第4話 安堵と恐怖

 奥から人が出てきた。暗くてよく見えない。

 

「…だ、誰なの?」 


 震える声で言い、その人は懐中電灯を向けて出てくる。この声は聞き覚えのある。


「…その声、紫だろ?俺だ、優也」


 懐中電灯が眩しく手をかざして答える。

10年間、一緒にいた幼馴染だ。間違えるはずがない。


「優也…?優也なの!?」


 懐中電灯を下ろし紫は近づく。


「ああ、そうだ。だから、安心してほしい」

「うん、ずっと1人で怖かったよ…気がついたらここにいて…ぐずっ」

 

 紫が無事でいて安堵した。いなくなった日の夜からずっと不安で心配だった。

泣きながら言う紫の頭を撫でて落ち着かせる。昔はよくこうしていたな。


「優也が来てくれて良かった…私、帰れないじゃないかって心配だったの。屋敷は広くて迷子になるし」


 安心したのか、少し声音が明るくなっていた。


「無事で良かった…心配だったんだ、紫がいなくなったって…ところで、なんで紫は紫陽花屋敷に入ったんだ?ポケベルでメッセージ送ったのも気がつかなかったのか?」

「そうだったんだ…心配かけてごめんね。メッセージも気がつかなかった…ありがとう、優也。あの日、早く家に帰りたかったから、近道に紫陽花屋敷の前を通ったの…そこまでしか思い出せない…気がついたらここにいたから。そういえばここを通った時、何か声が聞こえたような…

う~ん、思い出せないな…」


 話を聞きながら思った。紫は無意識に霊を引き寄せる体質だから悪霊や悪いものも引きつけやすい。何かを感じとったりしてここに無意識で入ってしまったのだろう。 


「無理に思い出さなくていい。とにかく早く      出るぞ。俺が渡したお守り持ってるか?」

「ちゃんと持ってるよ、優也がくれたお守り!確か、制服のポケットにあるはず…」


 紫には危険な目に合わないように俺が行っている神社のお守りを渡してある。

俺自身も持っていて効き目が強いから、そのおかげで紫は無事でいたかもしれない。


「あっ、あった!…えっ!?黒ずんでる?なんで!?綺麗な紫色で気に入ってたのに…」


 ショックで泣き出しそうな顔で俺に見せる。


「多分、お守りが紫を守ってくれたんじゃないか?それで、黒ずんだかもしれないし。また買ってやるからそんな顔するなよ」

「優也に悪いし、気に入っていたからショックだよ…ごめんね」


 スカートのポケットにお守りを入れ残念そうだった。


「気にするな、早く行こう」

「…うん。ねぇ、(※)ベルでメッセージとか、日付と時間を確認してもいい?そういえば、学校はどうしたの?」

「構わないが、手短にしてくれないか?…学校は抜け出して来た。紫が紫陽花屋敷にいるって噂を聞いて、いてもたってもいられなかった」

「ごめんね、私のために…早く確認しちゃうね…

うわあっメッセージいっぱい来てる…あっ優也からのもある!」


 紫が持っている紫色のポケベルには昨日、俺が送ったメッセージが表示されていた。


 『今はどこにいるだ、大丈夫か? 優也

 96/06/05[水] 20:58』


「えっ!!5日って昨日だったの!?それに今日は6日なの!?…時間は朝の9時すぎてる!どうしよう!!」


 ポケベルで確認し慌てふためく。


「落ち着けよ。それと、その懐中電灯どうしたんだ?」

「そ、そうだね…早く帰らなきゃ!!

この懐中電灯ね、途中で拾ったの。暗くてよく見えないし…持ち主は分からないけど借りようかなって思って。分かったらちゃんと返すよ!」

「…それ使っててもいいんじゃないか?どうせここに来た人達は誰1人帰って来てないんだから」

「で、でも!持ち主の人困ってるかもしれないし!私はちゃんと探して返したい!」

「誰のか分からないんだし別にいいだろ。迷うのは面倒だ…ほら、玄関着いたぞ」


 紫といつもの調子で話し玄関へとたどり着く。

だいたい、屋敷の構図は分かったから迷わず行けた。


「もう、優也は…」

  

 後ろで少し文句を言いかけ俺を待つ。

戸に手をかけ開けようとするが、なぜかびくとも動かない。


「…っクソ!開かない!?」


 立て付けが悪いからと思っていたが、何度も力を入れて開けようとするが全然動かない。体当たりもしてみたがまるで意味がない。


「優也、大丈夫!?」


 紫が心配して近づく。


「…なんでだよ!開いてくれよ!!」


──ここに俺達を閉じ込めておくつもりか?

帰れると思ったのに…まさか、今まで入った人達はこうやって出られなかったんじゃないのか?


「ゆ、優也…あれ…」


 紫が俺のワイシャツを引っ張り、震えた声で言う。


「…どうしたんだよ?」


 俺は振り返る。



(※)ベル…ポケットベルの略で、若者ユーザーからは更に省略され、ベルの愛称で呼ばれていた。














 


 










 


 

  


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