幽ヶ屋先輩とふたりきりのオカ研

二見青珈

新入生と怪しい勧誘

新入生と怪しい勧誘【#1】

「君さ、自分が不幸だな〜、って思ったことある?」

 ありますよ、まさに今。という返答をすんでのところで飲み込んで、俺はそのおそらく先輩であろう女子生徒を見つめ返した。

 一聴すれば宗教勧誘でしかない台詞である。そして、この人が俺を勧誘しようとしているのも間違いないのだろう。ただしそれは宗教に、ではなく、部活に、だ。

 ここ県立彁妛せいし北高校の校庭は現在、部活勧誘のための無法地帯と化していた。逃げようとする一年生たちの健闘もむなしく、次から次へと上級生に捕まり取り囲まれていく。無論、俺だって並み居る先輩方を掻いくぐり、迅速な下校を成功させるつもりでいた。そのために、知り合って間もない級友を二人もスケープゴートにしたのだ。

 しかし、そのような小狡い手を使う輩には相応の末路が用意されているものなのだろう。正門まであと数メートルまで来たというところで、よりにもよってこんな怪しい人に捕まってしまった。

 野球部の勧誘に山下を押し付けたあたりからずっと、この人の様子は目に入っていた。たったひとりで正門横に突っ立って、手にはデカデカとオカルト研究部と書かれたのぼり旗がひとつ。そして辛くも逃げおおせ下校していく新入生たちを、まるで物色するかのように眺めていた。どう見ても異質だしなんなら少し怖いので、他の勧誘と同様上手くやり過ごそうとしたのだが……、この様である。俺を視界に捉えるなり凄まじい速さで接近してきて、挨拶も無しに宗教勧誘じみた台詞を投げつけてきたのだ。

 「お〜い、リアクションが無いと何もわかんないよ〜?」

 俺の進路を塞ぎながら、その人はわざとらしく俺を覗き込んで手を振ってくる。リアクションが無いんじゃなくて、そもそもする気が無いんだよ。なんだか一際怪しいだけでなく、一際面倒でもあるようだな。

 だが相手は一人だ。多人数で取り囲み退路を物理的に断てない以上、この人に俺を拘束する力は無い。俺は身体を横にずらし彼女を避けながら、一切の会釈すらなく歩みを再開した。

 「ありゃ、これは自覚とか無いのかな?もしかして、死にかけたことなんかも無かったりして。」

 けれどすぐに、その言葉によって俺は足を止めた。

 「……今、何て言いました?」

 傍からすれば突拍子もない意味不明な台詞だろうが、俺にはその台詞を無視することは出来なかった。

 「お、返事してくれたね〜。君にはわたしが見えてないのかと思っちゃったよ。」

 「そんなのはいいですから。……何て言いました?」

 振り向き、その人を見る。彼女は愉しそうに、目を細め口元を歪めていた。

 「死にかけたことなんかも無かったりして、って言ったよ?……あのさ、そんな反応するってことは……、あるの?」

 「………。」

 実を言えば、ある。しかも四回も。たかだか十五年と少ししか生きていないのに、それに見合わないほどに俺は肝を冷やしている。

 彼女を睨みつける。ただの偶然か?いや、それにしては表情が愉悦すぎる。それに彼女は"死にかけたことなんかも無かったりして"と言った。まるで、死にかけたことがある方が当然かのような言い回しだ。単に言葉選びに癖があるだけか?それとも……。

