第十三話
(あぁ、ようやく帰れる……)
私は疲れた表情をしながら、車の後部座席の隅っこで小さく縮こまっていた。とにかく感情の振れ幅が激しい一日だった。美味しいお茶とケーキを頂けたことに関しては、とても満足しているが、問題はその後だ。
まさか学生の身分で、100万ダルクもするネックレスをプレゼントしてもらえるとは思っていなかったのだ。私はジェイクと今後、どう接したら良いのか考えれば考える程、分からなくなってしまっていた。
(うぅ……どうしよう。ジェイクはお返ししなくて良いって言ってたけど、そういう訳にはいかないわよね。でも、何を返せば良いんだろう? さっきからずっと考えてるけど、何も思いつかな〜〜い! はぁ……何も思いつかないんだったら、ネックレスはジェイクに返すべきよね。でも、凄く愛着が湧いちゃったんだよなぁぁ……)
外の景色を見ながら悶々と考え込んでいると、ジェイクが問題のネックレスをケースから出し、私の肩を指先で軽く突いてきた。
「ステラ、ネックレス着けてやるよ」
「え!? そんな高価な物、着けれないわよ!」
「いいからいいから。ほら、早くこっち来い」
ポンポンと隣の座席を叩くジェイクを見て、私は迷った末に彼の近くへと寄った。小さい身体を更に縮こませている私の姿を見て、ジェイクが微笑を浮かべたような気がした。
「後ろを向いてくれるか? 後、このままじゃ着けられないから、後髪を上げてくれたら助かる」
「か……髪を上げるの?」
ジェイクの何気ない発言に私は驚き、瞳孔が開いてしまった。
(ジェイクに背を向けて、髪を上げたら頸が丸見えじゃない! どうしよう……すっごく恥ずかしいんだけど。できる事なら髪の毛を上げたくなーーーーいっ!)
そんな事を考えていると、「頸ならもう見ただろ?」と不思議そうに首を傾げられたので、私は保健室での出来事を思い出してしまい、顔が熱くなってしまった。
「恥ずかしいものは、恥ずかしいのっ! アンタに乙女心は分からないわよ!」
真っ赤な顔をして訴えると、ジェイクは慣れたようにハイハイと私を宥めながら、「じゃあ、少しだけ髪を上げてくれよ」と言ってきた。
(ジェイクの馬鹿、ネックレスは返そうと思ってたのに。うぅ〜〜……私、いつから優柔不断になったんだろう)
私は早く事を済ませる為、目を瞑りながら長い髪を少しだけ持ち上げた。
ネックレスを着けようとしたのかジェイクの手が私の首を掠った瞬間、ピクンと身体が反応して変な声が出そうになってしまったが、どうにか堪えた。
「もう良い?」
「んー、ちょっと待って」
「なに手間取ってるのよ?」
「俺、意外と不器用なんだ」
あら、意外と可愛い所があるじゃない。それだったら気長に待ってあげようかな――。良い気になった私は、目を瞑ったままの状態でジッと待ち、暫くしてから「お待たせ」と声をかけられた。
「あ、ありがとう…………?」
お店で着けた時とは違う重みを感じたので、私は目を開けて何回か瞬きをした後、ネックレスの先に付いていた物を見て驚いてしまった。
「ジェ、ジェイク。この大きな宝石が付いてる指輪は何?」
ネックレスのチェーンに通してあったのは、インカローズのペンダントと大きなダイヤモンドが付いた指輪だった。デザインはSiamで見た時のような物ではなかったので、ジェイクが修理に出していたという指輪だと、一目で理解してしまった。
「母親の結婚指輪だ。うちの家は代々奥さんになる女性に、その指輪を受け継いでいってるんだ。ステラに受け取って欲しい」
ドクンと心臓が大きく脈打った。話が大きすぎて、「そ、そんな大事な指輪を私に?」と他人事のように聞くと、ジェイクは「あぁ」と真剣な表情で頷く。
「えっと、その。そ、それってなんだか……プロポーズみたいね……」
私は忙しなく尻尾をフリフリと振り子のように振りながら、長い栗色の髪を耳に掻き上げ、何気なく思った事を口に出してみると、顔が一気に赤く染まっていくのを感じた。
(待って……これプロポーズみたいじゃなくて、本当にプロポーズなんじゃないの!?)
頭で理解した頃には、私はもう大パニックを起こしていた。
(奥さんになる人に指輪を受け継いでるって言ってたから、これは絶対にプロポーズだ! あぁんっ、ジェイクが転校してきてから展開が急すぎて困る! でも……これは本当にプロポーズ、よね? 私の勘違いじゃないよね!? まだ付き合ってないのに、プロポーズ!? あぁ〜〜、ジェイクったら本当に何考えてるのよ!!)
