第三十一話
(最悪。めちゃくちゃ恥ずかしいわ……)
私は保健室のベッドの上で赤面したまま、顔が見えないように毛布をすっぽりと被っていた。
ジエンに指輪を取られて、外に投げ捨てられてしまったのは凄くショックだった。でも、まさか自分が過呼吸で倒れるとは思わなかったのだ。
(今まで介抱する側だったから、凄く変な感じ。ミラにも凄く心配かけちゃったし、なんだか申し訳ないなぁ……)
私は寝返りを打った。先程、過呼吸で倒れてしまった時、手足がピリピリと痺れて一人で立てなくなってしまっていた。
見かねたムファサ先生が近くにいた生徒に、「すまないが、車椅子を取りに行ってくれ」と声をかけていた。私を車椅子に乗せた後、私と一番仲の良いミラに車椅子を押させるという連携プレーで、保健室まで辿り着いたのだ。
そんな大変な状況の中でも、私はずっと指輪とジェイクの事ばかり考えていた。早く指輪を探しに行きたかったので、ベッドからこっそり抜け出そうとするも、保健室に常駐しているベネット先生に見つかってしまい、「そんな足取りのまま、保健室から出ちゃだめよ」と待機を促されてしまったのだ。
「ハァ……これからどうしようかな……」
私は保健室の天井を見ながら独り言を呟く。経緯がどうであれ、大事な指輪をなくしてしまったかもしれないのだ。ジェイクは優しいから許してくれるとは思う。けど、その優しさに甘えるわけにはいかない。だからこそ、どうすれば良いのか分からなくなってしまっているのだ。
(どうしよう。この後、ママが迎えに来るらしいから、落ち込んだ顔は見せたくないんだけど、今日ばかりは仕方ないかもしれないなぁ)
そんな事を悶々と考え込んでいると、「失礼します」という見知った声が聞こえてきた。
「先生。ステラの荷物、持ってきました」
「ありがとう、クローヴィスさん。ソファの上に置いといてもらえる?」
ミラが私の荷物を持ってきてくれたんだと理解した途端、何から何まで申し訳ないなぁ……と思いながら、聞き耳を立てていた。
「あ、あの。ステラ、もう起きてますか? 実はちょっと話したい事があって」
私はピクリと反応し、すぐにベッドから降りた。カーテンの隙間から、「ミラ」と名前を呼ぶ。すると、ミラがこちらを振り返り、私の姿を見た瞬間、大きな目に涙を溜め始めた。
「ステラ、大丈夫!? もう平気なの!?」
「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんね」
「よ、良かった……。私、音楽室から教室に戻ってくる所だったの。丁度、ステラが倒れた後に戻ってきた所で、何が起こってるか分かんなくなっちゃって……」
相当不安だったのだろう。ミラは耳を頭の形に沿うようにピッタリと伏せ、わんわんと泣き始めた。私は彼女をギュッと抱きしめながら、頭を優しく撫でる。暫くすると、ミラはゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「ありがとう、ミラ。この通りもう平気だから、安心して。そういえば、私に話したい事があるって、小耳に挟んだんだけど……」
そこまで言うとミラは思い出したように、「じ、実はね……」と震えながら話し始めた。
「ステラがジエンに暴力を振るわれたって話が、ジェイク君の耳に入っちゃって。それで怒ったジェイク君がジエンの胸倉を掴んで、思いっきり殴っちゃったの。先生達がすぐに止めに入ってくれたから良かったんだけど、その時のジェイク君の顔、すっごく怖くてさ……」
ミラの話を聞き、私は頭の上に疑問符が浮かんだ。
「え? 私、ジエンに暴力は振るわれてないわよ?」
「う、うん。そうだよね。一気に広がっちゃったせいで、話が色々と大きくなっちゃったみたい」
