第二話


「皆、おはよー!」


 私は教室の扉を開け放つと、先週まで愛想良く挨拶をしてくれていたクラスメイト達の目が、好奇の目に変わっていた。


「あの二人、確か絶滅危惧種の一族だったよね?」

「そうそう。同族としか結婚できないかもしれないんだろ? あの意味わかんない法律のせいで」

「なんか可哀想だね。私、違う種族で良かったわ」


 一部の生徒がこちらを見つめ、ヒソヒソと噂話をしている。まるで獲物を狙うようなギラギラとした鋭い眼光が、一斉に私とミラに向けられ、ビリビリとした嫌な空気を肌で感じ取り、尻尾が自然と逆立ってしまった。


「ス、ステラ……皆、なんか怖いよ」

「平気よ。悪い事はしてないんだし、堂々と胸を張っていればいいわ」


 いつもと明らかに違う教室の雰囲気にミラはビクビクと怯えていたが、私はミラの手を繋ぎながら自分の席に向かって歩いていった。ちなみにミラの席は私の左隣で、お昼はいつも一緒に食べている。


「ありがとう、ステラ。私一人じゃ怖くて歩けなかったかも」

「大丈夫よ。こんな噂、数日の内になくなると思うわ!」

「うん、そうだね!」


 ミラと笑い合い、自分の席に着く。持っていた鞄を机の上に置き、中から教材を取り出していると、黒い髪の男が近付いてきた。


「おい、ステラ! お前とつがいになったら、国からの補助金がたんまり出るって本当かよ!?」


 目の前の男子生徒はニヤリと意地悪く笑った。


 男子生徒の格好は制服のパンツを、わざと腰までずり下ろしていた。制服の白シャツはボタンを留めずに羽織っており、中には黒色のTシャツを着用している。そして、奴等特有の豹柄のスニーカーを履いていた。


 校則ではそういった格好は禁止されているが、何度注意されても直さないので、先生が匙を投げてしまったのだ。


(はぁ〜〜、でたでた。ジエンって本当に暇なのね。こっちは授業の用意で忙しいっていうのに、羨ましい……)


 昔から私に絡んでくる黒ジャガー族の男。コイツの名前はジエン・マッカートニー。なんと、幼稚園から高校まで一緒のクラスの腐れ縁である。


 昔、私に投げ飛ばされただけで、「ママーーッ!」って泣いて逃げてたくせに、今は私より図体がデカくなったから誰にも負けないって調子に乗ってる男だ。


 何故か、ジエンはこうやって私に絡んでくるの。本当にうんざりしてるわ。もしかして、私の事が好きなの? って、聞きたいくらい執拗に絡んでくるの!


 私に好意を抱いてないのは、最初から分かっていたわ。性格の悪いジエンは私を見下し、優越感に浸りたいから揶揄ってくるだけなのだという事だけは理解している。


 私は腕を組み、あからさまに溜息を吐く。そして、椅子に座ったままジエンを睨み付けてやった。


「絶滅危惧種族保護法案は、同族同士じゃないと国からの補助金がでないの。ニュースで見なかったのかしら? しかも、まだ立案の段階で制定された訳じゃないわ! それに、あんたはあの恥知らずのAKKIと親戚種族の黒ジャガー族でしょ? 私は誇り高いクロアシ族なの! それにね、私の先祖はあの伝説のキリンをも倒した誇り高き一族なのよ! ジャガー族みたいな、目立ちたいだけの下品な一族とは品格が違うのよ、品格が!」


 私の発言を聞いたクラスメイト達がクスッと小さく笑う。今笑ったのは、ジエンに迷惑をかけられている子達のものだろう。普段から大人しくしとけば、悪目立ちしなくて済むのに、馬鹿だなぁと思ってしまう。


