第二十七話
(あの金ピカの置物って、ゴールドで出来てるのかしら? しかも、干支の置物? もしかして、来年は辰に変わるの? お金かけすぎじゃない? でも……ムーア家なら有り得るか)
私は全てムーア家だからという理由で、無理やり納得させた。改めて観察してみると、一般庶民が住む家とは比べ物にならなさすぎて、なんだか落ち着かなくなってしまう。
(どこがせまいのよ、ジェイクのバカッ! 私の家よりも何倍も広いじゃないっ!)
ここは別荘だからどの部屋も狭いのだと、ジェイクから事前に説明を受けていた。だが、マタタビの木が描かれた絵画や立派な盆栽、高そうな壺が廊下に置かれているのを見て、やはり住む世界が違う殿上人なのだと再認識してしまう。
「ハァ……こんなお金持ちがもってるようなインテリア、ドラマでしか見た事ないわよ」
「まぁ、これが俺にとっては普通だからな。ほら、行くぞ。俺の部屋は二階にあるんだ」
ジェイクが私の手を引きながら螺旋階段に足をかける。エントランスの高い天井に吊り下げられているシャンデリアの輝きのせいで、目の奥がズキズキと痛む。
足元に気を付けながら、大きなジェイクの手を強く握り締め、階段を登っていく。長い廊下の突き当たりまで歩いていくと、チョコレートのような扉が見えてきた。
「ここが俺の部屋なんだけど、物が少なくてさ。殺風景な部屋で面白くないだろうけど、どうぞ」
そう言ってジェイクは自分の部屋の扉を開けたのだが、部屋の広さに私は度肝を抜かれてしまった。私の部屋は六畳くらいしかないのに対し、ジェイクの部屋は私の家のリビング二つ分くらいの大きさがあったからだ。
「ひ……一人部屋にしては広すぎない?」
私は顔が引き攣ってしまった。私の部屋とは違って、家具に埃が被ってないし、ベッドシーツも皺一つない。自分の部屋なのに大きなテレビもパソコンもあるし、なんだか羨ましく思ってしまった。
「ちょっと、ジェイク。なんて贅沢なベッドで寝てるのよ。少し大きすぎないかしら?」
一番驚いたのはベッドのサイズだ。このサイズは大型種用の中でも特注したアムール族仕様のもの。クロアシ族の人獣が寝たら広すぎて、何回寝返りが打てるだろうか。
「俺からしたら普通だぞ? それに本家に置いてるベッドの方がデカい」
「なによそれ……分かってた事だけど、ジェイクが遠い存在に思えてきたわ」
ジェイクは人の為に尽くす事はできるけど、私は何も持っていない。私ばかりが貰ってばっかりで、ジェイクに何を返していけば良いんだろう……と不安になってしまった。
「おいおい、今更距離を取られても困る。ほら、早くこっちに来い」
「ふみゅう〜〜……ふぇっ!?」
手を引かれて向かった先は今、話題に上がっていたベッドだったので、私はギョッとしてしまった。このままではベッドの上で押し倒されそうな気がしたので、ナマケモノのようにジェイクの腕に巻き付き、全身体重を使って歩くのを止めるように促す。
「なんなんだ、いきなり……」
「ベッドは駄目よ! そこの机と椅子にしなさいよ!」
私が慌てて指を指すと、そこにはガラス製のテーブルとそれに合わせた椅子が二脚置かれていた。ジェイクは無言のまま足を止め、「なんだ、期待したのか?」と意地悪く笑う。
余裕綽々の様子に私はカチンときたが、ここはグッと堪えて、今度は私がジェイクの手を引き、「ほら、早くここに座るの!」と半ば強引に椅子に座らせたのだった。
◇◇◇
「きゃーー、何これ!? 可愛いぃぃっ♡」
女子会の定番であるアフタヌーンティーセットに、私は目を奪われていた。小皿の上にはママが焼いてくれたマタタビクッキー。アフタヌーンティースタンドには小さな四角いケーキ、焼きたてのスコーン、苺のジャムに生クリーム……どれから食べようか迷うくらいに美味しそうだった。
「め、目の前が宝石でいっぱい♡ マタタビティーにマタタビクッキーもある♡ ふわぁぁ、ここは天国にちがいないわっ♡」
