第十二話
「わ、分かったわよ。でも、着けるだけだからね!」
私は渋々ではあったが、女性店員のジェシカさんにネックレスを着けてもらい、側に置かれていた鏡で自分の姿を覗き込んでみた。
「可愛い……」
素直な感想が口に出た。だけど、それくらい可愛かったのだ。宝石なんて今まで興味なかったけど、このネックレスはだけは何故だか愛着が湧いてしまった。
「まぁ、よくお似合いですよ! 可愛らしいお嬢様にピッタリのネックレスですわ!」
「あ、ありがとうございます……」
煽てられるのは慣れていないからか、私は尻尾を忙しなく動かして照れているのを誤魔化した。恥ずかしくて、穴の中へ身を潜めたい衝動に駆られてしまったが、もうすぐで成人を迎える私が、そんな落ち着きのない行動を取るわけにはいかない。
ジッと座って我慢していると、隣にいたジェイクが鏡を覗き込んできた。
「あぁ、イメージ通りだな。ジェシカ、これを頼む」
「かしこまりました」
ジェシカさんがネックレスを外そうとしたので、私は反射的に長い後髪を片手で持ち上げつつ、隣にいたジェイクの手をガシッと掴んだ。
「ちょっと、ジェイク。私、このネックレスが欲しいなんて、一言も言ってな――っ!?」
値段が書かれたタグを見て、私は絶句してしまった。このネックレスの値段は100万ダルク。今通っている高校の年間の授業と同じ額だったのだ。
「ジェ……ジェイク、本当にこれ買うの!?」
「勿論だ。ファミリーカードじゃなくて、現金で買うぞ」
当たり前のように答えたジェイクは、鞄の中から帯封が付いたままの札束をポンと出した。ジェシカさんは慣れたように受け取り、「いつもありがとうございます」と深々とお辞儀をしている。
一連の流れを目の当たりにした私は、口を大きく開けたまま呆然とした。しかし、このままではいけないと思い、ジェイクの肩を揺さぶり始めた。
「待って! こんな高価な物、貰えないわ!」
「平気だって。俺が稼いだお金だから、俺がどう使おうが自由だろ? ステラが気にする事ないから」
「そんな事を言われても、私は気にしちゃうわよ!」
あたふたと戸惑っている様子を見て、ジェイクはプッと吹き出し、私の頭を撫でてきた。
「本当に気にするなって。俺の自己満足でやってるだけだし、お返しも要らないから」
「だ、だとしても――ブフッ!」
ジェイクが大きな両手で、私の頬をむぎゅーと挟んできた。
「つべこべ煩いぞ。これ以上言ったらキスして、喋れなくしてやる。俺は少し電話してくるから、アクセサリーを見ながら待っててくれ」
「あっ、ジェイク! もう、勝手に決めないでよぉ……」
ジェイクはヒラヒラと軽く手を振りながら、店を出て行ってしまった。一部始終を見ていたジェシカさんと私だけが店に残されてしまい、「うふふっ、仲がよろしいんですね」と声をかけられる。
「あんな自然な表情で笑うムーア様は初めて見ました。余程、お嬢様に心を許しているようですね」
「いえ、そんなことありません。私とジェイクは、ただのクラスメイトの関係ですから……」
苦笑いしながらそう言ったが、チクンと胸が痛むのを感じ、私はハッと我に返った。
(待って……どうして、胸が痛んだの? これじゃ、本当にジェイクの事が好きみたいじゃないっ!!)
私は顔が一気に赤くなってしまった。でも、心なしかジェシカさんに仲が良いって言われて嬉しいような気がする。ホテルのロビーで兄妹と間違われて落ち込んでしまったのに、今日はどうしてこんな気分に波があるんだろう。
「お嬢様。よろしければ、ムーア様が戻って来られるまで、何かご覧になりますか? 先程はネックレスをご覧になられたので、今度は指輪はいかがでしょう?」
「ゆ、指輪ですか……」
私は指輪という言葉にあからさまに反応してしまった。ゴクリと唾を飲み、ショーケースにズラリと並ぶシルバーリングを見つめる。
(指輪はじっくり見た事がないから、手に取って見てみたいけど……。ジェイクが戻ってくるまでなら、見ててもいいかな?)
