第五話

「さぁ、この中で大人しくしてろ!」

「ヤダヤダヤダッ、暗いのヤダーーーー!」


 私が拉致されたのは寒い冬の事だった。5歳になったばかりの私は両親に連れられて大型ショッピングモールで買い物をしていた。


 その日はラグドール族だけで編成された人気アイドルグループ『Bijouビジュー』が、近くの競技場でライブを行っていた為、人がごった返していたのだけは覚えている。


 当時、とても小さかった私は大勢の人混みに流されて、両親とはぐれてしまった。泣きべそかいて俯きがちにショッピングモールのベンチに座っていた所、声をかけてきた見知らぬ男の人に半ば無理やり手を引かれ、そのまま車で連れ去られてしまったのだ。


 窓の外を覗き込むと、ショッピングモールの建物から離れていくのが見えた。子供ながら、このままではマズイと思い、側にいた見張り役の男の指に思いっきり噛み付いたら、動かなくなるまで頬を叩かれてしまった。


 私は口と手足にガムテープをされて、何処かの倉庫街まで連れて行かれた。結局、私は荷台の隅で、ブルブルと震える事しかできず、最終的に誘拐犯に連れて行かれた先は暗くて寒い倉庫の中だった。


「大人しくしてろよ? 騒いだら殺すからな」


 窮屈な檻の中に投げ入れられた後、なんとか自力でガムテープを取り除き、起き上がった私は小さな手で檻の柵を掴みながら出口に向かって叫んだ。


「ここから出して! 良い子にするから、パパとママに合わせてよ! お願い、誰かっ!」


 小さな手でガシャン、ガシャンと柵を掴んで必死に前後に揺らすが、南京錠は柵の揺れに合わせて動くだけで扉はビクともしなかった。


「どうしよう、どうしよう……!」


 襲ってくる不安と孤独。親とはぐれ、迷子になるだけでも恐ろしいのに、見知らぬ男の人に連れ去られて叩かれた挙句、こんな暗くて冷たい檻に閉じ込められた私は叫び倒した。


「うわぁぁぁぁんッ! 早く、パパとママの所に帰らせてよぉぉぉぉっ!」

「うるっせぇぞ、静かにしやがれ!」


 近くにいた男が、私が入っていた檻を思いっきり蹴飛ばしてきた。そのせいで檻がガシャン! と大きな音をたてて、勢い余って横向きに倒れてしまう。


「うう……いたぁい……」


 身体の節々が痛む。私は頭をぶつけてしまったのか、頭を守る体勢になったまま、暫く起き上がれなかった。そのままの体勢で薄ら目を開けてみると、目の前にはデニムに白い靴を履いた男と、黒いパンツに焦げ茶色の革靴を履いた二人組の男が、檻の側で話を始めたのだった。


「おい、その檻はアムールトラのガキが入ってるんだぞ? 一緒に閉じ込めて大丈夫なのか?」

「大丈夫だろ。アムールトラは子供でも頑丈だしな。もう一匹のクロアシネコは獰猛と言われているが、まだまだ小さい。それに発情期を迎えてないガキが子作りなんてしねぇし、なんにも心配ないさ」


 野蛮そうな口調の男に対し、もう一方の男は呆れたように溜息を吐いた。


「そう意味で言ったわけじゃないんだがな。そいつらは貴重なアムールトラの子供とクロアシネコを祖先とする子供達だ。もっと丁重に扱えよ? 他のガキ共とは違って、希少種は値段も破格なんだから」

「はいはい、気を付けるよ。ったく、ガキのお守りなんて似合わない面倒事を任されたもんだ」


 そう話しながら、二人組の男の話し声と足跡は遠のいていった。


「待って、置いていかないでっ! ねぇったらぁぁーー! 誰かここから出してよーー!」


 私がいくら叫ぼうと誰も答えてはくれなかった。ゴゴ……ンと鉄の扉が閉まる絶望の音が倉庫内に響く。それを聞いた途端、手がブルブルと震えだした。


「や、やだ……一人は怖いよ」


 この厳しい冬の寒さで、寒すぎて歯がカチカチと鳴った。私は震える腕を摩りながら、その場でへたり込んでしまったのだった。


「へっくち! うぅ、寒い……」


 寒すぎて頭がボーッとしてきた。ミィ……ミィ……と、この建物のどこかで赤ちゃんの泣く声が聞こえていたのは、今でも鮮明に覚えている。


(そうだ、段々思い出してきた。私、お腹すいてきて、ママ特製のうずらの丸焼きが食べたいって思ったんだ。そしたら、ますます家族が恋しくなって。男に叩かれた頬のジンジンとした痛みも増してきて、悲しくなって、余計に怖くなってきて……私、ここでパニックになって泣き叫んでたんだ)


 私は記憶を更に掘り起こしていった。私は柵を握り締めながら力無くへたり込んだ。泣き叫びすぎて、過呼吸になりかけながら、止めどなく大粒の涙が頬を伝って流れ落ちていく。


「誰か助けてよぉ! パパァァァァッ、ママァァァァッ! 怖いよぉぉぉぉ!」


 ウゥ……グルルル……。


「……ッ!」


 後ろから獣の唸り声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間、背筋が凍りついてしまった私。ドクンドクンと心臓が煩いくらいに脈打ち始め、元々、冷たかった手が更に冷たくなり、恐怖で身体がカタカタと震えてしまう。


(な、何……後ろに何かいるの? オ、オバケだったらどうしよう! 私、どうしたらいいの!?)


 そう思っていたら、いきなり後ろから誰かに手をギュッと掴まれてしまった。

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