偽りの命であったとしても。
『day:13』
そろそろいいか、と、俺は近くに転がる缶詰の中からひとつを手に取る。壁にもたれかかったまま、手を伸ばしても微妙に届かないそれに“こっちへ来い”と念じる。ゆっくりと缶詰が移動し、掌に収まる。
取り寄せた缶詰の中に入っているのは煙草だ。大熊と戦った部屋にあった物資の中に見慣れた軽い缶詰があったのである。他の食料と一緒にこれも持ってきた。身体にいいわけがないと思ってしばらく我慢していたが、限界がきた。あると吸いたくなるのだから仕方ない。心の中で“誰か”に断りをいれ、一本を口に咥える。
紫煙を吐く。
―――
俺はまだ生きている。
生と死の境界がどこにあるのかは知らないが、何度か行ったり来たりしつつ、今のところは“こっち側”にいる。もっとも“あっち側”に渡ったとしてもすぐ戻ってきてしまうわけで、本当の境界というものが何なのかは知らない。もしかしたらとっくに踏み越えているのかもしれない。
それでも俺は生きている。生きていると思えるのだからそうなのだろう。
痛みと高熱に耐えつつ天井ばかりを見つめていると、余計に時間が長く感じる。だから、こんな風にどうでもいいことを考えてしまう。
大熊との戦いから二日、俺はずっとこの宿場町の廃墟にいた。大熊との戦いで倒壊した家の……隣の廃屋の一室にいた。ヘタに動くことすらままならない身体で、まずは体力回復につとめるしかなかったのだ。左肩口の深い裂傷。後頭部の打撲。それから全身のあちこちに擦り傷と打撲。治癒魔法なんて便利なものがあればいいが、あるわけもない。包帯(という名の、服の切れ端)を換え、かき集めた缶詰を食い、後はひたすら眠る。それの繰り返しだ。特に失血による体液量の低下は思いのほか深刻で、身体がまったく動かず、何度も気絶しかけた。はじめの数時間は死の淵を歩いているかのような心地だった。傷を負った直後に止血していなければ本当に死んでいただろう。
苦しみ、痛み、そして身体が動けないもどかしさ。そうまでして生き伸びるのか、いっそ死んでしまったほうが色々と早いのではないか、とも思う。実際、これまでの自分ならそうしてきた。どこでリスポーンするにせよ、新品の身体でやり直したほうがラクなのだから。
けれど――この感覚もまた新鮮だ。
なにより、せっかく大熊に“やり返して”やったのだから、しばらくは生きてやらないと面白くない。
そうだろ?
―――
答えはない。
―――
『day:14』
幸いだったのは、この身体の自然治癒能力が優れていたことだ。爪や髪を切っても“元通り”になる力が働くように、傷口の治りも早かった、免疫もあるのか、恐れていた感染症や風邪にもかからなかった。あの大傷が二、三日でここまで治るのは、それはそれで魔法のような身体といえる。
もっとも完全に元通りとはいかないらしく、左腕の自由がきかなくなった。あの傷で神経か筋肉かがやられたらしい。動かないとまではいかないが痺れが残っている。武器を振るうのもできない。いつかは治るかもしれないが、時間はかかるだろう。
ともあれ左腕以外は動くようになった。この快復力の高さはありがたい限りだ。出血が止まり瘡蓋のできあがった傷口に布きれを巻き直し、馬車幌の外套を一部切り取って加工した三角巾で腕を固定する。
身体が動くのなら行かなくてはならない。凝り固まって痛む身体をかばいつつ、改めて街の周囲を巡り、使える物資を回収していく。ほとんどがガラクタばかりの中を、食料を中心に集める。
武器はあった。持っていた竹槍は大熊に突き刺さったまま(死体はまだ大部屋にあった)だし、銃も使い物にならない。代わりになるものはないかと思ったら、ちょうど一振りの手斧を見つけた。これなら武器としても、また焚き火をする際の薪や枝の調達にも使える。片手で扱えるというのもいい。
問題なのは服だ。止血帯代わりにするのに自分の着ていた服を切り裂き続けたせいか、今の俺はあられもない姿になっていた。新品同様だったはずのメイド服はほとんど生地が残っておらず、暴漢にやられたような見た目になっている(間違ってはいないのだが)。何故か新品の下着だけは見つかったから着けてはみたものの、しかし肝心の着替えが見当たらない。唯一あったのは革製のジャケットのみ。確かに、羽織るものは重要ではあるが。
というわけで、現在の装備は以下の通り。
下着(新品)、メイド服(半壊)、葉笠(半壊)、馬車幌の外套(半壊)、幌製の三角巾、革のジャケット、手斧。
寒さを凌ぐとか雨風を凌ぐとかいうよりも、ヒトとしての尊厳を保てるギリギリの格好だ。そもそも他に誰もいないのだから尊厳も何もないのだが、相変わらず色々と不安になる格好ではある。