 「そんな怖い顔しないでよ〜。敵じゃないよ。」

 俺は今下校を妨げる存在は皆等しく敵だと認識しているが、それは論ずるべきではないだろう。

 「……初対面のはずですけど、どこかで会ったことでもあります?それとも調べました?俺のこと。」

 「何言ってるの、君。自意識が過剰なの?」

 彼女の愉悦の表情に、呆れがプラスされる。俺は口の中で消えてしまいそうなほど小さく、舌打ちをした。

 「あのね、わたしは伊達にオカ研の部長じゃないんだよ?君の素質がわからないほど愚鈍じゃない。」

 「………はぁ?」

 「いや、素質だとちょっと良く言い過ぎかな。でもわたしにとっては間違いなく"素質"だし……。」

 「あの、ひとりで勝手にブツブツ呟かないでもらえます?」

 こうして顔を向き合わせしっかりと見てみると、彼女のその容姿や身なりからも怪しさ、奇妙さが伺える。髪は肩口で切り揃えられているのに、梳かれていないのか、毛量がやたら多い。さらに癖毛なのだろう、髪の毛があっちへこっちへとうねり跳ねり絡まって、まるで毛玉だ。そのくせ前髪はヘアピンで留められ、両目は露わにされている。目は丸目のようだが、本来からそうなのか見開かれているからそう見えるのか判断しづらい。百七十前半の俺よりも頭ひとつ分小さいから、身長は百五十前後くらいくらいだろうか。制服は学校指定のもので、特に着崩したり改造している様子は無い。が、そこから伸びる足が細い。首も細い。そして白い。であるのに、なにやら生傷のようなものが散見される。白い肌に、痛々しい赤い跡や筋が目立つ。それらから目を逸らすように足元にまで視線を落とすと、見るからに高そうで高機能そうな、立派なスニーカーがあった。そこからは女子高生らしい、無地の白い靴下が伸び……、いや、違う。これ包帯だ。脛の中ほどまでをグルグル巻きにされた包帯が覆い、それと肌の境目をサージカルテープで固定している。靴下のような類のものは見受けられない。ええ……?マジかよ……。

 「どうやら自覚も無いようだし……、このままだとお互いにとって良くないよね〜……。」

 もはや"怪しそう"などという所感は撤回させていただこう。見た目も吐く台詞も不審者極まりない、完全なる変人の類だ。"関わるべきではない"と断定することにした。

 そういえば下校を急いでいる最中である。あの言葉はたしかに気にならないではないが、よくよく考えれば、あの正門をくぐることを先延ばすほどではない。一刻も早く、この場を去らなければ。

 「だからそうだね〜……。君はやっぱり、オカ研に入りわたしの側にいてくれた方が……、あ!!」

 視線を正門へと向け、一歩踏み出した俺の左手首を、彼女が無造作に掴んだ。かなり、力強く。

 「痛っ……。ちょっと、いくらなんでもこんな強引な勧誘……!」

 突然の痛みで芽生えた怒りにまかせるまま、彼女に文句を浴びせようとする。しかし、俺がそれを言い終わるより先に、彼女は俺の手を引いた。持っていたオカ研ののぼり旗を投げ捨て、両手で俺の左手首を握り込む。

 そしてその胸と両腕で、俺の左腕を抱きかかえた。ちょうど、甘ったるいカップルがやるように。

 「……は?何してんすか!?」

 腕を引っこ抜こうとするが、まったくその気配は無い。一体こんな細くて小さい身体のどこにそんな力があるのか。軽く腰を落とした姿勢の彼女は、ぴくりとも動かなかった。

 「ちょっ……!離してくださいよ!」

 「駄目。絶対離さない。」

 「くっそ……!いい加減に……!」

 その瞬間、俺たちを巨大な影が覆った。そして轟音と、風圧。ほとんど反射的に、正門を……、さらに言えばその奥の、横一文字に通った大通りを見た。

 そこには巨大なトラックが一台、明らかに法定速度を違反して走り去っていく姿があった。それは怖ろしいほどのスピードで遠ざかっていき、あっという間に点になって消えた。

 俺の頬を、冷や汗が伝う。

 運送業を営むトラックが法定速度を遵守していないことの是非は、この際いい。それは俺が一石を投じる事柄ではない。

 問題は、俺がこの手を振り解き歩みを進めていたら、ほぼ確実にアレに巻き込まれていただろうことだ。過去四回も味わった、死の恐怖。久方ぶりにお目見えしやがったそいつが、俺の心臓を冷たい手で撫でる。表情筋が、無様に引き攣った。