「なんだとぉ!?」


 ジエンは苦虫を噛み潰したような渋い顔に変わっていたが、何か良い事を思い付いたのか、私を見下すような視線を向けてきた。


「フンッ、何が誇り高き一族だ! 小さいくせにキリンの頸動脈を噛みちぎるような野蛮な一族の間違いだろ! 小さい猫ちゃんは小さい猫ちゃんらしく、喉をゴロゴロ鳴らして男に媚び売ってりゃあいいんだよ! 特によぉ……てめぇは小さいくせに、胸だけはあるんだからなぁ!」


 最後の台詞は耳元で囁かれ、恥ずかしくなった私は自分の胸を手で隠してしまった。


「ケケッ! なんだ、普段から気が強いお前にも、恥じらう気持ちがあったのかよ?」


 私の反応に気を良くしたジエンは、ニヤニヤといやらしい目付きで笑いかけてきた。背筋に嫌な悪寒が走った私は、あからさまに嫌悪感を露わにする。


「最低! 本当にモラルのなってない一族ね!」

「ハッ、俺達は自由に生きてるって言ってほしいね! 最近のニュースは、モラルだの法律がなんだの煩わしいんだよ! 何をするにも決まり事ばっかりで、鬱陶しいったらありゃしない!」


 ジエンの台詞を聞き、私は心が騒ついた。昔、私を攫った奴と全く同じ言葉を吐いたからだ。ブルブルと怒りで身体が震え、私は感情的になってしまい、拳を机に叩きつけた。


「いい加減にしなさいよ! アンタみたいなのがいるから、この世の中の犯罪がなくならないのよッ!」

「ス、ステラ……相手にしちゃ駄目だよ!」


 ミラの静止を聞かず、私は反射的に立ち上がって低く唸り声をあげる。犬歯を剥き出しにし、鼻に皺を寄せてジエンの首元にかぶりつこうとしたタイミングで教室の扉がガラッと開いた。クラス担任のライオン族、ムファサ先生が入って来たと同時に、ハァ……と溜息を吐かれてしまう。


「ジエン・マッカートニー、お前は一体何をしてるんだ? また、ステラ・バーンズにちょっかいを出してるのか? 余程、反省文を書きたいらしいな?」


 先生に厳しい視線で睨まれたジエンは、「チッ! 命拾いしたな、チビ女」と悪態を吐いた。ポケットに手を突っ込みながら、右隣の誰も座っていない机を軽く蹴飛ばし、自分の席へと戻っていく。


 その様子を見たムファサ先生は、朝から疲れたというように、長い長い溜息を吐いた。


「やれやれ、どうしてお前達はこんなにも仲が悪いんだ。他の皆も黙ってないで、大喧嘩になる前にすぐに先生を呼びに来るように。我々の喧嘩は血が伴う。軽傷で済めばいいが、そうならない事が殆どだからな。さて、HRを始めるが、今日は皆に転校生を紹介するぞ! 入ってきてくれ!」


 教室に入ってきた転校生を見て、クラス中がザワザワと騒がしくなった。


「でか……」


 それが転校生の第一印象だった。身体が縦にデカい。恐らく190センチはゆうに超えているし、筋肉も程よくついている。けれど、顔の作りは中世的で綺麗だったので、クラスメイトの女子達はキャアキャアと騒いでいた。


「ねっ、ステラ! カッコいい人だね!」

「うん、そうだね……」


 彼の容姿はオレンジ色の短髪に青色の目……という事はトラ系の一族だろうか?


(あんな大きなトラの男の子は初めて見た。トラはトラでも何族の子なんだろ?)


 そう思いながら転校生の事を見つめていると、転校生と目が合った。表情は一切変わらなかったが、私と目が合った瞬間、転校生は少しだけ目を見開いたような気がした。


(な、何? 今、変な反応をしなかった?)


 私と目が合ったまま、数秒間––––お互い何故か目を離せなくなり、ドキドキと胸が高鳴り始めたのである。


(なんなのよ、この感覚は!? ど、動悸!? ただの動悸よね、これは!!)


