第3話

 (お腹すいたなぁ)

アリスは空腹を感じる。昼ご飯を食べていないし、長い時間足元が悪い林の中を歩いてきたのだ。

 アリスは道をぶらぶらと目的もなく歩いていくうちに、甘い匂いに釣られて、その方角に向かっていった。

 ウィンドウを眺めて、店の中を覗いてみた。中はお菓子でいっぱいに満たされていた。

(お菓子屋さんだ)

 キャンディ、チョコレート、クッキー、その他いろいろ。

 アリスにその輝きは宝石のように見えるし、なによりも価値がある。

(はいっていいのかな?)

 お金がない。でも、入らなければ、空腹は満たせない。

 アリスは勇気を振り絞って、店の中に入る。

「いらっしゃい」

 店にいたのは、お菓子とは全く似合わない無愛想な男だった。新聞とアリスを交互に見ている。

「こんにちは。かわいいお店ね」

「ああ、城のお嬢ちゃんか」

「知ってるのね?」

 店主はうなずいた。

「そりゃ、お前さんは有名人だからな」

 やっぱり、そうなんだ~。と小声で呟いく。

「おじさん、お菓子ちょうだい。お腹が空いたの」

「お嬢ちゃん、お金は?」

「持ってない。お城から抜け出すときになにももって来なかったから」

 店主は新聞を読むのをやめて、アリスの方に視線を絞る。

「お嬢ちゃん」

「なにさ?」

「肝が座ってんな」

「……ありがとう?」

 褒められたのか、けなされたのか、アリスには分からなかった。

「まぁ、いずれ聖女さまになるんだ。今、お節介を焼いてもいいか」

 店主は自分を納得させるようにそう呟いた。

「そこにある、棒付きキャンディ、1本やるよ」

「いいの!?」

「ああ、お嬢ちゃん金ないんだろ?」

「うん。ありがとう」

 アリスは棒付きキャンディの中から、赤いキャンディを選んだ。それはルビーのように輝いて、艶やかだった。

 キャンディを手に取ってから、アリスは店主に聞いた。

「聖女さまってなに?」

 店主は目を白黒させながら、アリスをじっと見た。

「いや、そいつは答えらんねぇな」

「お願い。みんな答えてくれないの」

「だろうな。おれだって答えてくねぇ」

「教えてくれないの?」

 少し考えて、店主は言った。

「聖女さまってのは、高い城(キャッスル)とこの街を守る存在だ。そう信じられている」

「すごいね」

 目を輝かせるアリス。しかし、店主はアリスから視線を外して続けた。

「すごいか……。でも、実際はそうでもないかもな」

「えっ……」

「なぁ、嬢ちゃん、聖女さまになりたいなんてあんまり言うもんじゃない。おれ個人としては、なって欲しくねぇ」

 店主はしばらく黙った。そして、新聞の続きを読み始めた。

「聖女さまって……なにするの?」

「……。なにもしないさ。さぁ、もう用が済んだら出て行きな。こっちは商売なんだ」

「……。そう。ありがとう……」

 アリスは腑に落ちないものがある。が、出て行くしかなかった。



 アリスはその後、味を占めて、店に入っては商品を譲ってくれるまで物色する一連の流れを何回も行った。おかげで、泥だらけだった靴は真新しいものを履いて、キャンディとサンドイッチを食べ、洋服も街の雰囲気に合ったものを着ていた。

(こんなにみんなが優しくしてくれるなら、聖女さまもわるくないなぁ)

 と、思う。

 その反面、

(こんなにまでよくしてくれる聖女さまってなに?)

 矛盾する気持ちを抱えて、街中をさらに散策していた。

 アリスは街の真ん中にある噴水に腰を下ろしていた。真新しい靴を見ながら、今自分がしていることが不安になってくる。

(城のみんなはアタシのこと、心配に思わないのかな?)

 自分から城を抜け出しておいて、心配して欲しいだなんて、わがままで、自分勝手だと分かっている。けれど、見捨てられてしまってのではないかと心配になってしまうのも事実だった。

(あ~あ。つまんない)

 城を抜け出す前は、外に出ればどんなに楽しいだろうと考えていた。けれど、それが実際に叶ってしまうと、そんなに素晴らしい夢でもなかったのかも、と思ってしまう。

 かといって、自分がした選択が間違っていたとも考えられない。今日と同じように抜け出せるチャンスが訪れたのなら、やっぱり自分は城を抜け出してしまうのだろう。

(どうしよう)

