第十七話
「ステラ、お疲れ様〜。今日も見事に沈んでたね」
ミラが私の隣でクスクスと笑っている。
今日の授業はビート板で25mを泳ぐだけの簡単な授業だったが、私が必死に足をバタバタさせても前へ進まず、プールのど真ん中で動けなくなってしまったのだ。
「うぅ……本当に疲れちゃった。まさか、一人だけ皆の前で泳がされるなんて思わなかったわ……」
精神的にも肉体的にも疲労を感じながらも、私は盛大な溜息を吐く。
プールサイドに上がった後、水泳部に所属している友達が、「ステラ、よく頑張ったね!」と拍手してくれたのは純粋に嬉しかった。だが、クラスメイト達に一斉に注目された為、皆に向かって軽く会釈をした後、隠れるようにミラの背後に座ったのだった。
「思い出しただけでも、すっごく恥ずかしい。どうして同じ猫科なのに、皆はスイスイと泳げるのよ。普通の生活をしてたら、水に浸かる事なんて全くないのに。水泳の授業に何の意味が――ふみゃっ!?」
余所見をしていた私は更衣室から出てすぐの所で、誰かとぶつかってしまった。しかし、私が目視で確認する前に、上品なムスクとマタタビの香りが漂ってきたので、誰にぶつかってしまったのか、一瞬で分かってしまった。
「ジェ……ジェイク?」
私が鼻を押さえながら顔を上げると、ジェイクがポケットに手を突っ込んだまま、突っ立っていた。
「よう、ステラ。お前を待ってたんだ」
私の後ろにいたミラは、ジェイクの言葉を聞いて目をキラーンと輝かせ始めた。何を思ったのか私の肩をポンと叩き、「先に戻っとくから、二人でお話してーー♡」と一人で教室へ走って行ってしまったのである。
「ちょ、ちょっと! ミラ、置いてかないでよ!」
突然、二人きりになった私達。何を話したら良いか分からず、困った表情をしていると、「派手に溺れてたな」とジェイクが話しかけてきた。
「泳ぐのが苦手な人は見た事あるけど、あそこまで泳げない奴は初めて見た」
ククッとジェイクが笑うのを見て、私はドキッと心臓が跳ねた。
「し、しっかりと見てたのね」
「そりゃあ、まぁ。同じクラスだしな」
「で、ですよね……アハハ、ハハ……」
恥ずかしすぎて顔面が熱くなっていく。自分の苦手な事を人に見られるのが、こんなにも恥ずかしくて格好悪いとは思わなかったのだ。
(私が泳いでる所を見て、どう思ったのかしら。それに、ジェイクとはチュールトンホテルでお茶して以来、二人きりで話すのは久しぶりかも。いつもは授業中に少し話すくらいだもんね……)
私は尻尾を左右にフリフリと揺らす。ジェイクと毎日顔を合わせているのに、何故か寂しさを感じていた。
(ジェイクが転校してきてから友人ができたのか、男友達と一緒にいるし、私も普段はミラや他の友達と一緒にいる事が多いから、自然と会話が少なくなっちゃったのよね。まぁ、そのお陰で少し気持ちが落ち着いたから良かったけど、ジェイクとの会話が少なくなっちゃったから、ちょっとだけ寂しいような気がするな……)
意外とジェイクとの会話を楽しんでいる事を自覚した私は、照れ隠しをするように視線を逸らした。何を話そうか考えながら、濡れた髪を指先で弄っていると、私よりも先にジェイクが口を開いた。
「俺が泳ぎ方を教えてやろうか?」
「……へ? ジェイクが私に泳ぎを?」
何これ、デジャヴ? さっきジエンにも同じ事いわれたような––––。
私が驚いて口を開けたまま黙り込んでいると、ジェイクが続きを話し始めた。
「泳ぐの苦手なんだろ? このまま泳げないと、また皆の前で泳ぐ羽目になるぞ?」
「そ、それは嫌……」
「だろ? じゃあ、学校終わったら練習しに行くぞ」
「きょ、今日!?」
急な誘いに私は度肝を抜かれてしまった。
(嘘でしょ!? いくらなんでも急過ぎない!? それに、なんで嫌いな水に二度も浸からなきゃいけないのよ!? それに私、使用済のスクール水着しか持ってないし!)