―――
『day:15』
取れるものは取った。
大きな街はトラブルも多いからとっとと出るべきだ。
生き伸びると決めたのなら、リスクはなるべく少ないほうがいい。
と言いながら、俺は今日もまだ街の捜索をしていた。
モノ漁りのために入った廃屋の一つで、奇妙なものを見つけたためである。
それは、群青色をした小さな石……のようなものだ。住人達の会話が記録されたあの水晶とも違う、謎の文様が刻まれた石。宝石ともまた質感が異なるそれは、ある廃屋の一階に一つだけぽつんと転がっていた。そこはどうやら雑貨店か何かだったらしい、カビた食料やら食器やらに混じって、その石はカウンターのあたりに転がっていた。かつては店だった場所。だが例え宝石だろうと、もはや貨幣も物々交換も為し得ぬこの世界、食料にも武器にもならぬものに意識を向ける余裕などない。だから一度は放置した。
だが、その後に入った家の二階で俺はたまたま一冊の本を見つけた。そして開いたままのページに描かれていたものを見て、すぐに先ほどの群青色の石を回収した。
興味本位、再び、というやつだ。
その理由は何か。まず前提として、元より俺は本が読めない。というより、この世界の言葉が解読できない。しかしその本はどうやら“子供向け”だったようで、イラスト付きで色々と解説がされていた。おそらく“はじめての○○のつくりかた”とかそういう類だったのだろう。
では何の作り方が書いてあったのか。
自動人形(ゴーレム)である。
魔力のコアを埋めた人形に魔法を吹き込むことで、コアに封じられた命令にそって人形が動く――らしい。子供部屋のような一室で煙草を片手に“はじめてのゴーレムのつくりかた”を読み終えた俺は、埃まみれの絨毯に吸い殻を押しつけて揉み消す。
魔力のコアは手元にある。雑貨店に落ちていたあの群青色の石だ。本に描かれていた文様と一致するから間違いないだろう。
せっかくだから作ってみよう。そういう結論に達した。無駄なことといえば無駄なことではあるものの、体力が快復しきるまでの暇潰しとしては丁度良い。
それと、理由はもう一つある。ゴーレムはその名の通り自律行動する。コアの出来によっては言葉も話すし、命令者に忠誠を尽くすのだという。本格的な大きさにすれば一緒に戦ってくれたりもするらしいが“子供向け”の内容にあったのは掌に乗る程度の人形サイズだ。戦うのに役立つかは如何はともかく、つまり、これが上手くいけば“旅の友”ができるということになる。
さんざんに一人旅をしてきて何を今さら、とは思うが――たぶん俺は心のどこかでそういうものを求めていたのだろう。
例え、それが偽りの命であったとしても。
……まあ、言ってしまえば、俺自身だってゴーレムのような存在なのだが。
―――
『day:16』
旅立ちを先延ばし、作ることにする。
人形の素体となるのは泥だ。なるべく良い泥を使いましょう、というような旨が書かれていたようだが、よく分からないのでそこらへんの土で代用した。赤土混じりの土は粘土として充分に使える。近くに流れていた川のそばにいき、水を汲むついでにいくらかの土を取り、その場で形を作っていく。左腕がうまく動かないので難儀したが、リハビリと思って作業をする。そうして格闘すること数時間ほど。朝日が昇ると共に作り始め、ようやく出来た頃には既に昼過ぎであった。形が出来たら、胴体部分に例の石……廃屋で拾ったコアを埋め込む(コアには目に見えないほど小さな字で何か注意書きのようなものが書いてあったが、読めないので意味は分からない)。
で、ここまでは順調。問題は最後だ。
頭部の額に“三文字”を入れることでゴーレムは完成する。相変わらず意味など分からなかったが、図面を見て形を覚えてきた。これはいわゆる強制停止スイッチも兼ねているらしく、動きを止めたい時は三文字のうち右の一文字を消せば良いとのこと。ただし、この文字を入れる時には同時に魔法を掛ける必要がある。
この魔法というのがどういうものを指すのか――しかし、俺には確信があった。
P.K.。以前、銀半球に触れて自身の“ステータス”を見た時、いつの間にか取得していたもの。おそらくこれは一種の念動力だ。手の届かないものをほんの少しだけ引き寄せるだけの“魔法”。体調が悪く思うように身体が動かない時に地味に便利……程度の能力だったが、これはゴーレムに使える。きっと。そんな気がする。その確認も含めて、俺はこの作業を始めたわけだ。
長い呪文を唱える必要もない。何かコツがあるわけでもない。ただ対象に動けと念じるだけ。
意識を指先に込めながら、俺はゴーレムの額に“三文字”を書き入れる。
―――
果たして。
ゴーレムは動いた。
