新入生と怪しい勧誘【#2】
良く言えば趣のある、悪く言えば埃っぽく
「南校舎って、なんていうかもう取り壊されてないだけなんだよね〜。だから直されるとか無いんだよ。」
「なるほど、そうなんですね。」
俺の左手首は、未だ
今の時間帯ならば部活の勧誘も一区切りつき、そろそろ部活としての本来の活動を始める頃だろう。現にグラウンドからは、運動部が準備運動をする掛け声が聞こえてくる。なのに、この南校舎からはまったく人の声がしない。それどころか気配すら無い。先輩の言う通りに、"取り壊されてないだけ"のようだ。まるで使われている様子が無い。
手を引かれるまま、階段を登る。やけに急勾配のそれを登りきり、右に曲がって突き当り、一番奥の教室の前まで来ると、そこで
「とうちゃ〜く!ここがオカ研だよ!ささ、入って入って〜!」
鍵を差し込まずノックもせずに、扉に手をかけ開ける。開かれた先に見える景色は、部室というよりも、むしろ……。
「なんか、ただの空き教室、って感じですね。」
廊下と同様、埃っぽくて
「うん、そうだよ。ただの空き教室。」
あっけらかんとそう言い放ち、先輩は部室、もとい教室の中央にポツリとある机一式の椅子を引いて、座った。
「オカ研って、実は今わたしひとりしかいないんだよね〜。だから部室棟の部室はもらえないんだ。でもこの学校空き教室はいっぱいあるからね。こうやって部室代わりの空き教室をもらってるんだよ。」
「先輩ひとりしか……。ああ、なるほど。」
妙に納得がいった。こんな人を部長に擁する部活が、大所帯なわけがない。後輩なんて誰もついてきやしないだろう。そういえば、部活勧誘もひとりでやってたしな。そんな部活に正規の部室が割り振られたりするはずないか。……いや?ちょっと待て。
「でも、先輩ひとりだけなのに部として存在できるんですか?俺もイメージでしかないですけど、そういうのって活動停止とか、同好会になるとか……。」
「お、君は生徒手帳を読み込まないタイプだね。」
先輩は自身のスカートをまさぐり、ポケットから生徒手帳を取り出すと、それのとあるページを開いてこちらに見せた。……こんな奇抜な見た目してるのに、生徒手帳は常備してるんだな。
「校則に書いてあるよ。『部員が一名も在籍していない場合、その部活動は休止となる。』と、『休止中の部活動に入部希望者がいた場合、ただちに顧問を就任させ、活動を再開させる。』ってね。この学校、廃部っていう概念が無いんだよ。たとえひとりも部員がいなくても、書類上は存在してる。」
先輩が掲げた生徒手帳を覗き込もうとして、途中で気づき、自分の生徒手帳を取り出す。該当のページを開くと、たしかにそう書いてあった。逆に、ひとりでも部員が存在する場合においては、部員数や部室の有無を理由に活動を制限される校則は存在しない。
「つまり、校則に則ればこのオカ研は正式な部活であり、そこに何の支障も問題も無い、ということですか。」
「そういうこと。さすがに、部室棟の部室には上限があるから、そこはどうにもならなかったけどね。世の中には優先順位っていうのがあるし。でもここも案外いいんだよ。元が教室だから広いし、こうして机と椅子だって……、あ!」
俺が手元の生徒手帳を注視していると、突然先輩が大きな声を上げた。
「びっくりした……。どうしたんですか、急に。」
「お客さんを差し置いて、自分だけ椅子に座っちゃった……!妖野くん……、座る?」
椅子を引き腰を浮かせながら、上目遣いで見つめてくる。本当に若干申し訳無さそうな表情をしているのが、むしろなんだか憎たらしい。
「……いや、いいですよ。先輩が座っててください。」
たったひとつしかない椅子に俺が座る方が気まずいわ。
「そう?じゃあ、わたしが座るね。」
俺の返答を聞くや否や、一切の躊躇無く椅子に座り直した。……いいって言ったけどさ。さっきの申し訳無さそうな顔はどこ行ったんだよ。
「で、妖野くんの疑問がひとつ解消されたところでさ。」
椅子の上に鎮座した小さな身体、そしてその上部にある真ん丸の瞳が、俺を捉える。
「これからどうすればいいと思う?」
「はい?」
どうすればいいって……、そもそも何を?
