第24話 悪役アビロス、聖女と焼肉に行く
「ここがそのお店ですね? アビロス」
「わぁ~美味しそうな香りがプンプンです~~」
俺たちは領内の街にきている。
なんのためかって?
「そうだ! ここが決戦の地だ! うぉおお~~焼肉ぅ!」
俺は焼肉が死ぬほど好きだ。前世で最も好きなもの、そして今の悪役アビロスも大好きなもの。
しかもこの店は以前よりチェックしていたが、まだ一度も食べたことのない店!
この剣と魔法のファンタジー世界において焼肉とは場違いな感もあるが、そこはゲーム世界。
まあ、ちょくちょく現代風要素は取り入れられていたりする。
「はいはい、はやく入りますよアビロス」
「ご主人様~~こっちです~~」
俺を急かす聖女ステラ、手をひっぱるメイドのララ。
ハハッ、おまえたちも待ちきれないということか。
いいだろう、今日は俺の焼肉道を骨の髄まで見せつけてやる。
テーブルに着席した俺たちは、注文を済まして一息ついた。
「みてみて~~あれってご領主さまの……5年前から別人のように変わったらしいけど」
「ええ、ていうかちょっとカッコよくない?」
「アビロスさま~~体つきすっごい逞しい……♡」
店内が若干ザワついているようだ。よく聞こえんが恐らくは俺の悪口だろう。
俺はこの5年間、領内の人にも努めて礼儀を尽くしてきた。だいぶ悪評は払拭したつもりではあるが、まだまだ俺を見ると悪評が出てくる。
「アビロス! ちょっと席の場所変わってください!」
「え……ステラ、おまえ」
「べ、別に。ちょっとこっちの方がいいなぁて思っただけです!」
そうか、ステラはうしろの女性客から俺が見えないように配慮してくれているのか。
「ええ~あの娘超カワイイ~~」
「もしかして聖女さま!?」
「アビロスさまと聖女さまってもしかして~~♡♡」
またしてもザワつく店内。どうやらステラが聖女だとバレているらしい。
「お二人は人気者なのです!」
「ララちゃん、まわりは気にしなくていいです! アビロスも! とくに後ろの女性たちを見ないように!」
なるほど、あまり目立ちたくないのか。
よく考えれば、こんな純白の法衣着ているから聖女ってバレバレだ。しかも超絶美少女、注目されない方がおかしい。
つまりステラは肉に集中できないことを危惧してるんだな。
それは俺も激しく同意する。
「お待たせしました~~」
きた~~~~!!
ふぉおおお、肉、肉、肉!!
「た、宝だ……ロース、カルビ、牛タン……宝の山だ」
「フフ、アビロスたら、よだれでてますよ」
「ご主人様~~嬉しそうです~~」
おっと、これは失礼。ついつい気持ちがたかぶってしまった。
「じゃあ、焼きましょう」
ステラは宝の一片に箸をのばした。
いや、ちょっと待て!
俺は立ち上がり、ステラの背後から白い布をそっとまいた。
「え、ちょ……アビロス」
「エプロンはちゃんとつけろ。汚れるぞ」
「う、うん……ありがとう」
焼肉初心者は間違いなくはねるからな。ましてやステラは純白の法衣、目立つだろうが。
にしても顔が赤すぎるぞステラ。そんなに肉が待てないのか? まあ気持ちはわからんでもないが。
「アビロスはつけないのですか?」
この俺がエプロンを?
ハハッ、面白い事を言う聖女さまだ。
たしかにエプロンは通常つけるさ。
が、それはあくまで一般人の話。
俺を誰だと思っている!
エプロンを汚すということは、つまりその最高の肉汁を一滴でも逃しているということにほかならない。
―――素人なら許されるだろう。
だが、おれは焼肉マスターだ。
肉汁の一滴たりとものがさん!
「ああ、おれはマスターだからな!」
「アビロス、牛タンから焼きますか?」
「ご主人様~~ネギものせるです~~」
ぬぅうう、こいつら聞いちゃいねぇ。まあ、細かことはいいか。俺も早く焼きたいし。
それからは至極の時間だった。
牛タンにはじまり、ロース、カルビ、ハラミ、あとホルモンも超うまい。
ひとしきり焼きまくって食べまくった俺たち。
ステラが改まって俺に話しかけてきた。
「その……今後ともよろしくお願いしますね」
「お……おう」
今後ともよろしくお願いします?
