第4話 そっくりな娘とノンバーバルコミュニケーション「行動心理」の捜査

 部屋に入ると部屋の奥に花と蝶の刺繍が入った純白の着物を着た娘が居た。話通り娘はしっかりとは正座をできておらず右足を少し外に出すようにして座っていた。


 源三郎はお花に世間を騒がす似顔絵を見せる。似顔絵を見た後に娘を見ると背筋がゾッとするほどに似ていた。

 泳の眼光はなにかを達観したかのように隙がなく、表情もあまり変えることはなかった。年の頃は16、7ぐらいであろう。似顔絵の初野も綺麗だったが、この泳もそれと違わず美しかった。


 お花と源三郎は部屋の中央へ来ると正座で座った。源三郎が部屋の中央に座ったのを泳が見ると声を掛けてくる。


「私が移動致しましょうか? お侍様の方が上座の方がいいと思いますし」


 そう言われた源三郎は目を丸くした後に、遠慮の言葉を出した。


「いや、そなたは足が悪いと聞く。だから無理をせずこのままの位置でいい」

「お気遣いありがとうございます。ではありがたくそのようにさせていただきます」

「うむ」


 この御仁はこのように他人を気遣うことができる。そこに対して泳の緊張が少しほぐれたようにお花は感じた。


 お花は泳に質問でもないようなやりかたで話を聞き出していく。その際に似顔絵を見せることも忘れない。


「いえ、勘違いかと思いますが。調べて行くとこの似顔絵とあなたが非常に似ているとの証言がありまして」


「あら」


 お花の話を聞きつつ泳は似顔絵を見ると八分の一秒の世界で瞳孔が収縮する。まだ確定はできないが、なにかを知っている可能性があるか、それとも自分と似ていることに驚いたためのなだめ行動なのか。


「本当に似ているでしょう」

「本当に凄く似ていると思います」

「この似顔絵の女性は初野さんと言うそうです」

「そうですか」


 泳はそう言うと手近にあった座布団を自分の側に引き寄せ胸に納めて抱いた。これは無意識かにおけるノンバーバル行動の一種であるとお花は思った。


「どうにも強盗団らしき不届き者に殺されたらしいのです。その証拠は奉行所にも挙がっているそうで。ですよね、永井様」


「うむ、許される出来事ではない。このようなことをした者達を私はなんとかしたいと思っている」


 源三郎はグッと握りこぶしを作り厳しい表情をする。一方泳は顎にグッと力を入れて唇を噛みしめる。やはりなにかを知っているようにお花は感じた。


 問題はなにを知っているかだ。初野は確かに死んでいるし、現時点では泳はそれに似ているそれだけに過ぎない。


「ところで利左衛門さんもお連さんも初野さんを知りませんよね」

「ええ……」

「はい……」


 二人は歯切れが悪い口調で言葉をお花に返した。額に皺を寄せ、唇をグッと強く奥に入れて唇が消える。額にはじんわりと汗が浮かんでいる。


(どういうこと、この二人も初野を知っている素振りを見せる)


 お花の脳裏に感嘆符が付きそうなほどの疑問が残った。


「話は変わりますが、私も女性なので今世間で話題になっているその召し物に興味があるのも事実なのですが、ふふっ」


 江戸でこの徳城屋の織物で作った着物が非常に評判になっているのは本当のことであった。


「確かにこの着物はいま有名になっておりますね」

「私も仕立ててもらおうかと思っているんですよ」


 お花がそんな他愛のない会話をし出したのを源三郎は怪訝な表情で見ているが、こうして緩急をつけてノンバーバル、つまり心理術の神髄を引き出す前段階であるのを源三郎は知っているのであえてなにも言わなかった。それがお花にとってはありがたかった。

 この会話をした瞬間、顎からの力が抜け、噛みしめていた唇が元の正常な唇の位置に戻った。


「この着物は私もお勧めですよ」

「こうして見るととても欲しいと思いますもの」


 そう言った瞬間、泳は胸で抱きしめていた座布団をするりと落とし、リラックスした姿勢になる。


「おっと、話が脱線してしまいました。実は昨日亡霊に殺害されたとされた男は大体深夜の戌の刻から亥の刻(午後七時から午後十一時)に殺害されていると見られているんですが。その時間はなにをしてらっしゃいましたか?」