一刻も早く、この指輪は返さなくては――。そう思った私は涙目になりながら、反論し始めた。
「ジェイク、いくらなんでもコレは急すぎるわ! それに私は貴方とは違う種族なのよ!? この前、ニュースでやってた絶滅危惧種族保護法案の件だってそう! それに、私はまだ17歳––––」
そこまで言うと、ジェイクは私の眼前で人差し指を立てた。
「じゃあ、18歳になったら答えを出してくれよ。それまで、その指輪はステラに預けておくから」
「ジェ……ジェイクのお母さんの形見なんでしょ? こんな大切な物を無くしちゃったら、弁償できないわ……」
本当に困った表情をしながら、大きなダイヤモンドが付いている指輪を見つめていると、ジェイクは「お前なら絶対に無くさないから大丈夫だ」と言って私の頭を撫でてきた。
「そういえば、ステラ。誕生日いつだ?」
「ク、クリスマス……」
「3ヶ月後だな。その日までに絶対お前を落とすから、覚悟しとけよ?」
ジェイクはニヤッと笑って、私の頬にチュッとキスを落としてきた。
不意打ちでキスされてしまった私は、頬を押さえながら、「そ、そんな自信、どこから湧いてくるのよ……」とボソッと呟く。そのまま、ジェイクから視線を逸らし、顔を真っ赤にさせながらオレンジ色に染まる空を見つめた。
◇◇◇
空はオレンジ色から、あっという間に濃紺に染まり初めていた。雲一つない天気だったお陰で、空に散りばめられた星達が、宝石のように光り輝いている。
私達が乗っていたリムジンは、家の近くの国道に停車し、ジェイクは私と一緒に車から降りて、家の前まで送ってくれた。
(あ……良い匂い。これ、ママの料理の匂いだ)
自分の家の煙突から白い煙が上がっている。匂いを嗅ぐ限り、今日はママ特製の鰯のパイらしい。
「家はここか?」
「うん、そうよ。家まで送ってくれてありがとう。今日は色々驚いたけど、本当に楽しかったわ」
「こちらこそありがとう、また近々デートに誘うからよろしく」
「う、うん。ありがとう、またね」
私はぎこちなくお礼を言うと、ジェイクは私の頭に手を乗せて、乱暴に頭をグリグリと撫でてきた。
「きゃあ! ちょっと、髪がボサボサになるじゃないっ!」
「悪い、ステラが可愛くてつい撫でたくなった」
そう言って笑うジェイクは年相応の少年のようで。夕日に照らされている彼の屈託のない笑顔に、私は釘付けになってしまった。
「も、もう……揶揄わないでよ!」
「揶揄ってなんかない。この前みたいに学校で俺の事を無視したら、クラスメイト達の前で公開キスしてやるから覚悟しとけよ?」
ジェイクはククッと意地悪い顔をする。
「何言ってるのよ、馬鹿! ほら! 早く帰りなさいよ! お父さん、家で待ってるでしょ!?」
そう言って私はジェイクの背中を押すと、彼は少し寂しそうに笑ったような気がした。
「はいはい、分かったよ。じゃあ、また学校でな」
「うん、またね」
私はジェイクの背中が見えなくなるまで見送った後、ネックレスを握り締めながら、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
今日は心臓がドキドキしっぱなしだった。後は顔が真っ赤になったり、嬉しかったり、驚いたりして忙しない一日だったけど––––。
「すっごく、楽しかったな……」
本当に楽しかった。また一緒に遊びに行ったりしたいなと思える程に。きっと、これからはこのネックレスと指輪を見る限り、ジェイクの事を思い出すのだろう。
「どうしよう、私……ジェイクの事で頭一杯になってる」
もしかして、私は恋をしているのだろうか?
そう思ったが、私はブンブンと頭を左右に振った。
「ううん、有り得ないわ! だって、私は世界最小のクロアシ族で! 身分もジェイクとは違って一般市民だし。何より彼とは種族が違うし……家柄も規模が違うから、かなりハードル高い……というか、つり合わないわよ……」
最後の方は自信がなくなって、ハァ……と小さく溜息を吐いた。
暫くしてから立ち上がり、ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出す。そして、スミャホの画面をタップし、ニャインでミラにメッセージを打ち始めたのだった。
「ピアノの練習で忙しいだろうけど、ミラに相談しよう。私だけじゃ解決できそうにないし。えっと……明日、お茶しない? 相談したい事があるの……送信っと」
とりあえず、メールは送ったので後はミラから返信が来るのを待つのみだ。
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