 「ね?行かなくて良かったでしょ?」

 これで目的は果たした、と言わんばかりに俺の左腕が解放される。その人は得意気に、俺の顔を覗き込んできた。

 「……あ、あの、とりあえず、ありがとうございます……。」

 わからないこと、聞きたいことは山ほどあるが、ひとまず"助けられた"という認識だけは間違っていないはずだ。正直、ひどいほどに動転しているが、辛うじて礼を述べることには成功した。

 「お、意外。もっとまくしたてられるかと思ってたよ。」

 ケラケラと、からかうように笑う彼女。命の恩人なのだと頭で理解しても、感じられるその奇妙さは拭いきれない。

 「『どういうことだ!』とか、『説明しろ!』とかさ。そういうの定番じゃない?助けられたのに、パニックのあまり攻撃的になっちゃう人。」

 「……ああ、まあ、わかりますけど。」

 さすがにそこまで礼を失してはいない。……いや、違うな。俺に降り掛かった四回もの臨死体験が、少しだけ俺の肝を強くしてくれたと推測すべきか。確かにこの人の言う通り、ここで激情的に疑問をぶつける方がいかにもな"定番"だ。俺が逆の立場だったら、同じように意外に思っていたかもしれない。しかし、だからといって、

 「俺だって、別に説明が欲しくないわけじゃないですよ。」

 「ありゃ?やっぱり?」

 「そうですよ。いの一番に出てきたのが感謝だっただけで、それはそれとしてまくしたてたい気持ちはあります。」

 「あっはは!そりゃそうだね!」

 真ん丸の目を全く細めないまま笑うので、少々、いや、だいぶ怖い。すごいな。まだ奇っ怪ポイント積み重ねられるんだ。

 「でも、わたしはもう説明したよ。君には見過ごせない"素質"があるし、わたしはオカ研の部長だってこと。」

 ……それは説明になっていないと指摘して、素直に丁寧に説明し直してくれるだろうか。それを疑ってしまうほどには、もうこの人に対する期待値はすこぶる低いが。

 「うーん……?その顔、納得いってないね?じゃあもうちょっとわかりやすく言ってあげるよ。」

 「ええ……。なら最初からそうしてくださいよ。」

 説明し直してくれるんかい。しかも人の表情から感情を読むこともできるのかよ。なんというか、実に意外である。

 彼女は一歩下がり両手を腰にあて、自慢気に胸を張る。そしてその丸い目で、射竦めるように俺を見つめた。

 「わたし、霊能力者なの。」

 「……は?」

 「で、君は、超がつくほどの霊媒体質だね。」

 「………はぁ?」

 「ま、厳密には違うんだけどね。わたしが干渉できるのも君が引き寄せるのも、霊というより"そういうの"全般だし。でもそれを説明しようとすると回りくどいしめんどくさいから、ここは一旦霊でいいよ。」

 「い、いや、すいません。待ってください。」

 両手を突き出し、強引に話を遮る。

 「確かに説明を求めましたけど、正直、話が突飛すぎて意味わかんないっていうか……!」

 突き出された俺の腕を、彼女はなだめるように上から押さえて下げた。

 「全然突飛じゃないよ。あるんでしょ?心当たり。死にかけたことも、……なんなら、不幸だって思うことも。」

 「それは……。」

 口ごもる。実を言えば、そんな心当たりなんて山程ある。

 彼女が、小さく微笑んだ。

 「……あるんだよね。じゃあ簡単だよ。それには全部、原因があったってだけの話。だって現に……。」

 おもむろにその細い腕を上げると、俺の後方……、正門の先の道路の更に向こう、対岸の歩道を指差した。

 「今も呼んでるもん。『おいで。おいで。こっち。こっち。』って。」

 「……は!?」

 俺には、何も見えない。聞こえない。でもずっと、今だって感じているのだ。なんとなく、本当にただなんとなくだが、"はやくあちらに行かなければならない"という、使命感めいた焦燥を……。

