第2話
道を歩いて、歩いて、歩いて。
その間にアリスは情緒が不安定だった。何度、城に戻ろうと思ったか分からない。それを上回る回数、街に出てみたいと思った。
そうして、アリスは石畳の道に行き着いた。視線を上げると木組みの家と店がずらりと並ぶ。
「おお~」
ようやく、城から見えて、いつも憧れていた街中に出てきたのだ。周囲には、野菜を売っている店、靴を売っている店、刃物を売っている店etc……。どの店も賑わっていて、活気づいている。アリスはこんなにも多くの人で賑わっている様子をはじめて見た。
(さて……)
街の交差点で、アリスは右往左往している。
つかつか、とアリスの背後から足音がする。
「お嬢ちゃん。あの、高い城(キャッスル)のアリスかい?」
アリスは相手を少し睨む。相手は白髪の老人だった。杖をついていて、動きは鈍い。悪意はなさそうだ。
「そう。城はアタシの家よ」
「そうか、なら聖女さまになるアリスですか」
ほっほっと、低い声で笑う。
「そうです」
そう言った瞬間に、周囲にいた人たちが、アリスと老人の回りをぐるりと囲むように群がってきた。
「では、教祖さまもあそこに……」
老人は聞いた。
「教祖さま……」
アリスにはその『教祖さま』に当たる人物に心当たりがなかった。
「ああ、あったことはないのか」
「教祖さまってだれ?」
「知らないなら、知らないでいいだろう」
老人は満足してその場から立ち去ろうとした。アリスは老人は老人を追う。
「ねぇ、待って……、教祖さまってだれ?」
「知らないなら、知らないでいいのかも知れないね」
「……」
アリスはさらに聞いた。
「聖女さまってなに?みんな、アタシは聖女さまになるって言ってた」
「それも、いずれ分かる」
そう言って、老人はアリスの前から立ち去ろうとする。アリスは追いかけなかった。
自分がいずれなる『聖女』アリスはその正体に、不安をいだいた。もしかしたら、自分が考えている以上にわるいものなんじゃないか、と。
「おい、嬢ちゃん、なんでひとりなんだ?」
集まってきた街の人々のうちの誰かが言った。当然と言えば、当然の疑問だった。城に住むような高貴な人が、街中にひとりでいることなど、あり得ない。
「えっと……」
アリスはどうにか誤魔化そうと、言い訳を考える。
「それは……」
「それは……」
何人かが、復唱した。
「勝手に抜け出してきたの」
周囲の人がみな、黙った。この沈黙にアリスは押しつぶされそうになった。が、
「いいじゃねえか。面白い」
と、がたいのいい男が言った。その瞬間、アリスを取り囲む人々は彼に視線を集中させる。アリスも彼の方を見た。薪みたいに太い手足と、入れ墨が目立つ。
「いいじゃねえか。お嬢ちゃんくらいの年頃の娘が、城の中に引きこもってる方が、問題だ。少し、いやぁ、かなりおてんばくらいの方がいい」
両腕を組みながら、男は言う。
「そうだ、そうだ」
と
「イヤ、それには反対だ」
と言う2種類の意見で群衆の考えは割れる。その対立は、燃えさかる炎のように一瞬にして広がって、さっきまでの静寂を消し飛ばした。
「あの!!」
アリスは言った。
「城から出たのは、はじめてなの……」
今度は、静寂が対立を消し飛ばした。
誰も、なにも言わなくなった。
森に住む鳥の声がよく聞こえる。普段の賑わっている街ではあり得ない。
「いいよ、嬢ちゃん。面白い」
再度、がたいのいい男は言った。
「なら、街を自由に散策してみるといい。この街はみんな、お嬢ちゃんが聖女さまになるっえ言えば、優しくしてくれるさ。……ただ」
男はさっきまでの勢いのあるしゃべり方をやめて、真面目なニュアンスを多く含んで話す。
「ただ……」
「この街から出ようとはしないことだ」
「この街から……」
アリスは無意識に、反射的に言う。
「なんで……ですか?」
「なんでも……だ。お嬢ちゃんがこの街から出ようとすると、みんなに迷惑がかかっちまう。それだけだ」
アリスを取り囲む群衆も、男の意見に賛同していた。これは民意ということらしい。
「おれたちは、高い城(キャッスル)から街まで出てくるのは、まぁ、見逃すけどよ。嬢ちゃんが街の外に出ようってんなら、容赦しねぇ」
話の後半に脅しが込められていると、アリスは感じた。冗談でこの男は言っているのではないと。
「うん、……分かった」
「いい子だ」
「おじさん。一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
アリスは一呼吸置いて、言った。
「聖女さまってなに?」
「いいかい、お嬢ちゃん」
男はさっきの脅すような言い方をした。
「それは聞いちゃいけねぇ」
男はそれだけ言って、立ち去った。男に釣られるように、周囲の人たちもその場から消えていって、最後にアリスだけが残る。
「聖女って……なんなのさ……」
誰にも聞こえないように、アリスは呟いた。
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