第二十九話
「ふにゅうぅぅ……もう駄目ぇ……」
教科書や参考書に囲まれながら私は机の上に突っ伏した。今、私は学校の図書室にいる。私はジェイクと同じシャム国立大学を目指す為に朝から晩まで受験勉強を頑張っている最中だ。
勿論、先生はジェイクだ。ジェイクの指導はとても厳しくて、修学旅行中のバス移動の時も、文化祭の待機時間の時も、なんと体育祭の日まで空き時間に英単語を覚えたり、イヤホンで解説を聞いておけと指示があったから勉強漬けの毎日なの。さすがに体育祭の待機時間の時くらいは勘弁してよ……って思ったわ。
でも、ジェイクの指導は的確だった。私はメキメキと成績を上げ、有名私大に合格できる範囲まで成績が上がってきたの!
でもね? 国立大学を目指すなら勉強をしないといけないのは理解できる……できるんだけども! 楽しい学校生活最後のイベントが、ほぼ勉強漬けで終わるのはいくらなんでも虚しすぎるじゃない!!
「うぅ……楽しいはずのイベントがぁぁぁぁっ!! はにゃあっ!? 痛ーーいっ!!」
「うるさいぞ、ステラ」
突如、ゴンッ! という快音と共に脳天に痛みが走った。頭を押さえながら頭上をキッと睨み付けると、分厚い国語の教科書を持って私を見下ろすジェイクの姿があった。
「いきなり何するのよ!?」
私は尻尾を逆立てながらフーーッ! と怒ったが、ジェイクは悪びれもなく、「俺が出した課題は終わったのか?」と聞いてきた。
「そ、それは」
「終わってないのか?」
「…………はい」
「早く終わらせろ。これが終わったら次は数学だからな」
ドスンッと目の前に積まれる数学の参考書の山。それを見た私は次第に眉尻を下げてプルプルと身体を震わせ始めた。
「……理」
「はい?」
「もう無理っ! 毎日、起きてる時間はほぼ勉強してるじゃない! お風呂に入ってもトイレに行っても勉強! ご褒美もないのに毎日何やってるのよ! 大事な期間だって分かってるけど、息抜きくらいしたいわよ!」
ついに私は発狂してしまった。確かにジェイクのお陰で全科目点数はアップした。だが、勉強漬けの毎日で上手く息抜きができず、真剣に勉強をしている私を見て、ミラや他の友達も気を遣ってなのか息抜きをしようと誘ってこないのだ。これでどうストレスを発散しろというのか。
その様子を見たジェイクは溜息混じりに「なんだ。ご褒美が欲しかったのか?」と言い放ち、手に持っていた教科書を参考書の山の上に置いた。
「え? ちょっ……ちょっと! なんでそんな近付いて来るのよ!?」
待って待って……顔が近い! なんでそんなに近づいてくるの!? このままじゃ、キスしちゃうんじゃ––––。
私は焦りながら周りに人がいるか耳を澄ませてみる。近くに人はいないようだが、この図書室に数名はいるようだ。
「ジェイク! こ、こんな所で……!」
ドキドキしすぎて心臓が口から出てきそうだった。私は迫るジェイクから距離を取ろうと胸板を押し返そうとした瞬間––––黄ばんだ図書館の天井が視界に広がった。どうやら、私は椅子からずり落ちそうになっているらしい。
「ひゃっ……」
どうしよう! このままじゃ、ひっくり返っちゃう––––!!
