第23話 悪役アビロス、恩師との別れ
「2人とも良くやった! 頑張ったな! 文句なく合格だ!」
「「うぶっ! ―――せ、先生!」」
帰ってくるなり、俺たちは先生の強烈な抱擁を受けた。
どでかいタウンポヨンに埋まって窒息しそう―――
「おっと、悪かったな。ワタシともあろうものが、久々に気分が高揚していたようだ」
力強すぎだ。息できないし、内臓が飛び出るかと思った……
「そして、すまなかった。オークダンジョンは完全に把握していたはずだが、そこまでとはな」
やはり先生も想定外だったか……
俺はオークキングの異常な強さについて、ラビア先生に報告した。
オークキングは俺のゲーム知識においても想定外の強さだった。
そして熟練のラビア先生も想定を見誤った。
つまりストーリー改変にともない、各種設定も相当な変動が起こっているとみていい。
ひとつの改変が他の改変を誘発して。恐らくは未来に至るまで。
いまこの瞬間も。
「いずれにせよ、2人とも今日はゆっくり休め」
ラビア先生が俺たち二人の肩をポンと叩いた。
そうだよな、さすがに疲れた。
今日はゆっくり寝たい。ベッドも久しぶりだしな。
そこへタタタといつもの足音が。
「ご主人様~~~おかえりなさいです~~」
元気な声が俺を迎えてくれた。専属メイドのララだ。
「「「「「アビロスさま、おかえりなさいませ!」」」」」
さらに他の使用人のみんな、そして料理長のポキンさんまで。
屋敷のほとんどの人が集まっているじゃないか。
「み、みんな……ありがとう」
アビロスに転生した当初は、こんな笑顔で迎えてはくれなかった。
完全にやらされている感のある表情や、怯えた顔ばかりだった。
これじゃダメだ―――
なんとかして変えようと決意した俺。
といっても俺のやれることは、毎日の挨拶や、ちょっとした気遣い程度だ。
破滅回避という目的もあるが、なによりも長く暮らすであろう場所なんだ。気持ち良くすごしたいじゃないか。
コツコツと地道に、クソ悪役ムーブを改善していったかいがあったな。
この5年間の行いが無駄では無かったことに、ホッとする。
なんだか安心したら急に疲れが湧き出てきたぞ。
ダンジョンからずっと気を張っていたからな……
「ふわぁああ~~ご主人様疲れてるです! お風呂にするですか? お食事にするですか?」
俺を見るなりすぐに状態を把握するララ。
この子は5年間ずっと俺のことを気遣ってくれている。
「とりあえず食事かな、なにか腹に入れたい」
「わかったです~~」
ララに手を引かれて食堂に向かっていると、ステラが深刻な顔をして、母上のナリーサと話をしていた。
「あ、あのナリーサ様。その、あの、もう少しだけお屋敷に滞在させて頂けないでしょうか」
「まあ、もちろんよ! アビロスちゃんの傍にいたいのね~~ステラちゃんかわいいわぁあ」
「ち、ちがいます! そんなのではなくて」
「あら~~じゃあなんでかしら~~」
「え、えと……その、アビロスとちょっと、その後日食事に行く約束をしたので……」
「まあ! デートね! 私のお洋服を貸してあげましょう! あ、でもステラちゃんだとお胸がきついかも~~そうだわ! すぐに洋服屋さんを呼びましょう!」
「へぇえ!? で、で、で、デート!? いや違うんです! 服は今着ているので大丈夫ですから」
「そうなの~~? じゃあその法衣を光輝くまで綺麗にしましょうね~~。や~~ん、あなた~~可愛すぎる娘ができるわ~~~ルンルン」
「そ、そんな! だから、違うんですって!」
はっきりとは聞こえんが、なんかコントみたいな会話が繰り広げられていた。
母上はグイグイ物事を進めちゃうからなぁ。
そこへ俺の手を引いていたララがステラの元に駆け寄り、グイグイこちらに引っ張ってきた。
「ちょ、ララちゃん!?」
「ステラ様もご主人様と一緒に、お夕飯食べるです~~!」
俺とステラの2人をニコニコの笑顔で引っ張る小さなメイドさん。
母上とメイドの強引なコミュニケーションにタジタジの聖女さま。
こんな一幕は、ゲーム原作だとありえないシーンだな。
俺はステラの方を向いてそう思った。
「―――あ、アビロス! あんまりこっち見ないでください!」
おっと、機嫌が悪いらしい。
ステラはその小さな顔を真っ赤にさせて、プイッと横を向いてしまった。
◇◇◇
オークキングを討伐した翌日。
俺とステラは屋敷の正門前でラビア先生と向き合っていた。
いよいよ先生とお別れの時がきたのだ。
「アビロス! この5年間よく耐えたな! 吐かなくなったのはお前がはじめてだ!」
「ステラ! 女でワタシの元を卒業できたのはお前がはじめてだ! よく頑張った!」
先生が俺とステラの肩に手を置いた。
「本当に強くなったな……2人とも」
俺たちから離れた先生は、両手に何かを持っていた。
「お前たちへの餞別だ。卒業証書のかわりだと思ってくれ!」
俺が渡されたのは、【ダークブレイド】。魔剣の一種だ。
ぬるりと光る漆黒の刃、おお~~カッコいい!!
