第十九話

 そう、あれは忘れもしない小学校の修学旅行での出来事――。いつものように揶揄ってくるジエンが、ワンピースを着用した私に向かって、指をさしながら笑ったのだ。


「皆、見てみろよ! 女男のステラがスカート履いてるぞ〜!」


 チェック柄の女の子らしいキャミソールワンピースを着ていた私は、ギロッと不機嫌そうにジエンを睨み付ける。


 当時の私は生理もまだ来ていなかった為、頸が少し隠れるくらいのショートヘアで、男の子のような見た目をしていた。


 それに加えて、男の子としょっちゅう取っ組み合いをして怪我をしていたし、常に動きやすいボーイッシュな格好をしていたのも相まって、クラスメイト達から嫌な注目の浴び方をしてしまったというわけである。


「なによ、ジエン? 私が女の子みたいな格好しちゃ悪いわけ?」


 私は不機嫌そうに聞くと、ジエンはニタニタといやらしい笑みを浮かべてきた。


「べっつに〜〜? ただ、女男のお前がそんな格好してるなんて違和感でしかないんだよな」


 それを聞いた周りの男の子数人が、私を見てクスクスと笑う。


 しょうもない挑発なんて無視をすれば良かったのだが、当時の私はカッとなってしまい、目の前で仁王立ちをしていたジエンの顔面に一発お見舞いしてやったのだ。


「ぐぇっ!?」


 私の放ったパンチがジエンの頬に当たる。殴られたジエンは殴られるとは思っていなかったのか、数歩後ずさった後、「何すんだ、この女男!」と口元を拭いながら、低い唸り声をあげた。


 私達の険悪な雰囲気を感じ取った一部の生徒は、このままでは流血沙汰になると思ったのか、「先生を呼んでくる!」と急いで駆け出していった。


 私も負けじと尻尾の毛を逆立てながら、ウゥ……と唸り声をあげ、「先に喧嘩売ってきたのはそっちでしょ!? 少しは乙女心を考えなさいよ!!」と怒鳴ってやった。


「やんのか、コラッ!?」

「フンッ、安っぽい挑発ね! 前置きはいいから、とっととかかってきなさいっ!」


 それから、私達は先生が止めに来るまでの間、ジエンと取っ組み合いになってしまった。少し伸びた爪を立て、互いの腕や足、顔面を容赦なく引っ掻いていく。


 すると、偶然にも私の爪がシャッ! と、ジエンの首筋を掠った。血がじわりと滲んで、赤い爪痕がミミズ腫れになっていくのが見える。私の攻撃を受けたジエンは癪に触ったのか、苦虫を噛み潰したような顔に変わった。


「いっ……てぇなっ!!」


 激しい取っ組み合いをしているうちに、ジエンの爪が私のワンピースの裾に引っ掛かり、ビリッと裂けてしまった。不安そうに見ている事しか出来なかったクラスメイト達が、私の敗れたワンピースを見て、マズイという表情に変わった事を今でも私は鮮明に覚えている。


 私達は動きを止め、「あっ……」と声を漏らした。


「う、嘘でしょ……」


 ビリッと真横に破けたワンピースを見て、私はショックを受けた。このワンピースはパパとママが、修学旅行に行く私の為に買ってくれた服だったのだ。


「わ、私のワンピース……パパとママに買ってもらったばっかりだったのに……」


 涙が盛り上がって、視界がぼやけてきた。私はジエンに泣いている所を見られないよう俯き、何度も瞬きを繰り返して、涙が溢れないようにどうにか耐えていた。


 けれど、自分が思っていた以上にショックは大きかったようで、「酷い……酷いよ……」と呟きながら、涙がポロポロと溢れてきてしまったのだった。


 ジエンは取っ組み合いをして感情的になっていたのもあり、興奮気味に耳と鼻をピクピクと痙攣させながら、追い打ちをかけるように暴言を吐いたのだった。


「へ、へへっ! 女男のお前にピッタリの格好になったな! いいか!? 男っぽいお前に女の子の服なんか一生似合わねーんだよ!」


 ジエンにとっては何気ない一言だったのだろう。

『女の子の服は似合わない』という言葉は呪いとなり、私の心に消えない大きなしこりを作る事となった。


「うるさいわね! 女の子っぽい服が似合わない事くらい分かってるわよ!」


 私は地団駄を踏み、大粒の涙を流しながら大きな声で泣きじゃくった。この後、駆け付けてくれた先生にジエンはこっぴどく叱られ、私は注意くらいで済んだのだが、両親に心配をかけたくなかったので、友達とはしゃぎ過ぎてスカートが破けてしまったと嘘をついたのだった。


 この事件以降、私はスカートや女の子っぽい物を持つのをやめた。スカートを履く機会があっても、デニムスカートや大人っぽいタイトスカートを履くようになった経緯があるのだ。


 私は水の中でギュッと膝を抱え込んだ。


(ジェイクは喧嘩っ早くて、短気な私を女の子として接してくれてる……んだよね? だったら、もう少し自分の気持ちに素直になっても良いのかな?)


 息が続かなくなった私は床を思いっきり蹴り、水面に向かって浮上した。ジタバタせずに落ち着いて顔を上げると、すぐ側でジェイクが待ってくれていた。


「泳げないのに急に飛び込んでどうしたんだ?」

「ううん、なんでもない! それより、私に泳ぎ方を教えてくれるんでしょ? 時間が勿体ないから早く教えてよ!」


 私はジェイクの手を取り、目を潤ませながらプールの中を猫かきで進む。しかし、例外なく私は途中で溺れてしまい、結局、ジェイクに助けてもらう事となった。

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