これは、今後も俺と絡みますという宣言なのだろうか。
実のところ、オークキングとの戦闘時はアドレナリンが出まくってたのか、結構興奮していて記憶があいまいなんだよな。
一回死にかけて、そこから全回復して肉体的にも精神的にも落差が激しくて乱れまくったし。
なんか調子のいいことを言いまくってた気がする。
俺がステラに惚れているのは、先日のオークダンジョンでわかった。
では、ステラは俺の事をどう思っているんだろうか?
少なくともマイナス評価ではないはずだ。
女神との会話では、たしか俺と一緒がどうのとか言ってた気がするし。好意を向けてくれているのは確かだろう。
これは俗にいう、好きというやつなのだろうか?
ええ? 本当にそうなの?
う~~ん、恋愛経験がゼロすぎてなんもわからん。でも勘違いだと普通に痛い奴だぞ。
別に「聖女の口づけ」をしたからといって、付き合わなければいけないってわけではないしな。あれは生き残るための最後の手段だった。そして、その後ステラからのリアクションはとくにないし。
「ステラ、その……よろしくというのは今後も会うってことでいいんだよな?」
「へぇええ! あ、そ、そうですね」
「まあ俺たちは4大貴族だしな」
「そ、そうです! それです! それに私たちはラビア先生の愛弟子なんですから!」
あ、なるほど。そういう「よろしくお願いします」か。
おお、やべぇ~~危うく勘違いするところだったぜ。深く踏み込まなくて良かった~~。
だが、ここまで絡んだ以上は、当初の計画通りにステラと距離を取るのは難しい。
というか、俺は彼女に惚れてしまったしな。一方通行な想いだが……
「フフ、少し前までは今後なんてあまり考えられなかったです」
ああ……そうだな。彼女はつい最近まで短命であることが確定していた。
だから、長く人と関わることを避けていたのかもしれない。
でも彼女の枷ははずされた。
「―――私、もっと生きていいんですよね」
ステラが不安そうにこちらを見て呟いた。
ステラ……
――――――決めた!
こうなったら、とことん絡んでやる!
今後どうのようなストーリー改変が起こるのかは俺もわからん。
だが……
「たりめぇだ! 最後まで人生を楽しめよ。なんかあったなら―――俺が守ってやる!」
うわぁ~~なんか勢いで心の叫びを口に出してしまった。
ステラは―――!?
俯いて、両手で顔を隠していらっしゃる!
いや、そりゃ引くだろうな……。
「うわぁああ、もうお二人は夫婦みたいです~~」
そこへララが追い打ちをかけるように爆弾を投下した。
「ララちゃん! へ、変なこと言わないで!」
「でも、お似合いです~~」
「も、もう許して……」
最終的によくわからない空気になったので、俺は肉を焼くことに集中した。
ステラもなぜか黙々と焼き始めた。
俺は焼けた肉をステラの皿に入れる。ステラも同じく俺の皿に入れた。
モグモグモグ……
「「美味しい!!」」
俺の肉はしっかりと火が通っていた。ステラはここまで焼かない。今日の彼女の焼き方を見てわかっているからな。
ステラに入れた肉は、そこそこで引き上げた肉だ。たぶんこれぐらいの火加減が好きだろうから。
つまり俺たちは互いに最高の肉を与え合ったわけだ。
俺はステラと視線が合った。
「「フフ、ハハッ」」自然と笑いが起きる。
聖女と焼肉、最高じゃねぇか。
俺たちは大満足で焼肉を食べきったのだった。
まあ、俺の焼肉道をあまり披露できなかったような気もするが、それは次回でいい。
さて、1週間後には入学試験だ。
そして合格すれば、学園生活の始まりである。
それは原作ゲームのスタートでもあるのだ。
いよいよか……
俺が静かに拳を握りしめていると、ステラが横にきた。
「アビロス、ちょっとこっち向いて」
ハンカチを取り出して、俺の胸元を―――
フキフキ。
拭いてくれた……
「あ~~ご主人様ベトベトです~~」
ぐ……俺は焼肉マスター、エプロンなんぞつけん!
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