第三話 目標

 やってしまった……。


 胸に若干の後悔を滲ませつつ、私は発着ホームへの階段を前の人に続いて昇っていく。

 新幹線はすでにホームに到着していた。

 ちらり、と後ろを振り向くと、小野寺と佐倉が飽きもせずにまたもやベタベタと絡み合っていた。さながらナメクジの交尾である。塩でもふりかけてやろうか。


「優太くーん、肩貸してぇ。香乃愛、階段むりぃ」

「学校でどうやって生活してるんだよ……」


 とるに足らないナメクジたちはどうでもいいとして、先ほどから私が気にかけているのは彼らの隣で微笑んでいる楯無さんの方だった。


 ──私は、〈彼、あるいは彼女〉の「性別」を知りたい。いや、知らなければならない。

 それこそ、私が立てたこの修学旅行での小さな目標だった。




 二年生に上がってすぐの頃、放課後の教室で数人の女子たちが噂しているのを耳にしたことがある。


『ねえ、楯無さんっているじゃん? もとD組の。あの子、ホントは男らしいよ』

『うそぉー! スカート履いてるのに?』

『えー? 普通に女ってウチ誰かに聞いた気がするけど』


 それまでは特に気にすることもなく、無駄に声が通る彼女たちの噂話を煙たげに聞き流していたけれど、そのうち誰かが『あれでしょ、最近流行ってるジェンダーレスとかいうの』と発言して、私はへえ、そういうのもあるのね、と少し興味が湧いた。

 それからというものの、私はふとした瞬間に楯無さんに意識を向けることが増えたように思う。


 たとえば、体育の時。

 楯無さんは必ず男子側に参加する。体育館を二つに分けて男子はバスケットボール、女子はバレーボールの授業だった時、楯無さんは何のことなく、男子に混じってスリーポイントシュートを決めていた。

 かと思えば、体育終わりに男子更衣室は使わず、どこかへ姿を消すのだ。もちろん女子更衣室にも姿は見せない。

 うちの高校にはプールの授業が無いので、楯無さんの水着姿を見ることは当然なく、他にわかったことと言えば、トイレは教室のある棟から遠く離れた特別棟にある職員用の女子トイレを使用しているらしいということくらいだった。

 これは職員室に用があって特別棟に赴いた時、偶然、トイレから出てくる楯無さんを見かけて知った。


 そしてもう一つ。

 これら楯無さんに関する話題に対して、クラスメイト達は全くと言っていいほど触れないのだ。

 少なくとも表立っては。

 なまじ偏差値が高いだけあって、その辺りのモラル意識は高いのかもしれない。

 もちろん私も例外ではなく、教室内で自ずから出来上がった不文律をわざわざ犯そうとは思わなかった。

 そうしてしばらく過ごすうちに、楯無さんの秘密はやがてそういうものとして自然と受け入れられるようになり、特別、気にすることも少なくなっていった。

 つい先日までは。


 しかし、ここにきて事情が変わった。


 私は告白された。

 告白されてしまったのだ。


 同性の夕陽に。

 恋愛対象として好きなのだと。

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