ミラがオドオドしながら言う。それを聞いた私は頭で考えるよりも先に、自分の鞄を引っ掴んでいた。
「え!? ステラ、どこに行くの!?」
「ジェイクの所。どうせ、生徒指導室かどこかにいるんでしょ? ちゃんと大丈夫だって言わないと、ジェイクも心配すると思うし。それに私も指輪の件で謝らなきゃいけないから」
うだうだ考えた所で何も始まらないと思った私は、覚悟を決めて保健室の扉を開け放つと、ミラも自分の鞄を持ち直して、私の後ろをついてきた。
「でも、会わせてくれるのかな。ジエンは生徒指導の先生にこっぴどく叱られてたし、ジエンのお母さんが合流した時は、先生達の前でしこたま怒鳴られてたよ?」
ミラはその時の光景を思い出したのか、恐る恐るといった様子で話していたが、私はジエンが自分のお母さんからも怒られている姿を想像し、プッ! と小さく吹き出してしまった。
「いい気味! そのまま昔みたいに、ママー! って泣き出せばもっと最高なんだけどなぁ!」
「それ、幼稚園の時の話だよね。この年齢になって、ママー! て泣きべそかいてたら、私でも引いちゃうよ〜」
ミラも当時の事を思い出したのか、クスクスと笑う。
「じゃあ、まずは生徒指導室から行ってみよう。あっ、ベネット先生! また保健室に戻ってくるので、私のママが来たら待っててもらって下さい!」
ベネット先生は今までの会話を聞いていたらしく、「あんまり無理はしないでよ〜?」と声をかけ、そのまま送り出してくれた。
◇◇◇
この学校の生徒指導室は北校舎の二階、職員室横にある。二階に近づくにつれ、私達は女性の怒鳴り声が大きくなっていくのが気になり始めた。
「いつもアンタは女の子に酷い事をして泣かせて! しかも、またステラちゃんを泣かせたの!?」
私の名前が出てきた途端、ミラと顔を見合わせた。
階段を登りきった私達は職員室の前まで行ってみる。生徒指導室には小窓があるので、背伸びして覗き込んでみた。
ソファの上で小さくなっているジエンと、隣に座って怒鳴り続けているジエンの母親。そして、その向かい側のソファに座る担任のムファサ先生と、ムスッとした表情をしたジェイクがいた。
(ジェイク!? どうして、ジェイクまで生徒指導室の中にいるの!?)
私もミラは戸惑った。しかし、いきなり部屋の中に入るわけにはいかず、聞き耳だけはしっかりとたてておく。
すると、ジエンのお母さんがソファから立ち上がり、赤いピンヒールの靴を履いたまま、床をダンッ! と踏みつけ始めた。
「しかも、ステラちゃんが大事にしていた指輪を奪って、外に投げ捨てたですって!? なんでそんな酷い真似をしたのよ!? ジェイク君曰く、あの指輪は一億ダルク以上するっていうじゃない! アンタ、それを弁償できるの!?」
ジエンのお母さんの話を聞き、私は息を呑んだ。確かに高いだろうとは思っていた。でもまさか、一億ダルクの値が付くとは思ってもみなかったので、血の気が引いてしまった。
(やっば。そんな指輪を学校に着けてくるんじゃなかった……)
ジエンが悪いとはいえ、この時ばかりは「学校に大事な物を着けてくるんじゃねぇ!」と指摘してきたジエンが正しかったと思ってしまった。
「どうすんのよ、アンタ! こんな大金、私達じゃ払えないわよ!」
「まぁまぁ、お母様。少し落ち着いて――」
「これが落ち着いていられますか!? 代わりに先生が支払ってくれるとでも言うんですか!?」
ジエンのお母さんが、机をバンッ! と叩きつけると、ムファサ先生は肩をビクッ! と震わせていた。いつも冷静なムファサ先生も流石にそんな大金を支払えないと思ったのか、無言のまま押し黙っている。
そのやりとりを小窓越しに見ていた私とミラは、込み上げる笑いを押し殺すのに必死だった。
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