私は咄嗟に手を伸ばした。すると、いつもは冷静なジェイクが少し焦ったような表情をさせながら、私の腕をガッチリと掴んで自分の胸に引き寄せてくれた。
「ったく……本当に危なっかしいな、ステラは」
ジェイクが私の頭を撫でながら、ホッと安堵の溜息を吐く。そんな私も痛い思いをしなくて済んだ事に安堵し、彼の顔が見えないのを良い事に彼の腕の中で甘えるようにスンスンと匂いを嗅いでいた。
(はぁぁ……助かった。それにしても、ジェイクの匂いって本当に落ち着くわね。ずっと嗅いでいても良いくらい。そりゃあ、マタタビには敵わないけど、それ以上に好きな匂いかもしれないわ……)
喉をゴロゴロと鳴らしながら彼の胸元に顔を埋めていると、「ステラ、そろそろ離れてくれないか?」と困っているような声が降ってきた。
「え? どうして?」
「俺は別に気にしないけど、周りの目があるからさ」
「……周りの目?」
そーっと彼の胸元から離れて周りをチラッと見てみると、数人の生徒達が本を持ったまま顔を赤らめたり、ヒソヒソと小声で話していた。
しかも、中には大嫌いなジエンまでいた。ジエンは麻呂眉を寄せ、気持ち悪いとでも言いたそうな顔をしているので、顔面が急に熱くなってしまった。
「な、なな……ッ!」
私はあからさまに狼狽えてしまった。ここまで視線を浴びる経験は繁華街を歩いている時に階段から落ちそうになって、体操選手のように華麗に着地した時以来だ。
ここでコソッとジェイクがある事を耳打ちしてくる。
「なぁ、ステラ。もっと皆の驚く顔を見たくないか?」
ジェイクの提案に私はキョトンとした顔になる。
「驚く顔? 一体、何をする気––––」
チュッというリップ音が聞こえてきた。いきなり頬に感じるジェイクの体温。しかも彼の青い目が至近距離にあるという事は––––。
(あ、あれ? これ、もしかして……頬っぺたにキスされてる?)
私がそう自覚した時には周りは、「キャアァァッ♡」っと黄色い悲鳴をあげていた。数名の男子生徒に至っては、口元を歪ませながら羨ましいとでも言いたそうな顔付きになっている。
「な……ななっ……!」
私は震える手で自分の熱い頬っぺたに触れながら、火山のように湧き上がる怒りをジェイクにぶつけた。
「ジェイクッ、ここは図書室なのよ!? 皆の前でこういう事はやめてよ!!」
「ふふっ、慌てたステラも可愛いなぁ♡」
「コラッ、人の話をちゃんと聞きなさい!!」
彼の胸倉を掴んで前後に揺さぶると、「コホンッ!」という小さな咳払いが私達の背後から聞こえてきた。
私はビクッと両肩が跳ねた。恐る恐る背後を振り返ると、図書室の管理を任されている先生が顰めっ面で腕を組んで立っていた。
「貴方達、ここは図書室ですよ? 静かにしなさい。後、公然の目の前でそういう事は控えなさい」
「は、はい。すみませんでした……」
先生に注意された事が恥ずかしくて堪らず、ジェイクをキッと睨み、小さな声で文句を言い始めた。
「もうっ、ジェイクのせいだからね!? 恥ずかしいじゃないの!!」
「えー? 先に俺の胸に顔を埋めてきたのは、ステラなのに?」
「そ、それは……」
それを言われるとぐうの音も出ない。私はただただ恥ずかしくて、顔が見えないように机の上に突っ伏した。
恥ずかしい。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいーー!!
「うぅ……もう駄目ぇぇ……」
「おいおい、そんな照れなくても良いだろ? 俺達、付き合ってるんだしさ。お互いの身体のどこにホクロがあるのかも分かってるんだし」
ジェイクが机の上に肘を着き、ニヤニヤと笑いながら尻尾を絡めてきた。
私は尻尾を振り解こうと必死になるが、私の細い尻尾をガッチリと掴んで離さない縞々の尻尾。自分の顔が更に熱くなるのを感じ、ますます顔を上げられなくなってしまった。
「恥ずかしいから揶揄わないでよ……」
「フフッ! ほら、勉強再開だ。この数学の参考書が分かりやすいから読んでみてくれ」
「さ、参考書?」
数学にそんな分かりやすい参考書なんてあったっけ? そんな事を思いながら顔を上げると同時に視界がジェイクでいっぱいになった。
「ッ!? なっ、なな……」
「今のは俺からのご褒美♡」
「ジェ、ジェ……ジェイクの馬鹿ーーーー!!」
図書室に響く私の怒号。この出来事のせいで私達は先生に外に摘み出され、ペナルティとして暫くの間、入室禁止となってしまった。
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