第六話
「きゃああぁぁッ!!」
「さっきから煩い。頭に響くから静かにして」
ビクビクしながら振り向くと、オレンジ色の髪と青い大きな目をした子供がいた。私より身体が何倍も大きいから、何歳か年上の子かもしれない。
声は高いし、女の子っぽい顔をしてるから女の子かな? 耳は私と違って尖ってないし、尻尾はオレンジと黒だから、トラ族の子? は、初めて見た……手足と尻尾も長いし、身体も大きい!
「ご、ごめんなさい。檻の中に誰かがいるとは思わなかったの」
耳を伏せながらすぐに謝ると、その子は「別に、怒ってなんかいない」と言った直後、ぐぅぅぅぅ……っと腹の虫が鳴いた。勿論、私じゃない。目の前のにいる子のお腹から聞こえてきたものだ。
「……あ」
トラの子供は顔を真っ赤にさせて、足を抱えるように丸くなった。どうやら、私と同じくお腹を空かせているらしい。
「お腹減ってるの?」
「二日間、何も食べてない」
「ふ、二日間も!?」
大変! 二日間も食べてないなんて私だったら死んじゃう! えぇっと、何か持ってなかったっけ!?
私は慌ててスカートのポケットに手を突っ込むと、丸いビスケットが入っていた。
「い、一枚しかない……」
小さな手に握られた角が少し欠けたビスケットを見て絶望する。暫くの間、この子のように何も食べられないかもしれないと考えるだけで、絶望しかけたのだ。
(どうしよう。お腹いっぱいにはならないし、欠けてたりするけど、何もないよりいいよね!? 少しでも食べてもらわないと、死んじゃうかもしれない!)
そう思った私は早速、クリームが挟まっている小さな丸いビスケットをあげた。
「これあげる!」
「……え、食べていいの?」
「うん、アイツらが戻らないうちに早く食べて!」
その子は物凄くお腹が減っていたんだろう。私が持っていたビスケットを荒々しく奪い取り、袋を開けて物凄い勢いでがっつき始めたのだ。
サクサクと何度も味わうように咀嚼した後、すぐに物足りないと言うような表情になった。
「もっと食べたい……」
「あ……ごめんなさい。一枚だけしかないの」
私がポケットをひっくり返しながら申し訳なさそうにそう言うと、トラの子供は少し残念そうな顔をして、ガタガタと身体を震わせ始めた。
「…………寒い」
消え入りそうな声で寒いと呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
確かに冷蔵庫の中にいるみたいだと思った。この子の服装は冬にも関わらず、白いブカブカのTシャツにデニムのパンツのみの格好で、革製の太い首輪を付けられていた。
この時の私は何を思ったのか分からないが、とにかく温めてあげないとこの子が死んじゃうと思い、真っ正面からギューッと抱きしめてあげたのだ。勿論、その子は急に抱き締められて慌てていたけれど。
最終的にその子は私に頬をすり寄せ、気持ちよさそうに目を細めていた。そして、ずっと強張っていた表情が少し和らいでいくのを見た私は、ホッと胸を撫で下ろしたのを覚えている。
「あったかい?」
「うん……あったかい」
「そっか、良かった。私、ステラ。クロアシ族のステラ。貴方のお名前は?」
「僕はアムール族の––––」
恥ずかしかったのか名前はよく聞こえなかった。
とりあえず、アムール族っていう種族の子供だというのはよく分かったが、ここで私は大きな勘違いをしてしまう。
(この子、可愛らしい顔付きをしてる! 目も大きいし、肌も白い! 私が通う幼稚園でも自分の事を僕って言って喋る女の子がいるし、この子も女の子に違いないよね!)
