確かめていく。頭頂部は鉈のようなものでかち割られていて脳が飛び出していた。出血も多く、これが死因だと一発で分かるほどだった。体の方も確かめていく。使い物にならなくなった源三郎を待っていても仕方が無いので苦労して着物を脱がしていく。胸、腹に特に異常は無い。性器や肛門も調べるが、特に釘などを打ち込まれたということもない。足を見ても異常は無い。
次に屍の背中を見ることにした死斑が完成されており、死斑は押しても消退しない。角膜混濁は目が潰されて滅茶苦茶で判断することができなかった。死後硬直は手指にまででて完成している。また下腹部に出る緑青色は薄く、腐敗網も進んでいなかった。
「恐らく殺害されたのは昨日の夕刻辺り、鉈での一撃が致命傷と思われる。首をその鉈で叩き落とした物と思われる」
寺院の隅に血が付いた鉈が捨て置かれるように置かれている。恐らくそれが凶器の鉈なのだろう。
「死因は昨日の夕刻頃と見られる」
非人格化を伴う攻撃や過剰攻撃、電撃的な手口。そしてこの異常性。お妙を殺害した犯人と同じと考えた方が良いだろう。典型的な無秩序犯の手口だった。
「来ている着物や挿している簪から富裕層と思われる」
お花はそこまで纏めて、頭蓋を元の場所に戻すと、筵を被せて再度合唱した。その後手を洗い、この寺の坊主に紙と筆を借りた。そしてお花は慣れた手つきで着物の柄や着物自体の絵、簪などの装飾品を描いていく。
この遺体をさすがに理休屋の面々には見せられない。吐き終わった源三郎は戻ってきてお花に謝る。
「す、すまぬな。まさかここほどまでとは思っていなかった」
「いいえ、正直に言って私もここまで猟奇的だとは思ってもいなかったので」
残虐にもほどがある。源三郎は筵を見てそう言葉を零した。寺院の一室は完全に閉め切られた場所だったので蠅などが入ってこなかったのが救いの一つだったのかもしれない。
お花は源三郎に絵を見せる。
「さすがにこの遺体は見せられないので着ている着物や簪を絵にしてみました」
「気遣いかたじけない」
律儀に礼を言う源三郎にお花は手を振ってお礼を返した。
「いいえ」
「それにしても、お妙の葬儀中だというのに理休屋も難儀なことだ」
「月並みの言葉になりますが、お気の毒としかいいようがないです」
どのみち葬儀の時に遺体を見なければならない場合がでてくるが、それでもお花はなるべく家族が苦しまないようにしたいと思っていた。
「どうします永井様、今から聞き込みを始めますか?」
「いや、時刻的に難しいだろう。聞き込みは明日の朝からしよう」
刻限的に日が沈もうとしているときに聞き込みをするのは効率が悪い。そう思ったお花だが、一つだけやっておかなければならないことを源三郎に言った。
「はい。ただ遺体の確認はしておかなければなりませんね」
「うむ、明日にでもこの絵を見せに理休屋へ行こう」
「遺体の引き取りとかもありますしね」
「うむ」
そこでお花は考えた後に源三郎にいつもの決まり台詞を言った。
「永井様、今日私が出来る仕事はここまででございます。また明日にでもお力になるので」
「すまぬ、ご苦労だったな」
真っ青な顔色をしている源三郎にお花は手を何回か手前で振ると、安心させるようにして言った。
「いいえ、謝らないでくださいな」
「う、うむ」
その後源三郎と会話をしてからお花は医院に戻り、次郎にねぎらいの言葉を言った後に自宅に戻った。
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