第9話
後からやってきたロスは、ブレイクスリーの肩越しに首を伸ばした。そして寝台の上の症状の顔を見て、目を見張った。
「ふーん、それが今回の。……なかなか可愛い顔だ。それに、なにより随分と若い! こりゃあ、なかなか良い稼ぎになりそうだ」
ロスは気安く肘でブレイクスリーを突っついた。
「やりましたね、ブレイクスリー先輩。もちろん、成功報酬の分配は規定通りでしょうね」
「……そうだな」
「じゃあさっさと、外の治安兵に声をかけましょうや」
「……」
部屋を出て行こうとするロスの背中を見て、瞬間的に、ブレイクスリーの頭の中で、仮想的に一連の行動が組み立てられた。
気を抜いたロスは隙を見せている。いままさにこの時ならば、やれる──ブレイクスリーの魔術はいつでも発せられる状態にあった。あとは最後の決断だけ。しかし同時に、正反対方向の、自らに対する疑念がひとひら──
「──いや、なんかおかしいなあ」とロスは唐突に振り返った。
そしてブレイクスリーの顔をじっと見る。いつのまにかロスのその目には、訝しみの色が宿っていた。彼は続けて、部屋の中を見わたし、寝台の上の少女を見つめ、そしてまたブレイクスリーに視線を戻す。
「どうした、ロス」
「なにかがおかしい。うん、これは変だ」
「……なにがおかしいというんだ」
「いやね、ブレイクスリー先輩。単なる直観ですがね、変なんですよ。──まさかあんた、その女の子のことを、助けようとしていませんか?」
ブレイクスリーは動揺を押し殺した。それは身にしみた職業的な仕草だった。
「なにを馬鹿なことを言っているんだ」
「うん、馬鹿なことだ。道理に合わないことだ」ロスの声には、次第に確信に基づいた怒りが滲みだす。「だってこれまでにあんたは数えきれないほどの魔術師を捕えて、当局に引き渡してきた。それだのに、いまになって、それを翻すなんて、まるで道理に合わない」
「……」
「もしもあんたがその女の子を助けるっていうんなら、どうして──どうして俺は! あんたに捕らえられなきゃいけなかったんだ! 金玉もないくせにそこのガキに惚れたかブレイクスリー!」
「落ち着けロス。すべてお前の妄想だ、魔術師の精神異常だ」
「いや、いま全部わかった。この直観は正しかった! ……あんたは、今になって、王権を裏切ろうとしている」
ロスのその言葉は、決定的なものだった。ロス自身の確信にとっての。そして同時にブレイクスリーにとっても──
そうか、とブレイクスリーはいまになって、全てが腑に落ちと感じた。途端に内心の動揺がすべておさまって、妙に清々しい気分になった。
いまや、腹が決まっていた。
「そうか、ロス」
ブレイクスリーは努めて穏やかな声で言った。
「お前の言い分は分かった。それで、お前はこちらをどうするつもりだ?」
「……王権を裏切った審問官に定められた罰は、一つだけだ」
「ふん、お前がそんな殊勝なことを言うとはな」
「ぶっ殺す──」
言うが早いか、ロスは稲妻の呪文を放とうとした──
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