第十五話
「えぇっ! ステラったら、あの大きな虎族の転校生に告白されたの!?」
ミラの大きな声がシルバーバイン植物園のカフェ内に響き渡った。私は慌てて席から立ち上がり、シーッ! と人差し指を自分の口元に当てる。
「ミラ、声が大きい!」
「ご、ごめんね。凄くびっくりしたから、大きな声が出ちゃったよ……」
ミラはこそこそと周りの目を気にしながら、小さな声で謝ってきた。私は小さく安堵の溜息を吐きながら着席すると、耳を伏せて小さくなっているミラに対して、申し訳ないような気持ちになってしまった。
「私の方こそ、いきなりこんな事を言い出してごめんね。そりゃあ、びっくりすると思うわ。私でも戸惑ってるくらいだもん」
「ううん、大丈夫! 私に相談してくれて、ありがとう! でも一回、お茶を飲んで落ち着こうよ!」
私達は早速、白いガーデンテーブルの上に置かれた、冷たいマタタビティーをストローでチューッと吸う。このマタタビティーは、シルバーバイン植物園で育てられたマタタビの葉を乾燥させて、お茶にしたものだ。
ミラは「美味しい、美味しい♡」と夢中になって飲んでいたが、昨日チュールトンホテルのカフェで出されたマタタビティーに比べると香りがかなり弱い。私は少し物足りなさを感じながらも、ストローでマタタビティーをチューッと吸い上げていた。
「それで!? ステラはなんて返事をしたの!?」
「さすがに付き合うのはちょっと……って答えたわ。だって、出会って間もない––––じゃなかった、実はジェイクとは小さな頃に会ってるのよ」
それを聞いたミラは、キラキラと嬉しそうに目を輝かせ始めた。
「えっ、凄い! すっごく運命的な展開じゃない!? しかも転校生君は小さな頃から、ず〜っとステラを想ってたって事だよね!? いいなぁ、ドラマチックで♡ 私はそういうの体験した事がないから、すっごく羨ましいっ♡」
うぅ……ミラのキラキラとした目が眩しい。私もミラみたいに素直に喜びたいんだけど、色々と問題があるからなぁ……。
私は小さく咳払いをしてから、続きを話し始めた。
「そうかもしれないけど、色々と問題があるのよ。家柄もそうだけど、私は世界で一番小さな種族で、ジェイクは世界で一番大きな種族じゃない? 絶滅危惧種族保護法案の件もあるし、どうしたら良いのか分かんないのよ……」
私は難しい顔をしたまま、マタタビティーをストローでくるくると掻き混ぜ続けていると、ミラが首を傾げながら、「ステラはどうなの?」と聞いてきた。
「えっ? どうって?」
「法案とか種族とか抜きにして、ステラは転校生君の事をどう思ったの?」
「う……ん、それは……」
ミラはいつもフワフワしている可愛らしい女の子だ。怖いものは苦手だし、生きている虫が飛んできた時は、泣き叫んで誰かに助けを求めるのだが、こういう真剣な時はズバッと物怖じせずに意見できるのが、彼女の長所。そういう所が好きで、いつもミラに相談をしているのだ。
私は少し考えた後に、「わ……悪い人じゃないと思う」とほんのりと頬をピンクに染めながら小さく答えると、ミラはパッと笑顔になった。
「ステラがそう言うんだったら、試しに付き合ってみれば!? 絶対にお似合いのカップルになると思うんだよね〜♡」
「つ、つつつ……付き合う!?」
周りに座っていた人達が私の声の大きさに驚いて振り返っていたが、そんなの気にする余裕なんてなかった。
(学校で男の子と言い合いばっかりしてる私が、異性と付き合う!? まさか、ミラの口からそんな言葉が出てくるだなんて! でも、つ……付き合うってなると、あんな事やそんな事しちゃうの!? ほ、保健室で押し倒された時みたいな––––)
「……っ!!」
私は保健室での出来事を鮮明に思い出してしまった。恐る恐る自分の両頬に手を添えると、熱を出した時のように熱く感じる。
(あんな大きい身体に押し倒されるとか、無理! 絶対に無理よ! そ、それに……一緒に寝る事になったら、ジェイクのアレが――)
挙動不審になった私は机に突っ伏し、虎族のアレなんて、絶対に入る気がしないよぉ……と思い悩んでしまう。
すると、ミラが首を傾げながら、「何が入る気がしないの?」と不思議そうな顔で聞いてきたので、私は驚いて尻尾の毛を逆立ててしまった。
「えっ? 私……独り言、言ってた?」
「うん、言ってたよ〜」
冷や汗をダラダラとかいている私をよそに、ミラは興味津々な様子で、「ステラがそこまで悩んでるだなんて、すっごく気になる! ねぇ、何が入らないの?」と聞いてきたではないか!