私は少しドキドキしながら、「み、見るだけでもいいですか?」と遠慮がちに聞く。すると、ジェシカさんはニッコリと笑って頷いた。
「勿論です。では、お嬢様の指輪のサイズを測りましょうか」
ジェシカさんは何故か張り切っているように見えた。私はドキドキしながら指を出し、リングゲージを何回か変えて辿り着いたサイズは5号だった。
「お嬢様は華奢で綺麗な指をされてますね」
「あ、ありがとうございます……?」
今、ジェシカさんが私の事を褒めてくれたのか、赤ちゃんのように小さい手を華奢だと評し、遠回しにフォローしてくれたのか、よく分からなかったので、私は自信なさげに感謝の言葉を口にする。
クロアシ族だから指が小さいのは当たり前なんだろうけど、アムール族であるジェイクの指は何号だろう? きっと、私より数倍は大きいだろうなと勝手に想像していた。
「5号の指輪はこちらになります」
「……もしかして、これって結婚指輪ですか?」
私がシルバーの指輪に指をさすと、ジェシカはショーケースの中からリングを取り出してみせた。
「はい、そうです。職人が一つ一つ丁寧に仕上げた物なんですよ。同じ職人が作った物でしたら、ピンキーリングもございます。よろしければ、そちらもご覧くださいませ」
「は、はい。ありがとうございます」
なんだ結婚指輪以外にもあったのね。なんだか結婚願望が強い子だと思われちゃったかも――そう思いつつ、結婚指輪は避けて、他の指輪を見ようとショーケースを眺めていた。
しかし私の中で、指輪=結婚という方程式が成り立っている為、どうしても
「せっかくですし、結婚指輪を中心にご覧になりますか?」
「え……結婚する予定も好きな人もいないのに、見せて貰って良いんですか?」
「勿論です! むしろ、これを機に結婚に憧れを抱いても良いと思います!」
ジェシカの力強い言葉に、そっか……そんなに結婚を意識して見なくても良いんだ……と、私は安心したのだった。
少しだけ落ち着きを取り戻した私は、ショーケースに陳列されてる結婚指輪を見て、これが良いと指をさす。
「この青いダイヤが付いてる指輪を見たいです」
「ブルーダイヤモンドの指輪ですね。かしこまりました」
ジェシカさんがショーケースから指輪を取り出してくれた。シルバーリングに一粒のダイヤがついたよく見かけるデザインの指輪。
「綺麗……」
ブルーダイヤモンドを様々な角度から照明に当てると、キラキラと七色に輝いた。シンプルなデザインで綺麗だと思った理由の他に、ブルーダイヤモンドの色がジェイクの目の色に似てたから選んでしまったとは、本人には口が裂けても言えない。
「お。良いな、その指輪」
「ひゃっ!?」
急にジェイクが背後から現れたので、驚いて肩が跳ねてしまった。「一言くらい声をかけなさいよ、この馬鹿!」と私が声を荒げると、ジェイクはキョトンとした顔付きに変わる。
「いや、普通に戻ってきただけなんだけど? もしかして、それ結婚指輪か?」
「え!? えぇっと……そう、です」
しどろもどろになって答える私を見て、ジェイクはニヤッとした表情に変わった。
「ふぅーん、そっかそっか。ステラは早く結婚したいんだな」
「そ、そんな事はないけど……な、なによ! そのニヤニヤした顔は!?」
「なんでもない。むしろ、結婚願望があって安心した」
「どういう意味よ、それ……」
ジトッとした目で睨むと、ジェイクはククッと笑いながら「秘密だ」と答え、ジェシカさんからショッパーを二つ受け取っていた。
「あれ? もう一つの袋は何?」
「指輪。修理に出してたのが戻ってきたんだ」
「あ、そうなのね」
そうか。だからこの店に寄ったのね――って事は、私また揶揄われたの!? 最初から指輪を買う気なんてなかったのね!?
そう思った私はキッとジェイクを睨むと、彼は軽く舌先を出して笑っていた。
「ほら、早く帰るぞ」
「え!? ちょ、ちょっと待ってよ! ジェシカさん、この指輪お返ししますね! 今日は本当にありがとうございました!」
私が早口でそう言うと、「またのご来店をお待ちしております」とジェシカさんは頭を深々と下げ、私達の姿が見えなくなるまで見送ってくれたのだった。
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