私がうっとりとしながら感想を述べると、ジェイクはフフッと笑いながら、ティーカップに紅茶を注いでくれた。
「普段そんなに食べない方だけど、ステラが幸せそうに食べてる所を見てたら、俺も食べたくなってくるよ」
「そ、そう? えへへ、なんか恥ずかしいわ……」
確かにジェイクの前では食べてばかりだったので、私は少し恥ずかしくなってしまう。
ジェイクは紅茶の入ったティーカップを私の目の前に置いた後、「なぁ、ステラ」と話を切り出してきた。
「さっきの付き合うって話なんだけどさ」
「う、うん。話の続きね」
私は反射的にティーカップに伸ばそうとした手を引っ込めてしまった。ドキドキと心臓が煩くなり、尻尾が忙しなく揺れる。
(い、いきなりその話になるんだもの、ビックリするじゃない。でも、そろそろ私もジェイクの気持ちに答えなきゃいけないかな)
私は鼻から大きく息を吸って、吐く息と同時に尻尾の力を緩める。私がジェイクの事が好きだっていう事はもう自覚してるし、彼もきっと私の事を好いてくれてると思う。
けど、これから色んな問題を二人で乗り越えていかなきゃならないのだろう。体格差の問題に意味の分からない法律云々の話。極め付けには、ジェイクは世界的に有名な大企業の跡取りだ。
(迷っていても仕方ない。私は前に進みたい。それがどんな結果になっても、周りから批判されても。ジェイクとなら乗り越えられる、かな……)
正直、不安だった。男の子と付き合った事もないし、皆から批判されるような状況にも陥った事がない。もしかしたら、傷付く事もあるかもしれないけど、それでも私はジェイクと一緒にいたいのだ。
「俺はステラ以外の女子には興味ない。だから、将来は俺と一緒になって欲しい」
「将来って……け、結婚とか?」
ジェイクが強く頷くのを見て、私は目を丸くして驚いてしまった。
まさか、将来の事まで考えてくれているとは思わず、心臓が変な跳ね方をした。なんだか恥ずかしくなってきて、だんだん顔が熱くなってくるのがわかる。
「あ……そ、その……」
何も言えずに黙り込んでいると、ジェイクが私の手を取ってキスを落としてきた。
「ステラ、改めて言うぞ。俺と付き合って欲しい。できたら、ずっと俺の側にいてほしい」
ジェイクの目が潤んで揺らいで見えた。きっと、彼もとても緊張しているのだろう。普段見ない表情に、私は尻尾を忙しなく振る事しかできない。
(そんな顔で言うなんて反則よ……どうしよう、イエスッて言いたいのに、私も緊張しちゃう! でも、ここは自分の気持ちに素直になるのよ、ステラ!)
「あ、その。お、お願い、します……」
緊張のあまり、私は目をギュッと瞑りながら言った。掠れた声でそう言うと、身体がいきなりふわりと浮き上がったので、私は「えっ!? ちょ、ちょっと!」と慌てふためく事しか出来ない。
「キャッ……ジェ、ジェイクッ!」
降ろされた場所はだだっ広いベッドの上。その上、ジェイクにギュッと力一杯抱きしめられてしまい、私は女の子らしくない叫び声を上げた。
「ギャア! 肋骨が折れちゃうっ!」
「ご、ごめん。嬉しくてつい……」
苦笑いしながら慌てて離れるジェイク。それを見た私もなんだか可笑しくなってフフッと笑った。
「もう、体格差が違いすぎるから優しくしてよ」
「うん。これからは今以上にもっと大事にする」
ジェイクは機嫌良くゴロゴロと喉を鳴らしていたので、私もゴロゴロと喉を鳴らし始めると、チュッチュッと額や頬にキスを落としてきた。
最初は顔を中心にキスを落とされたのだが、それが徐々に首の方は降りてくる。
「んん、くすぐったい」
「ステラ」
ジェイクが私の顔色を伺うように言ってきた。
そんな困ったような表情で言わないで欲しい。こんな雰囲気だったら、断るに断れない。
「…………来て」
私が恥ずかしそうに言うと、ジェイクはパァッと明るい表情になって、私の首元にそっと顔を埋めてきた。
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