「えっ……と……」
私はあからさまに視線が泳いでしまった。
ミラはとっても純粋な女の子だ。彼女と下ネタを話した事なんて一度もない。何年か前に巷で話題になっていた、ラブストーリー系の映画を一緒に観たことがあるが、濡れ場が流れた瞬間、彼女は真っ赤になった顔を手で覆っていたのだ。濡れ場に耐性のないミラの前で、そんな話を大っぴらにするわけにはいかない。
「うぅん、んっとね……」
必死に別の事を言おうか考えた。だが、こういう時に限って良い言い訳が思い付かない。私の返事がないのを見て、ミラは「あれ? もしかして、言い難い事?」と首を傾げた。
「そ、その。この場所では、ね……」
「え〜、なんだろ? ますます気になっちゃう〜〜!」
歯切れの悪い返事をした事で、ミラはますます興味を抱いたようだった。ストローでグラスの中の氷をグルグルと回しながら、「ステラが言い難い事……なんだろう……」と独り言を呟く。
ずっと考え込んでいたミラだったが、いくら考えても答えが出なかったのか、「うわーーん、分かんないよ〜〜!」と叫び、最終的に両手を合わせて私にお願いしてきた。
「ステラ、ヒントちょうだい!」
「ヒ、ヒント?」
「うん! 一体、何が入らないのか––––プフッ!」
私は反射的にミラの口を手で塞いでいた。彼女に問われる度に、保健室で起こった恥ずかしい記憶が蘇ってくるのだ。
(うぅ……仕方ない。無意識に言っちゃったんだもの、言うしかないわよね。それに私の性格上、隠し事は苦手だし)
ミラがワタワタとしながら、私の手を掴んできた。
「ぷはっ! ステラ、苦しい」
「いきなり口を塞いでごめんね、ミラ。ちゃんと言うから、耳を貸して欲しいの」
「わ、わかった……」
私の真剣な表情にミラはゴクリと生唾を飲む。私は椅子からゆっくりと立ち上がり、彼女の耳元で「ジェイクの、ア……アレよ」とこっそり告げる。
「ジェイクのアレ? 何それ?」
「そ、その……男の子にしか付いてないモノよ」
「アレ……アレ……アレ……。男の子にしかない––––うひゃあッ! アレって、まさかアレの事!?」
「そう、アレよ」
アレの意味を理解した途端、ミラの白い肌が顔がトマトのように真っ赤に染まり、「うわーーっ、必要以上に聞いてごめんね!」と謝ってきたのだった。
「大丈夫よ。ほら、飲み直しましょ」
気を取り直して、マタタビティーをもう一杯ずつおかわりした私達。ミラは未だに顔を赤くしたまま俯いていた。
「うぅ……ごめんね、ステラ。確かにそれは言い難いよね。でも、なんでいきなりそんな事を思ったの?」
ミラの疑問に私は恥ずかしく思いながらも、小さな声でポツリポツリと答え始めた。
「私が小さい身体の種族で、相手が大きな身体の種族だからよ。だから付き合うってなったら、身体のサイズ的にどうなのかなぁ……と」
それを聞いたミラは、私の答えに納得したような反応を見せた。
「あー、成る程ね。そういう事もあるって想定したら、確かに怖いかも!」
「でしょ? 私、虎族のアレが入る自信がないのよね。最近、保健のベネット先生の授業で色々習ったでしょ? だから、余計にね」
私の疲れた表情を見て、ミラも授業の内容を思い出したのか、「アソコが裂けちゃったら怖いよね」と苦笑いした。
「それにさ、アレには排卵を促す棘があるっていうじゃない? 噂によると、かなり激痛なんでしょ? それに加えて、アソコが裂ける痛みがあったら……」
私達はまだ処女のくせに、アレがアソコを貫通する場面を想像してしまう。すると、痛い場面しか想像できなくて、青ざめた顔で二人で震え上がってしまった。
「む、無理だね……」
「うん、無理。絶対無理。というか私達は女だから、どうしたって痛みが伴うわよね」
「だね。私、誰とも付き合えない気がするよ……」
私達は力のない笑みを浮かべ、沈黙してしまう。そして、どちらかともなくマタタビティーをストローで吸い上げ、同時に席を立つ。
「そろそろ、帰ろっか」
「そうだね。でも、いつでも相談にのるから! 転校生君とどうなったのか、絶対に教えてね!」
「うん、ありがとう」
私は伝票を持ち、忙しいのに付き合ってくれたお礼という事で、ミラの分までお茶代を出し、それぞれ帰路に着いたのだった。
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