第九話

 チュールトンホテルに到着した私達は車を降り、ロビーに向かって歩いていた。ホテルのエントランスには季節の植物である赤い紅葉の木が展示されており、その下には着物を着た人やスーツを着込んだ人で溢れかえっている。


 目的のケーキとお茶は一階のカフェで提供していると、車を降りる前に教えてくれたが、こんな場違いな格好をしているのは、私とジェイクくらいだったので、カチカチになったままホテルの中を歩いていた。


(こんな所、初めて来たわ! ジェイクは黒いパンツにシャツを着てるから、それっぽく見えるけど、私の格好は場違いすぎて、逃げたくなっちゃう! それにしても、ジェイクったらいつ離してくれるのかしら? この状態、すっごく歩き難いんですけど!!)


 今、カフェに向かって歩いている最中なのだが、尻尾は相変わらず恋人繋ぎのままだった。


 もしかして、ここから逃げられないようにしているのだろうか? この体格差では、迷子になった子供を連れて歩く年上のお兄さんのようにも見える。


 それに、周りの人達が私達をジロジロと見ているような気もするし、恥ずかしいからそろそろ離して欲しいのだけど。


(……もう、我慢の限界だわ!)


 痺れを切らした私は、ジェイクの袖を軽く引っ張った。


「ちょっと、いい加減離しなさいよ」

「え? さっき、自分から繋いできたくせに?」


 うっ……と言葉に詰まる私。それを見たジェイクは、ニヤニヤと意地悪い顔をして、追い討ちをかけるように畳み掛けてきた。


「いやぁ、車の中でステラから尻尾を繋ごうとしてきたのは驚きだったな。そんなに俺と恋人繋ぎがしたいなら、初めからそう言えば良かったのに」

「あ、あれは……なんとなく……」


 ゴニョゴニョと恥ずかしそうに呟くと、ジェイクは嬉しそうに、ハハハ……と笑う。顔面がとっても熱いのが、触らなくても分かってしまい、私は挙動不審になってしまった。


(うぅ〜〜っ! こんなに揶揄われるなら、恋人繋ぎなんてしなきゃ良かった!)


 あれは多分……そう、雰囲気だ。空気がしんみりしてたから、尻尾を繋ぎたくなったんだ。そうだそうだ、きっとそうに違いない! 本当、調子狂っちゃう! こんなの私じゃないわ。だってこんなにも、心臓がずっとドキドキしてるだなんて。きっと頭がおかしくなっちゃったのね。


 そんな事を考えていたら、私は無意識に尻尾に力を入れてしまったらしく、ジェイクもそれに応えるかのように強く握り返されて、私はビクッと尻尾が飛び跳ねた。


「な、何するのよっ!」

「握ってきたら握り返して応えるのが、恋人繋ぎの基本だろ?」

「い、今のは考え事をしてたの! もう、いい加減離して!」

「でも、その考え事ってさ。どうせ俺の事だろ?」

「そ、それは……」


 ジェイクにどう言い返すか悩んでいた所、私達を見てクスクスと笑う声が近くから聞こえてきた。


「見て見て。あの子達、恋人繋ぎしてるわ」

「あら、本当! 可愛いわね〜! きっと優しいお兄ちゃんが、どこかにいかないように小さな妹の尻尾を繋いで面倒を見てるのね。本当に優しいお兄ちゃんだわ〜」


 ふいに聞こえた会話が耳に入ってしまい、私は精神的にダメージが入ってしまった。私は尻尾に力が入らなくなり、自然と視線が足元に向いてしまう。


(か、可愛い兄妹っ!? そ、そんなぁ……私とジェイクは同い年なのに。私、そんなにちんちくりんに見えるのかしら。なんか……ショック大きいな……)


 私はシュン……と項垂れてしまった。


 子供っぽく見えたのが、とてもショックなんだと思ったんだけど、今日の私は少しおかしかった。


 小さいだの、可愛らしいだの、こんなの昔から言われてきた事なのに、どうしてこんなにも胸がチクチクするんだろう? 本当に今日の私はどうかしてる。


「なぁ、ステラ」

「あ、ごめん。何――」


 ジェイクの呼び掛けに私は振り返ると、キスをされてしまった。キスされたというより、振り返ってみると、目の前にジェイクの顔があったから、唇が軽く触れたという表現が正しいだろうか? でも、周りからすると、誰がどう見ても恋人にキスをしたように見えると思う。


 その証拠に、ホテルのロビーにいる人達が私達を見て、「まぁ、カップルだったのね♡」とか「若いっていいわね〜♡」と話しているのが聞こえてきた。


 それに加えて周りが私達を見て幸せそうに、ニコニコと微笑んでいるので、余計に恥ずかしかった。


「ジェ、ジェイクッ!!」

「これで恋人っぽく見えるだろ?」

「そういう問題じゃないの! 私達、付き合ってないじゃない!」

「これから付き合うんだから、早くても遅くても関係ない。ほら、あのカフェだ。ケーキとまたたび茶がステラを待ってるぞ」


 私の手を引いてカフェに向かって歩き出すジェイクだったが、対する私は頬をプゥッと膨らませながら彼の大きな背中を睨み付けた。


(ジェイクの馬鹿! 変態ッ、変態ッ、変態ーー! 絶対、ぜーーったいにジェイクと付き合うなんて、真っ平ごめんだわ!)


 思いもよらなかった出来事により、注目の的になってしまった事で、私はブスッと不貞腐れてしまったのだった。

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