私は慌ててジェイクの腕を掴んだ。
「ジェイク! 私、ずぶ濡れのスクール水着しか持ってないわ!」
「心配するな。水着なら俺が選んでやるから」
「えっ……ジェイクが選ぶの?」
私はジェイクに何を言われているか分からず、思考が停止してしまった。頭が真っ白になった後、ジュエリーショップに行った経緯を思い出し、私はパッと我に返る。
(また高い物を貰う事になっちゃったら、どうしよう! こ……これじゃ、まるでパパ活みたいじゃない! ※ステラはテンパっています)
私は慌てふためきながら、「わっ、私の水着なんだから、ジェイクのお金で買わないでね!?」と念を押す。すると、ジェイクは不思議そうに首を傾げた。
「何言ってんだ、馬鹿。レンタルに決まってるだろ?」
「レ、レンタル? それってどういう……?」
私が不思議そうに聞く。すると、ジェイクは「あぁ、ちゃんと説明する」とにこやかに答えてくれた。
「うちの家が経営してるリゾート施設だ。水着は買わずに借りられるし、レンタルだったら、前みたいにステラに気を遣わせる事もないだろ?」
そう言って目を逸らしながら、ジェイクは少し罰が悪そうに頬を掻く。どうやら、チュールトンホテルでの出来事を気にしているらしい。
私はすぐに返事はせず、一人で考え込み始めた。
(う〜〜ん、どうしよう。今回は泳ぎを教えて貰うだけだし、レンタルだから前みたいに高い物を貰う事は無いわよね。でも、二人きりはちょっとなぁ……。また、保健室の時みたいな事になるのは気まずいし、ミラを誘ってみようかな。確かピアノの発表会は終わった所だから、用事はないはずよね!)
そういう方向で話をまとめようと、私は顔を上げた。
「じゃあ、ミラを誘って二人で行かせてもらうね!」
「ミラ? ミラってさっきの女の子?」
「そう、ミラは私の大親友なの! だから、一緒に――って、どうしてあからさまに嫌そうな顔するのよ?」
さっきまで無表情だったジェイクは、制服のポケットに手を突っ込んだまま、口の形をへの字にさせていた。拗ねているのか、縞縞模様の長い尻尾を鞭のようにしならせて、ペシッペシッと地面に叩きつけている。
「別になんでもないけど?」
「な、なんでそんなに不機嫌になるのよ?」
訳がわからず、私は焦ってしまった。けれど、ジェイクはそっけない態度のまま、この場を立ち去ろうと踵を返す。
「さぁ? とりあえず、授業が終わったら正門に集合な」
「えっ!? ちょ、ちょっと、待ってよ!」
置き去りにされた私はジェイクの後ろを追いかけていた。そのままの勢いで彼の腕を強く掴み、立ち止まらせる。
「待って、ジェイク! もしかして……その。ふ、二人きりが良いの?」
恐らく。多分、そうだとは思うが、言ってしまった! という後悔の念に駆られた。私の勘違いだったら猛烈に恥ずかしい。でも、あの表情にあの態度、100%そうだと思うけど。
恥ずかしすぎて顔が真っ赤になっていくのが分かり、「ねぇ、何か言ってよ」と自信なさそうに聞く。すると長い沈黙の末、「……………そうだよ」とジェイクが恥ずかしそうに肯定したのだった。
お互いに視線を合わせず、首筋から腕まで真っ赤にさせて照れるジェイクを見て、私まで照れてしまったのだった。
「あ……えっと。じゃあ、一人で行く……」
「ん、わかった」
話の流れでそう答えてしまったが、ジェイクの口元が少し緩んで嬉しそうな顔になったのを、私は見逃さなかった。
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