第十四話
翌日の日曜日。私は待ち合わせによく使われる繁華街の巨大モニターの下で、スミャホを弄りながらミラを待っていた。
「ステラ、お待たせ〜」
改札口の向こう側から、ミラがこちらへ向かって走ってきた。今日のミラの服装はデニムシャツとふんわりとしたチュールスカートを合わせた可愛らしい格好をしている。
一方の私はストライプのシャツに白いパンツを合わせた比較的大人っぽい服を着て、こちらに駆け寄ってくるミラを笑顔で出迎えた。
「ピアノの練習で忙しいのに、いきなり誘ってごめんね」
「ううん、全然大丈夫! ピアノばっかりで指が疲れてたから、遊びに誘ってくれて嬉しい♡」
そう言って、ミラは笑顔で私に抱き付いてきた。
「ねぇ、今からどこ行く!?」と聞かれたが、現在はお昼時。近くのお店は大勢の人でごった返していたので、「二人で喋れる所に行きたいかな。できれば、静かな場所で」と言うと、ミラは良い場所を思い付いたのか、「そうだ!」と声を発した。
「最近できた植物園に行かない!? そこはマタタビの木が植えてあるらしいの! それにカフェも併設されてるらしいから、二人でゆっくり喋れるよ!」
成る程。気分転換するにはマタタビが一番という訳ね。そうね……久しくマタタビの木も嗅いでないし、行きたいかも。
「フフッ、じゃあ植物園に行きましょう」
「やった〜〜♡ 丁度、あの停まってるバスに乗ったら、植物園へ行けるらしいの! そうと決まったら、早く行こうっ!」
私達は仲良く手を繋いでバス乗り場に向かい、ウキウキしながら植物園へと向かった。
◇◇◇
シルバーバイン植物園。ここは数年前にできた世界中の植物や花が集う、国内でも三本指に入る大きな植物園である。
この植物園には品種改良されたマタタビが植えられており、神社に生えている御神木のように立派なマタタビの木も生えているらしい。
そして、この植物園の最大の魅力! ここに植えられているマタタビの木はフリーハグならぬ、フリーマタタビが植えられているのだ。
気分が落ち込んだり悲しい事があったりすると、ここへやってきてマタタビの匂いを嗅ぎ、精神を安定させにくるのが最近の流行りなのだと、ミラがカタログを広げながらバスの中で教えてくれた。
「フリーマタタビの部屋に到着〜〜♡ まずはマタタビの匂いを嗅ぎに行って、テンションぶち上げようっ! じゃあ、ステラ! 私、先に行くね〜〜♡」
ミラが私の返事を聞く前に、「きゃ〜〜♡」と駆け出した。蝉のようにマタタビの木にしがみ付き、一心不乱に幹や花を嗅ぎ始めるのを見て、私はソワソワし始める。
「スンスンスン……スンスンスン。はぁ……良い香り♡ 一生懸命、練習してきたピアノの疲れが取れていくよぉ〜〜♡」
マタタビを嗅いだミラは幸せそうに、マタタビの幹に頬擦りをしながら笑っていた。辺りを見渡すと他の場所に生えているマタタビの木にも、ミラのようにしがみ付いて顔を蕩けさせている人達がいる。
「皆、マタタビ浴してるのね。でも、植物園だからこそできる芸当よね。こんな大きなマタタビの木、公園にあったら困っちゃうもの」
この植物園は入館料さえ支払えば誰でも利用できるのだが、基本的にマタタビの木には使用制限が設けられている。
必ず二人一組で使用し、マタタビ浴は一人五分までというルールがあるのだ。規定以上嗅げば、マタタビ中毒を起こし、ずっと泥酔したかのような状態になる。最悪、木から離れられなくなって、病院送りになってしまうらしい。
私は腕時計を見ながら、「ミラ、残り十秒ね」と言うと、ミラは機嫌良く「はぁ〜〜い♡」と返事をして、喉をゴロゴロと鳴らした。
「三、二、一……はい、終わり」
「え〜〜、もう終わり〜〜?」
ミラがマタタビの木にしがみ付いたまま離れなかったので、私は苦笑いしつつ、ミラを木から引っ剥がした。
「ふにゃあ〜〜ん。う〜〜ん、気分良い〜〜♡」
ミラがマタタビの匂いをさせながら、私の胸に顔を擦り付けてきたので、「はいはい、良かったわね」と長いクリーム色の髪を撫でてあげた。
「じゃあ、次はステラの番ね!」
「えぇ? 私はミラの身体に染み付いてるマタタビの匂いだけで十分よ?」
「だーーめっ! ステラ、思い詰めてる事があるみたいだから、マタタビの匂いを嗅いで、緊張をほぐしてきてーー!」
マタタビの木に押し付けるように、ぐいぐいとミラに背中を押された私。
(あぁ、やっぱりミラには隠し事できないなぁ……。よし、私もマタタビを嗅いで悩んでる事、全部一旦忘れちゃおうっ!!)
私は太いマタタビの木を抱き締めるかのようにしがみ付き、匂いを嗅ぐと次第に頭がボーッとしてきた。自然と口角が上がり、マタタビの幹に頬擦りをし始める。
(ふわぁぁ……ヤバイ。今、すっごく気分良いし、すっごく幸せかも。ジェイクと出会ってから一週間。授業中から家に着くまでリラックス出来なかったし、今日くらい気を張り詰めなくてもいっか。ミラの前では素直になれるし、今日くらい甘えても良いよね♡)
「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」
機嫌良く喉を鳴らしながら目を瞑ると、頭の中に昨日食べたマタタビ茶とマタタビケーキを思い出した。
(にゃーーーーん……すっごく気分良い〜〜♡ 昨日食べたお茶とケーキ最高だったなぁ〜〜♡ あーーんっ、ずっとこうしていたいかも♡)
私はだらしなく、ニヘヘッと笑う。すると、次に頭の中に浮かんできたのは、保健室で見たジェイクの真剣な顔だった。
「っ!!」
その瞬間、気持ちよさなんてすっ飛んでいってしまった。顔から火が出るように熱くなっていく。私は思わず、マタタビの木に爪を立ててガリガリと引っ掻く。
(あぁ〜〜〜〜んっ! どうして、ジェイクの顔が出てくるのよぉぉぉぉ! 折角、マタタビの力を借りてリラックスしようと思ってたのにぃぃぃぃっ!)
その時、チャリッとネックレスと指輪が擦れるような音が胸元から聞こえてきた。思い出されたのは、昨日の車の中での出来事。特にこの指輪は私にとっては、とてつもなく重すぎる。
「……もう、ジェイクのバカ」
私は現実逃避するかのように大きく深呼吸をしながら、マタタビの香りを肺に取り込んだ。
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