第6話 墓暴きと親子鑑定『血液点滴親子鑑定法』

 翌日お花は源三郎に全ての可能性を話し、源三郎は最初は乗り気ではなかったが、それでもこの江戸という空間で亡霊騒ぎが起きているのは由々しき問題なので、源三郎は上に取り合うことをお花に約束した。

 そしてそれから三日後が経過した。お花がいつもどおり医院で診察を行っているときに源三郎がやってきた。お花はその姿を目にとめると医院の外に出て話を聞いた。


「ご公儀も了承した。墓は暴ける」

「お手数おかけしました永井様」

「うむ、しかしこれでなにも出ませんでしたとは言いにくい状態になったことも確かだ」

「そうですね」


 源三郎はそう言うが、なぜかお花には確たる自信があった。双方の両親が泳と初野のことに対してあれだけの反応を見せたのだ。なにか出ない方がおかしい。


 さっそくお花と源三郎はご公儀の命令書を持って利左衛門、お連夫婦、文吉、はや夫婦同伴するように命令をした。

 最初は拒否の姿勢を見せていた両家だったが、それでもご公儀の命令と聞くと渋々と言った様子で従う姿勢を見せた。

 初野の墓は深川の寺にあるらしい。源三郎は引き連れてきた手下に命令をして墓を暴いていく。


 墓の中には死後数ヶ月経っているらしく、既に初野の遺体は白骨化していた。お花は骨に手を合わせて骨で人体の形を作っていく。そして足の骨を持ったときに違和感を覚えた。


「これは重度な怪我の後……」


 お花は文吉とはやに聞くことにした。


「文吉さん、はやさん、初野さんは生前に足に大きな傷を負ったことはありますか?」

「いえ、ありません」

「ないです」


 文吉とはやの返答にお花は考える。この足の傷は後々に障害が残るほどの傷つき具合だ。そこでお花はゾッとした。しかし答えを出す前に鑑定をすることにする。


「それではちょっと痛いかもしれませんが、この針で指に穴を開けて骨に血を垂らしてください」


 利左衛門、お連、文吉、はやは本当に心底嫌そうな顔をしながら行動に移す。特に利左衛門とはやは目を合わせようともしない。

 まずは文吉の血を初野の骨に落とすが染みこまない。そこで文吉は声も出せずにがっくりと肩を落として言った。


「だからあっしは嫌だったんだ……それでも初野はあっしの可愛い娘なんですぁ……うぐっ」


 検査方法の内容は両家の両親に言ってあるので、文吉の受けたショックというより掘り起こされる事実からも目も背けたくなるであろう。

 次に、はやが血を落とすと骨に吸い込まれてきていく。はやは泣く文吉を見て今にもここから逃げたそうな表情をした。一方お花は無冤録術のこの方法で両親の血が染みこむのは本当のことだったのだなと少し感心していた。懐疑的な考えもあったが、こうして直に見ると納得するしかない。


 次にお連が血を落とすと染みこまない。お連はグッと歯を噛みしめて悔しさを滲ませた表情になる。


 最後は利左衛門に血を落とさせる。その血はゆっくりと骨に沈んでいった。それを見て利左衛門は泣きそうな表情をしながら、


「お連、すまない……ぐす」


 ここではっきりしたことがある。親子鑑定の結果、この骨の両親は利左衛門とはやの子であるということだ。つまり不倫の末に出来た子ということがこの時点で確定した。

 隣に蝋人形のような表情で立つ、お連をちらりと見た後に利左衛門も白状しだした。


「ぐすり……泳も初野も私とはやの子でございます。若かった私たちは知り合い不倫関係になった。そこで二人の子がはやの腹に宿りました。それを知った先代の父が片方ははやの家で育てることにし、もう片方は私の家で育てることになりました。父は金持ちの道楽でそのようなことをしたのであれば、両家が責任を取ることが筋と申しました」