土塊で出来た指先がゆっくりと動き、やがてそれは仮初めの命を得た。
そして――“彼”は俺を見て、口を開いた。
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」
「本日は野菜の特売日となっております!」
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」
……。
……。
―――
ここで、出来たゴーレムの見た目について説明しておく。
はじめに断っておくが、このゴーレムは俺が俺自身の技術と魔力を用いて作った自信作だ。見様見真似とはいえ、きちんと動いたのだから、これに対して文句など言わせない(そもそも文句を言う人間などいないのだが)。
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」
人型といっても、細かな造形技術など持ち合わせているわけではない。しかも片腕だけで悪戦苦闘しながら作った、顔のついた土板に大きめの手と、申し訳程度の足が生えているだけの代物である。その顔も指で適当に書いたもので、顔、と認識できる程度のものでしかない。そもそも人型の定義とは何なのか。「本日は野菜の」うるせえなこいつ。まあ、とりあえず手足があって、魂を吹き込むもの(つまり自分自身)が人型と認識できていればそれで良いらしい。これは人型だ、と俺が認識したからこいつは動いた。単純に丸を書いただけの口でも、こいつはちゃんと喋ることが「特売日となっております!」できた。だから、誰が何と言おうとこれは俺の作ったゴーレムだ。
ひとしきり呼び込みを終えたゴーレムから、調子外れの間抜けな音楽が流れ出す。それが終わると「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」土板のような身体を左右にゆらゆらさせながら彼はまた喋り出す。ちなみに歩くことはできないようだ。足を短く作りすぎたせいだろう。
ポーポーポポポー。ポーポポポー。
一体、何故こんなことになったのか。別に、野菜の特売日の呼び込みをしてくれと念じたわけではない。思い当たるフシがあるとすればコアそのものだ。あれを拾ったのはどこだったか。廃屋……そう、あれは雑貨店の跡だ。おそらくこのコアは、店主の代わりに“今日は野菜の特売日である”と伝えるためだけに精製された自動音声人形のものだったのだろう。だから「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」ああうるせえ。
―――
とはいえ決して無駄だったわけではない。
ここで重要なのは、はじめて俺は“声”をその耳で聞いた、ということだ。
これまで、意思を言語で感じ取ったことはあった。それは時おり廃屋で見つける水晶から流れてくるものであったり、あるいは――俺自身の中にいる誰かのものであったり。だがそれらはあくまで脳内に直接響いてくるものであり、実際の声ではない。その点「本日は野菜の特売日となっております!」こいつの発する音声は、間違いなく意味の分かる“ことば”になっている。ゴーレム作成の仕組みなど理解できるはずもないが、俺が魔力を吹き込んだものだから俺が分かる言語になったのだろう。
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」
この声はいったい何語で、どこで使われていたのだろう。
俺がここに来る前の“どこか”で使われていたものなのか。
ともあれ、その“ことば”は、長らく一人でこの異世界を旅する自分にとって、ある意味では貴重でかけがえのないものだった。この“彼”はただの自動人形だ。意識などないし、例え俺が喋ることができたとしても会話などできないだろう。けれど少なくとも“ことば”を聞くことはできた。そう考えると「本日は野菜の特売日となっております!」こんな単純な台詞であってもどこか愛おしく思えポーポーポポポー。ポーポーポポポー。
―――
俺は“彼”の額の三文字のうち一文字を消した。
その晩、俺の頭の中からあの調子外れのメロディが離れることはなかった。
―――
『day:17』
旅立つことにする。
あのゴーレムはどうするか。その場に捨てていこうかと思ったが、どうにも愛着が沸いたのでいちおう持って行くことにする。
動かしたくなったらまた一文字を書き直せばいいだけだ。
二度と起動しないような気もするが。
―――
本日の探索結果:発見済住人、なし。
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