ステラは――――――!?
「そ、それは!?」
「ほう、アビロスこれがなんだか知ってるのか?」
「え……いや。すごく綺麗な杖だなぁと……」
「だろう! ステラにぴったりだなと思ってな!」
俺の記憶が正しければ、ステラに渡されたのは【純白の女神聖杖】、聖杖の中でも最上位の一品だ。
これは、盗賊ギャングキングを倒さないと手に入らない武器のはず。
「いや~~、こないだ酒場で喧嘩を売られてな。いい気分で飲んでたところに水を差しやがったから、ついカッとなってしまって。全員ボコボコにしたついでに巻き上げたんだよ」
なるほど、ラビア先生が無自覚イベントクリアしてしまったようだ。
「それから―――」
ラビア先生が奥に視線を向ける。
ああ、そうだよな。彼女も頑張った1人だ。
俺はララに手招きする。
頭に?を浮かべながらもこちら来るララ。
「ララ! この5年間よく頑張った! これはおまえの卒業祝いだ!」
ララは、卒業試験を受けなかった。メイドの仕事を休むわけにはいかないと言って。
俺は、少しぐらい長期休暇を取ってもいいと言ったのだが、「ララの本分はメイドです!」といって仕事を優先していたのだ。
「ふぇえええ! あたしも貰えるですか!」
「当たり前だ。ワタシのしごきを仕事兼任で耐えきった奴などこの世にいない。ララ、おまえは王都の騎士団の誰よりも根性があるぞ!」
「うわぁああ~~~ん。ありがとうございます~~嬉しいです~~」
その場で大粒の涙を流す俺の専属メイド。
本当に良く頑張ったな。
ララが貰ったのは【ポイズンウイップ】、いわゆる毒の鞭だ。
毒属性持ちのララにはぴったりの武器だな。
「さて―――名残惜しくもあるが、そろそろ行くぞ」
ラビア先生が俺たち3人の肩をポンポンと叩いていく。
それに対して俺は一礼を、ララはメイド服でお礼のお辞儀を、そしてステラは先生に【祝福】をかけた。
3者3様のお別れだ。
「ワタシはこれでお役御免だが、日々の鍛錬を怠るなよ―――じゃあな!」
ラビア先生はそう言うと、次の瞬間にはその場から消えていた。
遥か彼方に、先生が走ったあとであろう土埃が巻き上がっていた。
「すげぇええ……」
なにかしらの付与魔法は使っていないし、身体強化もしていない。
つまりガチの脚力だ。
マジかよ……とんでもないスピードだ。
この5年間で先生に幾度となく模擬戦でしごかれたが、そのどれよりも速い。
「フフ、アビロス、とんでもない先生ですね。私たちはまだまだです」
「ああ……そうだな」
未だに地面の振動を感じる。おそらくは、ラビア先生が走り出す際に地を蹴った余韻だろう。
この5年間で俺は各段に強くなった。肉体も、魔法力も、精神力も。
そして卒業試験をクリアして、【深淵闇魔法】も覚醒した。
だが――――――
まだまだ上には上がいる。
先生には、最後の最後まで教えられっぱなしだな。
俺もステラも、そしてララも、まだまだ伸びしろはある。いつか必ず……
俺は先生が走り去った彼方をみつめて、グッと拳を握りしめた。
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