そう――私は何故か、女の子だと思い込んでしまったのだ。
「これから貴方の事はアムちゃんって呼ぶから、私の事はステラって呼んで?」
「ア、アムちゃん……?」
そうだそうだ。この時、物凄く驚いたような顔をされたんだった。そりゃ、ジェイクは男の子なのにアムちゃんだなんて、普通はあり得ないよね……アハハ。
「早くパパとママに会いたいね」
「……心配なんてしてくれてないよ」
当時のアムちゃんは暗い表情でそう言った。
「え、どうして?」
私が心配そうに聞くと、アムちゃんはいろんな事を溜め込んでいたのか、膝に顔を埋めながら、いろんな事を話し始めた。
「お父さんは仕事で海外を飛び回ってるから会えないし、お母さんもこの前死んじゃった。久しぶりにお父さんを見たのは、お母さんのお葬式だったんだ。僕は悲しくて棺の前でわんわん泣いてたけど、お父さんは特に悲しく感じてなかったみたい。だから、僕が家から居なくなっても、きっと心配してないよ。現に二日間もこの檻の中だし……きっと、僕が要らないから探さないんだと思う」
この時のアムちゃんはとても辛そうな顔をしてたから、どう言えば良いか迷ったけど……絶対にそんな事ないと私は彼を励まし続けたんだ。
「そんな事ないよ! 絶対にアムちゃんのお父さん、探し回ってくれてるよ! 絶対に迎えに来てくれるから……それまで、私も側にいてあげる! ほら、約束しよっ! ずっと、ずーーっと一緒っ!」
私よりも一回り大きな手を取ると、アムちゃんの青くて大きな目が少し潤んで見えた。
「ずっと? ずっと、僕と一緒にいてくれるの?」
「うん、ずっと側にいてあげるっ!」
私が笑顔で頷くと、アムちゃんは初めて嬉しそうに笑ってくれたのだった。
その後――小指を絡めて約束し合って、眠くなってアムちゃんと一緒に寝てたら、パトカーのサイレンが聞こえてきて、警官隊が駆け付けてくれた。
アムちゃんは衰弱していたからか、真っ先に警官隊に保護された。私も後から警官隊に保護された後、パパとママと再会できたから、きっとアムちゃんもお父さんに会えたんだって思ったんだ。
(懐かしいな。今は成長して男の子の身体になってるけど、初めて会った頃は女の子みたいで凄く可愛らしかったなぁ。……あれ? もしかして、約束って、ずっと一緒にいようねって言った時の事?)
もし、子供の時に約束した事を指しているのなら、どれだけ純粋に私の事を思ってくれてたのだろう。幼少期に約束した事を私は忘れてて、ジェイクだけずっと覚えてくれてたとは思わず、私は少し申し訳ないような気持ちになってしまう。
「ジェ、ジェイク……」
「ん?」
「約束って、ずっと一緒にいようねって約束の事……?」
恐る恐る聞くと、ジェイクはニッと笑った。
「大正解。やっと、思い出してくれたんだな?」
そう言ってジェイクはまた私にキスをして来ようとしたので、私は押し除けるように慌ててガードしてしまった。
「あれは子供の時に交わした約束はずでしょ!?」
「俺はあの約束を果たす為に転校してきたんだ。高校3年になって、自分の志望する大学がニャパンにあったから、ステラがいる高校に転校しようと思ってさ」
にゃんですと!? 私と小さい頃に交わした約束を果たす為だけに転校してきたですと!? ちょ……ちょい待ちっ! どうやって、私がこの高校に通ってる事を調べたのよ!?
私は何言っているのか分からないという表情のまま、目の前にいるジェイクを見つめていると、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「つまり、その約束を交わした時点で、ステラは俺のモノになってたって事になるな」
「うにゃあぁぁっ、どうしてそうなる!? 私達はお互いまだ知らない、ほぼ初対面同士じゃない!」
「じゃあ、お互いの事を理解できたら、俺のモノになってくれるのか?」
「えっと、それは……」
突然の申し出に私は何も言えなくなってしまった。
(うぅ……急展開すぎて頭が回らない。お互いの事を知った後は付き合う事になるの? アムール族とクロアシ族の私が? でも……万が一、趣味や性格が合わなかったら、わざわざ私との約束を果たす為に転校してきたジェイクを、フッてしまうことになるのかな)
私が思い悩んでいると、ジェイクは良い事を思い付いたのか、「じゃあ、こうしよう」と話を切り込んできた。
「今週の土曜日、俺とデートするってのはどう?」
「デ、デート!?」
まさかのデートのお誘い! いや、待って待って。期待させてしまったら駄目だし、どうしようかなぁ……と返事を渋っていると、ジェイクは得意気な笑みを浮かべた。
「実は美味しいケーキ屋を知ってるんだ。女の子は甘いの好きだろ? そこの店はマタタビ茶も美味いぞ」
「ケ、ケーキにマタタビ茶!?」
うわぁぁ……ちょっと興味あるかも♡ でも、ケーキとマタタビ茶に唆られるなんて、食欲旺盛な女の子だって思われないかしら!?
ジュワッと湧き出てきた唾液を飲み込み、再度思考を凝らし始めた。
(凄く行きたいけど、ジェイクの気持ちはどうなるの? これは彼の気持ちを利用してるだけじゃないのかな……?)
そう考えていると、ジェイクが私の眉間の間を指で解すように突いてきた。
「今ならなんと! あの巷で有名な幸せになるマタタビケーキ付き!」
「……くぅぅっ、採用ッ!」
自分の食欲には勝てなかった。悔しいが、食べ物とマタタビ茶に釣られて、週末にジェイクとデートの約束をしてしまった私なのであった。
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