 胸に手を当てて戸惑っていると、転校生はムファサ先生に「さぁ、クラスメイトに自己紹介を」と促されているところだった。


「ジェイク・ムーアです。よろしく」


 ジェイクと呼ばれた転校生は、簡単に自己紹介をした後、軽く頭を下げていたが、私達は近くにいた人達と目を合わせ、ジェイクの事でヒソヒソと話し始めた。


「ねぇ、ミラ。ムーアって苗字、聞いた事がある気がするのは、私だけかしら?」

「んー、私も聞いた事があるかも。でも、ジェイク君とは初対面だよね?」

「えぇ、そのはずよ。会った事はないと思う」


 どうやら、そう思ったのは私だけではなかったようだ。ジェイクを見つめながら考えていると、ミラが何かを思い出したように、私の袖をちょいちょいと掴んで引っ張ってきた。


「ねぇ、ステラ! ムーアって、あの巨大グループ企業、ムーアグループじゃない!?」

「え……もしかして、世界を繋ぐ貿易企業のムーア? って事は、あの人はアムール族の人!?」


 アムールトラを先祖に持つアムール族は、希少種の中でもダントツで少ない種族だ。そんな希少種の一族を、この目で見る日が来るとは思わず、キラキラとした目で転校生を見つめていたのであった。


(希少中の希少一族じゃない! 私、初めて見たわ! そりゃ、身体が大きいはずだわ!)


 私がそんな事を考えていると、いつの間にか自己紹介は終わり、先生がゴホンッ! と大きな咳払いをした。


「皆、今日からジェイクをよろしく頼むぞ! 席は……よし、ステラの隣の席に座ってもらうか! ステラ、ついでに校内の案内よろしく頼むぞ!」

「こ、校内の案内? 私がするんですか!?」


 私は驚き、椅子から立ち上がってしまった。しかし、ムファサ先生は「いいだろ? これからこのクラスの仲間になるんだから」と朗らかに笑っていた。


(よりによって、このクラスで一番小さい私が案内するの!? こんな背の高い人の!? えー、怖い人じゃなかったらいいんだけどなぁ……)


 そんな事を考えつつも私は椅子に座り、不安気に尻尾を左右に揺らした。そうこう言っている間に、ジェイクがこちらへ歩いて来る。背が高い分、足も長いせいか、一歩一歩が早い。


「よろしく、ステラ」

「えっと……こ、こちらこそよろしく……」


 いきなり呼び捨てにされたので、驚いて尻尾の毛が逆立ってしまった。今日の朝、訳の分からない法案に振り回された挙句、クラスメイトの女子達を敵に回したくはない。


(うぅ……クラス中の視線が痛いわ。というか、さっきまで教壇の上にいたのに、もう隣の席に座ってるのか。一歩一歩の歩幅が私達に比べて大きいのね。それなら、納得だわ。というか、今さりげなく私の事を呼び捨てにしたわね。外国ではそれが普通なの? だったら、ここでは親しい者同士じゃないと、呼び捨ては駄目だと教えてあげなくちゃね!)


 机の下でグッと拳を握り、貼り付けた笑顔で、「よろしく、ジェイクさん」と声をかける。すると、ジェイクは頬杖をつきながら、「ハァ、やっぱ覚えてないか」と小声で呟いていた。


「今、何か言った?」

「いや、なんでもない。おチビちゃん、今日はお前の歩幅に合わせて歩いてやるから、ちゃんと校内を案内しろよ?」


 退屈そうにそう言い放ったジェイクは、何故か不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。ジェイクの態度にカチンときた私は、口角がピクピクと震えてしまう。


(今、何て言った!? 今、私のことチビって言ったわね!? くあぁぁ〜〜、ムカツクッ! アムール族は世界一身体がデカイだけじゃなくて態度もデカイというの!? ふんっ、いいわ! 今に見てなさい! キリンをも倒したクロアシ族の底力、思い知らせてやるわ!)

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