「わたし勧誘したこともされたことも無いから、勧誘って何したらいいのかわかんないんだよね〜。ね、妖野くん、どうしたらいいと思う?」
「……少なくとも、俺に聞くことではないと思いますよ。」
ここまでは強引かつ強行気味だったのに、ここからはノープランなのかよ。それでよくあんな目立つのぼり旗持って校門前に立っていられたな。
「やっぱりそうだよね〜。う〜ん、どうしよう。何したら妖野くんがオカ研に入りたがってくれるのかな〜。」
背もたれに体重を預けながら唇を尖らせ、机の上に両手を投げ出しながら机の下で足をバタつかせる。癖毛を圧縮したような頭が、不規則に左右に揺れた。……ちょうど、この間見たドラマで子役がこんな感じの演技をしていた気がする。とてもじゃないが、今から後輩を勧誘しようという先輩の姿には見えない。
「何したら……、ですか。」
一応、考えるだけ考えてみる。別に入部に積極的なわけではないが、さすがに一対一(サシ)での会話、しかも初対面の目上の人相手に話題そのものに興味が無いような態度はとれない。なんだったら、俺は助けてもらった立場だしな。腕を組み首を傾げ、低く唸ってみる。
「あーー……。まぁ、月並みですけど、デモンストレーションでもやってみる、とか?」
当たり障りの無い回答が、口から零れ落ちた。自分で言っておいてなんだが、オカ研でデモンストレーションなんて、それこそやることがないだろう。薬にも毒にもならない、意地悪な提案である。
だが、それを聞いた
「デモンストレーション……。デモンストレーション……!いいね!それだよ妖野くん!」
勢い良く立ち上がり、両手で俺の右手を握り込む先輩。近づいてきたその瞳に、恐怖を覚えなかったと言えば嘘になる。
「わたしがちょちょいっ、と祓えばいいんだ!さっきの子を!」
「は?いや、何言って…………。まさか。」
"祓う"。"さっきの子"。その二つの単語から類推されることなんて、ひとつしかない。いや、だが待て。出来るのか?そんなことが。自分から幽霊に干渉しにいって、幽霊を成仏させるなんてことが。
…………うん、出来そうだな。なんか、この先輩なら出来るような気がするわ。すごいな。人って、見た目と言動だけでそんな荒唐無稽な信頼を得られるんだ。
「よし!そうと決まればれっつご……、あれ?」
掴まれていた俺の手が引かれようとしたので、すぐさま払い除ける。
「なんで!?」
「別に……、いいでしょう掴まなくたって。」
だってあれ痛いんだもの。思わず跡が残っていないか確認したレベルで。
「見学終わるまで逃げる気はありませんから。前歩いてくれればついていきますよ。」
それに、高校生にもなって手を引かれて引率されるというのもなかなか気恥ずかしい。目的が俺の拘束ではなく案内をするという単純なご厚意だったとしても、気持ちだけありがたく受け取っておきたい。
「ふ〜ん、そっか。わかった!じゃあ、後ろついてきて!」
俺の横をすり抜けるようにして、先輩は扉の前に躍り出た。スパン!と小気味良い音を立てながら、一息にそれを開ける。邪険にしすぎたかと思ったが、気にしてはいないようでよかった。
「ほら、妖野くん!ついてこないと迷子になるよ〜?」
ついさっき連れてこられた道順を逆に辿るだけなのだから、迷子になんてなるはずがない。けれど、大人しく後ろをついていくと言ったのは自分だ。俺は何も言わず、先輩に続いて南校舎の床材を踏み鳴らした。
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