 「……マジですか?」

 俺の声は、少し震えていた。

 「オカ研の部長として誓って言うけど、マジだよ。」

 途端に、俺の背筋に悪寒が走った。俺には霊感というものが無い。そう思っていた。だが違ったんだ。彼女の言う通り、"自覚が無い"だけ……。まさか、俺はこのおよそ十五年の人生を、常に見えない危険に曝されて生きてきたというのか?そして幾度となく、巻き込まれかけた、と?

 「………はは。」

 いや、……いやいやいや。落ち着け。こんなひどく動揺しているような有り様では、正常な判断なんて出来やしない。この怪しさ極まりない不審な変人の言うことを、鵜呑みにするべきではないはずだ。

 だが、しかし。

 この人の発言に対する心当たりと、ついさっき起こりかけた事故。それらは紛れもない事実だ。霊能力だの霊媒体質だのなんてものは、俺が現在持ちうる常識に当てはめればいくらでも否定できる話だが、……だからといって一蹴できるほど、俺は今その常識に自信が無い。

 「はぁぁぁ〜〜……………。」

 深く、深く、ため息をつく。そして吸い、また、吐く。目を瞑り、人差し指と親指で眉間を揉む。だいぶ無理やりだが、幾分かは動揺を抑えられた。

 目を開けると、彼女のそのやたら真ん丸な瞳と目が合った。揺るぎなく真っ直ぐ見つめてくるので、反射的に恐怖を覚えちょっとたじろぐ。が、すぐに姿勢を正して、強く見つめ返した。

 「……腹は括りました。」

 俺のその台詞で、彼女の瞳がより一層見開かれた。……今までマックスじゃなかったのかよ。

 「お?おお!?っていうことはつまり?」

 「部活見学していきますよ。言っときますけど、見学だけですからね。」

 「おおお!やった〜!」

 無邪気に飛び跳ね、喜びを全身で表す。まるで幼児のようだ。

 「じゃあ、そうと決まればすぐ行こう!ほら、こっち!」

 たちまち手首を捕まれ、引かれる。その強引な誘導は、さっきトラックに轢かれそうになった際に掴まれた時と同じくらい力強かった。そこそこ痛い。

 「あ、そういえば。」

 前触れなく急に振り返り、俺の顔を覗き込む。

 「名前聞いてなかったね〜。君、何ていうの?」

 たしかにそういえば、まだ互いに名乗っていなかったな。今聞くのか、という気持ちは否めないけれども。

 「妖野あやしのです。妖野遙眞あやしのようま。」

 「妖野あやしのくんか……。うん!これからよろしくね、妖野あやしのくん!」

 「だから見学だけですって。……というか。」

 覗き込んでいるその顔を、咎めるように見つめ返す。

 「先輩も名乗ってくださいよ。まだ聞いてないですよ。」

 「え?ああ、そうだったね。ごめんごめん。」

 彼女はわざわざ俺の方に体ごと向き直り、少し、微笑んだ。

 「わたしは幽ヶ屋游稀かすがやゆうきだよ。呼び方は〜、ま、自由でいいや!任せるよ。」

 「えー……。じゃあ、幽ヶ屋かすがや先輩で。」

 何のひねりも無い呼び方だが、特にひねるものでもないだろう。今後関わりがあるかもわからないし、これでいい。

 「うんうん。自己紹介も出来たわけだし、改めて部室にれっつごー!」

 歩みが再開される。引かれる手に身を任せるまま、俺はいつもよりも若干狭い歩幅で、オカ研の部室までの道を辿った。

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