「ちょ、ちょっとお待ちください。娘はなにもしてはおりませぬ」


 慌てた利左衛門はお花に叫ぶようにそう言ったが、お花は形式上のようなものなので気になさらないでくださいと言葉を返した。

 ちらりと泳を見ると、眉を顰めて、また顎にグッと力を入れた。また胸元の近くに自然のように座布団を持ってきて握りしめた。


 こうして核心的な話を突かれると、何回も自分と相手の前に遮るものを置こうとするのもなだめ行動の特徴の一つである。


「私は部屋で寝ておりました」

「そうですか、私なんて若い頃は勝手口から外に出たいなんてことがよくありましたよ。とてもよい子なんですね泳さんは」


 そこでお花は泳に向かって満面の笑みを浮かべた。それを見て泳は逆に怪訝な表情をする。

「はあ……」

「ところでそれを証言できる方はおられますか?」

「滝というのが私の付き人なので、滝に聞いていただけると間違いないかと」

「そうですか。利左衛門様、お連さまその滝さんという女性をここに呼んではもらえませんか?」

「は、はあ……」


 利左衛門の代わりにお連が立ち上がり、その滝なる女性を連れに行った。暫くして滝が室内に入ってくる。


 滝は部屋の隅で静かに座ると、衣服を整えた。そんな滝にお花は挨拶をする。


「すみません。お忙しい中に来ていただいて」

「いえ、とんでもございません。私がなにかの力になれるか存じませんが、話せることであればお話しいたします」

「ご協力感謝いたします。それでは早速なんですが、泳さんは昨晩、戌の刻から子の刻まで確かにこの部屋で就寝しておりましたか」


 それを尋ねた瞬間、滝は服を直す動作を止めて、微動だにして動かなくなった。そして髪を触った後に一度唇を噛んだ後に言った。


「確かにお嬢様は就寝されておりました」

「それは滝さんも見られたと解釈してもよろしいですか?」

「は、はい」


 滝の額に汗が浮かぶ。面白いほどになだめ行動がでる女性だ。


「そうですか。滝さん」

「は、はい」

「言い方は悪いのですが、例えば泳さんが勝手口からそっと出るということはありえますか?」


 お花が滝にそう尋ねると、泳の眼光が鋭くなる。そして泳は食ってかかるような物言いをしてきた。


「先ほどからなにを言いたいのでしょうか?」

「いえいえ、一応確認のためです。別に悪気や疑って聞いているわけではありません」

「疑ってらっしゃるじゃありませんか」


 泳がお花に対してより警戒の色を深める。そんな泳にお花は淡々と説明する。


「いえ、捜査というものは例えばという事例も確認するものなのです。ですので、別段なにも思い当たる節がなければ気にする必要はありません」

「……」


 そう説明したお花を睨み付けるように見た後に泳はお花と視線を逸らした。そして上半身をお花の方から後ろに仰け反らせる。お花と泳のパーソナルスペースが広くなった。つまり泳はお花に対してストレスを感じているということになる。


「話は戻りますが勝手口からそっと出るということはありますでしょうか?」

「あ、ありません。わ、私が側に居ますので」


 布で滝は額を拭うと、喉をゴクリとならした。そして身を引くようにして滝はお花と距離を取り始める。


「わかりました。すみませんね。疑うようなことばかり聞いてしまって。捜査の範囲内ということでお許しください。そうですね、これ以上聞くこともありませんので永井様、この辺りで」

「う、うむ」


 睨めつけるようにしてお花と源三郎、特にお花を見る利左衛門とお連はお花達が立ち上がると、自分たちも立ち上がり、さっさと帰らせようとする行動に移った。源三郎とお花は店の場所まで戻ると草履を履き、睨む両親の視線を受け外に出る。


 外に出た瞬間源三郎は身を乗り出すようにして聞いてきた。


「で、なにかわかったか?」

「はい、少なくともここの家の全員、つまり利左衛門さん、お連さん、そして泳さんと滝さんはなにかを隠しておいでです。あの質問内容に全て反応を示しましたから。それにしても以外でしたね、初野さんの名前にご両親があんな反応をするなんて」

「それほど初野の名前に反応したのか?」


 源三郎は驚いたような表情をしてお花に聞き返してくる。お花は顎に手を当て考えながら言った。


「はい。この家の人間が全て初野という共通の人物に対して反応を見せたのでなにかしらの隠し事があると思います。ただ……」

「ただ?」


 お花に源三郎が詰めるようにして聞いてきた。お花は源三郎の顔をしっかり見ながら言った。


「ただ、それで泳と初野の関係が何一つ分かったわけではありません。ただ、なにかを隠しているということしか現時点ではわかりません」


 そのお花の言葉に源三郎は渋面を作って徳城屋を見ながら言った。


「確かに初野は死んでいるし、鍛冶屋の娘ともいうしな。こんな大店の徳城屋との接点がどこにあるのか分からぬな。仕事でも関わりがあるとも思えんしな」

「左様でございますね。私もどのようにすればよいか少し考えてみます」

「うむ、私の方でも考えてみよう。しかしこれは難儀な事件になるかもしれぬな」


 源三郎がそう言うと、お花は着物の袖を触りながら同調する。


「確かに死人が動いているというだけでも難儀でございますからね」


 その後、二言三言会話を交わした後に源三郎とお花は別れて、別々の帰路に着いた。お花は医院に戻りてんてこ舞いな状態で患者を診ている次郎のサポートをするために診察をこなし、その間に日は沈み、時刻は夕刻となっていた。

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