第十八話

(目の前に広がるこの光景は何……?)


 ここは高級リゾートホテル・マオマーレ。ジェイクの話によると、最近、ホテルを経営する会社を買収し、観光業界にも進出するようになったらしい。


 私の記憶が正しければ、このリゾート施設は多くのセレブ達が泊まりにくるような施設の一つのはずだ。だが、私の目の前に広がっていたのは、人が一人もいない静かな屋内プールだった。


(な、なんで人が一人もいないの!? まさか、泳ぎの練習をする為だけに貸切にしちゃったの!?)


 波の音が聞こえるだけの静かな夜のプール。目の前の光景に私は愕然とし、顔を引き攣らせながらジェイクの顔を見つめる。


「ね、ねぇ……一つ聞きたい事があるんだけど」

「どうした?」


 どうした、じゃないわよ! とツッコミたかったが、私は気持ちを抑えつつ、「どうして、人が一人もいないのかしら?」と声を震わせながら聞く。


 高級リゾートホテル・マオマーレは、海外のリゾートホテルを国内で味わい尽くすというコンセプトを掲げたホテルだ。


 大人の癒しの場として提供しているホテルに、子供がいないのはまだ理解できる。でも、大人が一人もいないだなんて違和感でしかなかったので、私は何かやったのね!? という顔で、キッとジェイクを見つめていた。


 すると、ジェイクは頬をポリポリと掻きながら、「ステラが人に揉みくちゃにされて、溺れちゃいけないと思って貸切にした」と悪びれもなくそう言ってのけたのだ。


 当然、私は驚いてポカンと口を開けてしまった。


(わ、私の為に貸切〜〜!? 私なんかより、ここに遊びに来てる人の事を考えなさいよ! あぁ、本当にお金持ちの考える事って、規模が違いすぎて気を遣っちゃうわ……)


 先程借りた大きな浮き輪をパンパンと叩き、「この大きな浮き輪があるから、貸切にしなくても平気よ!」主張したが、ジェイクは「いや、ステラだったら確実に溺れると思う。ほら」と私の背中を軽く押し、プールへと突き落としたのだった。


「へっ!? ちょっと、ジェイ――」


 バシャーンッ! という音と共に派手に水柱が上がる。私は慌てて水面に向かって手を伸ばし、酸素を求めてジタバタと踠き始めた。


「ふみゃあっ!? い、いきなり何すん……ガボガボガボッ!」

「おいおい、本当に溺れてるじゃん。何の為の浮き輪なんだ?」


 今は浮き輪を着けてないでしょ!? と言い返してやりたかった。だが、水中でジタバタしすぎて、腕が疲れてきた私は、「うぅ……も、もう駄目ぇ……」と全身の力を抜く。すると、身体が水の中にゆっくりと沈み始めた。


「おいおい、諦めが早すぎるぞ」


 ジェイクは呆れたようは顔をしながら、プールへ飛び込む。すると、水中で目をギュッと瞑っている私の両脇に手を差し込み、軽々と抱き上げてプールサイドに座らせてくれた。


「大丈夫か?」

「全然大丈夫じゃないわ! 女の子相手になんて乱暴な事をするのよ! 急に私を突き落とすなら、せめて浮き輪をしてからやりなさい!」


 私が半泣きになりながら訴えると、「でも、浮き輪をしてても結果は同じだったと思うぞ?」と言われたので、「なんでそう言い切れるのよ?」とムッとした表情で聞き返す。


「その浮き輪は大型種用だからさ。着けたとしても、ステラの体格だったら浮き輪の意味を成さないだろ。そうだな……ステラの体格だったら、アレが良さそうだな」


 ジェイクが指を指した方を見てみると、サングラスをした黄色いアヒルの浮き輪があった。明らかに子供が使って遊ぶような浮き輪を見て、私は怒りでワナワナと肩が震え始める。


「あ、あんなの子供が使うような浮き輪じゃない……私はもう高校生なんだから、馬鹿にしないで!」


 私は怒りに任せてバタ足をし、ジェイクの顔面に思いっきり水を浴びせてやった。「ハハッ、悪い悪い」とジェイクが腹を抱えて笑った後、プルプルと頭を左右に振って雫を飛ばし、大きな青い目で私の事をジッと見つめてきた。


「な、何よ……」


 私が少し警戒していると、「俺が選んだ水着、似合ってるなと思って」とニヤリと笑ったので、私は恥ずかしくなってしまった。


「い、いきなり何を言うのよ……」


 それを見た私は顔を真っ赤にしながら、両手で胸を隠すように自分自身を抱き締めるような格好をとる。


 確かに、このギンガムチェックの水着は自分でも可愛いなと思った。更衣室の全身鏡で見た時、私って女の子らしい水着でも似合うんだと驚いたくらいだ。


(ジェイクって、やっぱりこういう女の子らしい洋服とかが好きなのかな? 私の服ってどちらかと言えば、スポーティな服が多いもんね。これを機にミラが着るような女の子らしい服に挑戦してみようかなぁ……)


 普段はスポーティでボーイッシュ系の服しか着ない為、私は恥ずかしそうにモジモジとしながら、「ねぇ。私が普段着でこういう服を着ても、変じゃないかな?」と聞いてみる。


(あぁ……なんでこんな事、ジェイクに聞くんだろう。恥ずかしすぎて目を合わせられないよ)


 そんな事を思っていると、ジェイクは「変じゃないだろ」と言ってくれたのだった。


「俺は前のシンプルな格好も好きだけど、チェック柄を着たら可愛いんじゃないかなって思ってたんだ」

「ほ、本当にそう思う?」

「うん。ステラは何を着ても似合うと思うぞ」

「……っ」


 ジェイクが真剣に言うものだから、私は照れてしまった。泳げないくせに水の中に入り、目一杯息を吸い込んでから水の中に潜った。


(そっか。この人は私が女の子みたいな格好しても可愛いって思ってくれるのか––––)


 私は泳げないくせにプールの中に潜ったまま、女の子らしい服が着れなくなった出来事を思い出していた。

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