第十六話

 ジェイクが転校してきてから、寒くなる日が多くなってきた。制服は半袖から長袖に変わり、ベストを着用している生徒が目立ってきている。


 だが、悲しい事に水泳の強豪校でもあるこの学校では、屋内に温水プールが設けられている為、初冬に入ったにも関わらず、水泳の授業が続いていた――。


「うぅ……なんでこんな寒い季節に入ってからも、泳がなきゃいけないのよ……」


 私は少し離れた場所から、プールの水面を恨めしそうに見つめていた。既にクラスメイトの皆はシャワーを浴び、棚に置かれていたビート板を持って整列し始めている。


 女子は頸が丸見えにならないように、専用の首輪を着用して授業を受けるのだが、中にはどうしても頸を出したくない為に、体調不良と偽って見学する生徒が必ずいる。


 そういった生徒達に対して、先生達は課題を出すのだが、山のような課題の量を見た瞬間、どれだけ水泳の授業が嫌いでも、私は絶対に水泳の授業に出ると心に決めていたのだった。


「ステラ〜、ビート板持った? って、ステラ! 何枚ビート板を持ってるの!?」


 ミラが私に指を指しながら、キャハハと笑う。彼女が笑うのも無理はない。私は両脇にビート板を三枚ずつ抱えていたのだから。


 そう、私は泳げないのだ。泳ごうと思っても何故か下に沈んでいくし、必死に猫かきをしても前に進まない。それに加えて脂肪が少ない為か、身体が浮かないのだ。


「だって、泳げないんだもん」


 耳を伏せ、拗ねたように言うと、ミラは私が持っていたビート板を取り上げてきた。


「ビート板は一枚だけでも浮くようにできてるから、大丈夫だよ! ほら、早く! 皆、待ってるよ!」

「ふみゅう〜〜、私のビート板がぁ〜〜」


 ミラに背中をグイグイと押され、クラスメイト達がいる所へ合流すると、いつものようにアイツが私にちょっかいをかけてきた。


「おい、ブス。相変わらず泳げねーのかよ? 去年みたいに溺れそうになったら、ジャガー族の俺が助けてやるよ!」


 私を馬鹿にしてきたのは、ジャガー族のジエンだ。ジエンは人を見下すようにニヤニヤと笑い、わざと猫背になって、私の顔を覗き込んできた。


「ほら、何か言い返してみろよ」

「っ……」


 私はジエンの金色の目をキッと睨んだまま、黙り込んだ。


 別の授業だったら負ける気はしないが、水泳の授業だけはどうしても強く出られない為、「そうよ、泳げないわよ。何か悪い?」とジトッとした目で肯定すると、ジエンはしどろもどろになった。


「へっ!? いや、別に! つーか、お前が素直に認めるなんて、なんか気持ち悪いな……」


 気持ち悪いって何よ、失礼しちゃうわね! そう言い返せたら良かったのだが、水泳は代の苦手なのだ。言い返す気も起こらなかった。


「だって、本当に泳げないんだもん。知ってるでしょ? 水泳の授業だけは、毎回補習になるくらい苦手なんだから。アンタみたいに、スイスイ泳げる訳じゃないの」


 そう言って、私はそっぽを向く。すると、「……ふーん、なら俺が直々に教えてやろうか?」とジエンが小声で呟いたのだった。


「は? アンタが私に!?」

「お、おう」


 予想だにしなかった言葉に、私はジエンの前で阿保面を晒してしまった。


(ジエンの奴、なんて言ったの? 水泳を私に教える? 普段、喧嘩ばっかりしてるジエンから水泳を? いやいや、なんでコイツに教わらなきゃならないんのよ! いっつも揶揄ってくるくせに、調子狂うわね……)


 私は腕を組み、「冗談はやめてよ。アンタに教えてもらうだなんて、それこそあり得ないわ」と返事をすると、ジエンは機嫌が悪くなったのか、フンッ! と鼻を鳴らした。


「あっそ。じゃあ、俺はプールサイドでお前が溺れていく姿を笑いながら眺めておくわ。せいぜい頑張れよ、カナヅチ女」


 あっかんべーをして、私の側を離れていったジエンだが、彼の長い尻尾の忙しなく動き、毛が逆立って太くなっている事に気が付いた。


「なんなのよ、アイツ……」


 私は普段とは違うジエンの背中を、訳がわからないというように見つめていたのだが、今までのやり取りをジェイクが少し離れた所から、こっそり見ていた事に私は全く気が付かなかった。

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