魔女とトモダチ

藤屋順一

魔女とトモダチ

小刻みに震える手を押さえ込むように、真新しいホウキをぎゅっと握りしめる。


「それじゃ、行くよー!」


どんなに集中しても想いを込めても、キミから話に聞いた、不思議な力を感じることもなく、ふわりと体が軽くなることもなく、こうする度にわたしはただただ、キミとは違うことを思い知るのだ。


「もぅ、無理だって! 危ないからこんなこともう止めようよ!」


夕暮れが迫る丘の上から、小さな崖に繋がる緩い下り坂の先に立つ女の子を見おろす。


長く伸びる影に溶け込む漆黒の髪と夜空の色のワンピース、わたしを真剣な眼差しで見つめる瞳は西の空を映し、闇色に輝いている。

キミの周りだけ、まるで夜みたい。


「大丈夫! 今日は行ける気がするんだ!」


嘘に決まってる。

それでもわたしは、こんな馬鹿げたことを繰り返さずにはいられない。


「そんなわけ無いよ! だってあなたは――」


言わせない。

その意地が恐怖を打ち砕き、わたしの背中を押す。

真っ直ぐに前を見つめ、地面を蹴り、全力で坂を駆け下りる。

夜の女の子の立つそば、一部だけ土が露出した草むらを一瞥して、黄金の雲が浮かぶ茜色の空を目掛け……


跳ぶ!


ソプラノの悲鳴。

強い衝撃。

ホウキの折れる音。

鈍い痛み。

鉄の味。

土の匂い。

茜色の空。

闇色の瞳。


当然の結果だ。


「あいったたた……! あー、いったー!」

「当たり前でしょ だから止めようって言ったのに……」


キミのことを想えば、こんな痛み、どうってこと無いよ。


「あはははは…… 今日こそはいけると思ったんだけどなぁ あぁ、痛い痛い」

「馬鹿っ! 無理だってわかってるのに、どうしてこんなことするの?」


どうして? か……


「ただ、空を飛べたら楽しいだろうなって思って」


そう、キミと一緒に。


「楽しいことなんて、無いよ……」


こんなに空がきれいなのに、そんな顔をしないで。 


「そうだ! ねぇ、もう一度、キミが飛んでいるところ、見せて欲しいな」

「うーん…… ヒトに見せるのはダメなんだけど、もうしないって約束してくれたら、飛んで見せても良いよ」


女の子が闇色の瞳を輝かせ、文字通り小さな小指を差し出す。


「それは、契約?」

「うん、魔女との契約。破ることは決して許されない」

「あはは…… わかりました。優しい魔女さん」


その小指に自分の小指を絡ませると、女の子はにっこりと笑った。


「契約成立。もう危ないことしちゃダメだからね」


そんな魔性の笑顔を見せられて、どうして逆らうことができるだろうか。


「はい、かしこまりました」


わたしの返事に女の子はゆっくり頷き、指を離して何もない空中からホウキを取り出す。


「じゃあ、見せてあげるね」


女の子は作法のような優雅な所作でホウキに跨がり、目を瞑って小さく呪文を唱える。


その瞬間、髪が、襟が、袖が、スカートの裾が、重力の鎖から解き放たれてふわりと翻る。そして、彼女自身も。


わたしを一瞥し、黄金の雲が浮かぶ茜色の空を見つめて、わずかに地面に触れる爪先を軽く蹴ると、ホウキに跨がる小さな体が一気に空へと舞い上がる。


それはまるで、夕暮れ空に夜の線を引くように真っ黒な軌跡を描く。


わたしは知っている。キミの孤独を。

キミは知らない。わたしの想いを。


だからわたしはもがくんだ。

いつかキミの隣を飛ぶために。

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魔女とトモダチ 藤屋順一 @TouyaJunichi

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