 厳格な父親だったのだろう。お花はそこで肩を落とした皆を見て更に衝撃的なことを言わざるを得ないことに心が痛んだ。


「実はもう一つ衝撃的なことをお伝えしなければなりません」


 そのお花の言葉に場の空気が凍り付く。これ以上なにを暴くことがあるのだと全員が思っているのだろう。だがこれは必ず言わなければならないほどの重要なことだった。


「先ほど初野さんが足に大きな傷を負ったことがあるかと質問しました。そこで文吉さんはありませんと言いました。ところがこの初野さんと思われる足の骨には重度な障害を負うほどの傷があるので、これの意味するところは」


 そこで腕を組んでいた源三郎が手の力が抜けてだらりと腕を落としながら驚愕の表情と共にどもりながら言葉を発する。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。そうなると……この骨は一体誰なのだ……」


 骨を指さす源三郎にお花は一度目を瞑ると静かな口調で述べる。


「この骨は泳さんだと思われます」

「ではあの屋敷にいるのは一体誰なのだ」

「……初野さんでしょうね……」


 お花の最終宣告に全員の顔が真っ青になった。どこで間違って、どうしてそうなったのかわからない。ただこの事件は恐ろしいほどに闇が深い。

 利左衛門はカタカタと震え、お連は地面に腰を落とした。文吉とはやは棒立ちのように固まってしまっている。

 源三郎は顔を真っ青にしながらも職務を遂行するために震える声でお花と手下に言った。


「直ちにこれより徳城屋に赴く。お花、お前も来てくれるな」

「はい」


 それから利左衛門、お連、文吉、はやを連れだって一行は徳城屋に赴き、泳の部屋へと駆け込んだ。障子扉を開けると泳は足を崩して座っていた。そんな泳を見て源三郎のみならず利左衛門、お連、文吉、はやが顔を真っ青にしながら震え上がる。


 墓暴きは、泳に話をしていない。だから泳はきょとんとした作り表情を作りつつ、お花に向かって尋ねる。


「今日はなんの御用ですか?」


 泳になりきっているこの娘を見て、お花は心底背筋にゾッとした寒気が走る。FBIでは一人でも人間を殺すとそのものは怪物と見ても良いと言っているので、まさにその通りなのだろう。お花は乾いた喉をごくりと潤すと泳に向かって静かな口調で正体を暴くことにした。


「今日親子鑑定のために初野さんの墓を掘り返しました」


 そのお花の言葉を聞くと泳は顔を顰めた。顎にグッと力を入れて唇が奥に食い込み、唇は消えた。縄張りのように幅広く取っていた自分のスペースも狭くなっていく。なだめ行動の一つだ。


「そ、そうなんですか」


 明らかに狼狽している口調だった。お花はしっかりと泳を見据えると一度大きく息を吐き、そして話を続けた。


「親子鑑定の結果、初野さんは徳城屋利左衛門さんとはやさんの娘さんであることがわかりました」

「え……」


 それを聞いた瞬間、泳の目の瞳孔が狭くなり、サッと顔色が青くなる。その顔の動揺は隠せない。


「このことは両家の娘さんには内緒のことだったので、泳さん。あなたも初耳だったでしょう」

「……」


 それを告げるたびに泳の表情は歪んでいき、目から一筋の涙が零れた。それをお花は確認すると、核心を突いた。


「実は初野さんの足骨には後々障害が残りそうなほどの傷が見つかりまして、ところが文吉さんとはやさん夫婦には初野さんがそれほどの大きな怪我をしたというはないということなんです」

「……」


 黙る泳に向かってお花は更にたたみかける。


「泳さん、足を見せていただけますか」


 お花が立ち上がろうとすると泳は手で制してお花の動きを止めた。涙を浮かべながらもその顔には達観したなにかがあった。

 そして泳は口元を歪め、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「そうですか……それではもう私の正体も分かっておいでなのでしょう」

「はい。残念ながら」


 お花のその返答を聞くと、泳は崩していた足を戻し、綺麗に正座をして全員に向き直るようにして座った。

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