 まだ、外に、この街にいたい。でも、城に帰ってもいい。

 アリスが考えていると、いつの間にか真横に座る女性がいた。背の高くて、筋肉質な女の人。切れ味のいい刃物のような印象を受ける。

「あなた、アリス・キャッスルかしら?」

 アリスはもういきなり他の人から話しかけられることに慣れてしまった。全く警戒せずに、

「はい、そうです」

 と答えてしまう。

「ああ、そう。思ったよりも地味ね」

 (なんだか、不気味な人だな……)

 この街に来てから出会った人は、みなアリスに好意的だった。けれど、この女の人は違う気がした。けれど、これといって警戒はしない。

「あなた、城から出てこれたの?」

「勝手に抜け出したの」

「それはすごいわね。聖女さまなんでしょ?」

 首を振った。

「違うわ、これから聖女さまになるの」

 女は口に手を当てて、ぶつぶつとなにかを呟く。アリスには唇と指先が触れる音だけが聞こえて、言葉としては成り立っていなかった。

「貴女……、聖女さまってなにか知ってるの?」

「知らない」

 はっきりと答えた。

「やっぱり、知らせないのね……」

 アリスは聖女さまについて、入店したすべての店で聞いて回ってみた。けれど、答えてくれる人はひとりもいなかった。

「ねぇ……」

 聖女さまがなにか聞こうとした。けれど、それが口に出る前に女は、アリスに質問を続けた。

「高い城(キャッスル)教って分かる?」

 質問の雰囲気が変わって、アリスは数瞬、戸惑ってしまう。が、すぐに答えを頭の中でまとめ上げて、口に出す。

「アタシ達の信じている、神様の教えよ」

「なら、神様っているの?」

「いるわ、アタシを今でも見ているの」

 女はアリスに冷ややかな視線を送った。

「教祖さまは分かる?」

「分かんない」

 両手の平を見せる。

「なら、城で1番偉い人は?」

「知ってる。オスカー様」

 オスカー様は50代後半の男性で、高い城(キャッスル)で絶大な権力を持っている。アリスは城の人の話から察してしるが、実感はない。

「その人が、教祖さまよ」

 女は言った。

「へ~」

 つまらなそうに、アリスは言った。

「そして……。いえ、まだ、言わない方がいいわね」

(さっきから、そればっかりだ)

「ねぇ、貴女、この街の外に出たくない?」

「出られるの!?」

「えぇ。貴女が望むのであれば……ね」

(この街の外に出る……。そしたら、なにかあるのかな?)

 アリスにはこの街の外になにがあるのか想像もつかない。この街の中よりも、楽しいことがあるのかもしれない。

「出てみたい。この街の外に行ってみたい」

「そう」

 女はアリスに手を差し出した。

 アリスは手を握った。

 女は歩き出し、アリスは引っ張られるようにして、ついて行った。


 石畳と木組みの街を出て、アリスは高い壁のそばまでやってきた。アリスの背の10倍も高く見える。

(城よりも高そう)

「この壁はなに?」

「これは外の人が入ってくるのを防ぐモノよ」

「人ならいっぱい街にいたよ?」

「それよりもいっぱい人がいるのよ。これの向こうには」

「嘘、人はそんなにいないよ」

「あなたたちはそういうことにしてるのよ」

「そういうことってなに?」

「貴女は壁の外に出るべきなの」

 アリスに言いようもない不安が不意に襲いかかってくる。街の人とは違う。この女の人はアリスに冷たく当たってくる。

「離して」

 アリスは繋いでいた手をふりほどいた。

「ちょっと!!」

「イヤ。イヤよ。街の外なんて行きたくない」

 できる限りの大声を出した。アリスは必死に女に抵抗する。

「貴女、このままこの街にいたら、不幸になるわよ」

 女はアリスの手を掴んで、無理矢理に引っ張る。壁の向こう側に生かせようと必死になっていた。 

「イヤだ。離して」

「貴女は分かってない。この場所がどれだけ危険か」

「危険じゃない」

 城の中にいればよかった。抜け出さなければよかった。アリスは強く思う。

「離して!!」

 抵抗するよりも大きな力で、女はアリスの手を引っ張って行く。

「お嬢さま!!」

 姿が見えるよりも先に、その声の主が分かった。

(エミリーだ!)

「助けて!!」

 エミリーの姿が見えると、女はアリスの手を離して、走って姿を消してしまった。

「お嬢さま」

「エミリー」

 アリスはエミリーの胸の中に飛び込んだ。

「お嬢さま。無事でよかった」

「ごめんなさい。アタシが間違ってた。こんなことになるんなら、城の外に出なければよかった……」

「お嬢さま、城に帰りましょう」

 アリスは言った。

「城の外は怖いところだったわ」

「今、お嬢さまが助かったのも、神様の導きですよ」

 エミリーは言った。

「そうよね。神様はいるのね」

 アリスは同意した。

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