第5話

 アルマス様は地下牢から出て行ったが、クリスティアン様の尋問は続いている。


「カレン……君の正体は何だ?」


 クリスティアン様の質問に、カレン様はにっこりと答える。


「異世界から来た聖女で、あなたの婚約者よ。だから、ここから出して?」

「……答える気がないなら、もういい」


 苦い顔をしたクリスティアン様は、これ以上聞き出すことを諦めたようで、大きなため息をついた。


「カレン。君が生きてここから出ることはないだろう」


 クリスティアン様はそう言って去ろうとしたが、カレン様は引き留めるよう笑い始めた。


「あははっ! エステルみたいに私の首も切り落とすのぉ?」


 カレン様は楽しそうに、立てた親指で首を切り落とす仕草をしている。

 クリスティアン様の眉間の皺が、ますます深くなる。


「ねえ、クリス様。エステルがダメで、私もダメで……次は誰を婚約者にしようか?」

「…………」

「私と結婚して、未練を断ち切れると思ったのにね。可哀想~。エステルの首とでも結婚する?」

「お前はっ……!」


 カレン様のこの言葉に、クリスティアン様は一番怒りの表情を見せた。

 だが、感情を抑えたようで、拳を握ってすぐに口を噤んだ。


「ふーん?」


 二人のやり取りを見ていた女神様が私を見ている。


「?」

「王子様とはどんな感じなの?」

「どんな感じ、とは……?」

「……あらら。でも、死んでから始まることも……無きにしも非ず?」

「?」


 女神様が可愛らしく首を傾げているので、つい私も首を傾げてしまった。

 言っていることについてはよく分からないが、回答を求めている様子ではないので、クリスティアン様の尋問に意識を戻す。


「あ、でも、エステルの首はクソ女神が持って行っちゃったか」

「なんだと、このっザクロの擬人化!」


 ぴっ! と可愛らしい怒りの声で鳴く女神様。

 ザクロって、あの見た目はよくないけれど美味しい赤い果実――?


 まさか、邪神がザクロを人間にしたのがカレン様? と一瞬思ったが、カレン様の現状のお姿をそう例えて言っただけのようだ。

 女神様の思考を理解するのは難しい……。


「……女神様は、エステルの亡骸をどうされるのだ? 我々には、返してくださらないのだろうか……」


 クリスティアン様の口から私の名前が出てドキリとした。

 カレン様が現れて処刑されるまで、私が見てきたクリスティアン様は冷たい表情ばかりだった。

 こんな弱々しい表情は久しぶりに見る。


「エステルの死体? そんなの知らないわよ」

「君は聖女なのだろう?」

「知らないって言っているでしょう? エステルは愛し子だから、大事にするんじゃない? 生まれ変わらせるとか……生き返らせるとか」

「生き返らせる!? そんなことができるのか!?」

「さあ? 知らなーい」


 カレン様はクリスティアン様をからかっているようだ。


「……そうか、国葬をするのはまだ早いかもしれない」


 だが、クリスティアン様は何かを思ったのか、慌てたように去って行った。

 その背中を見送りながら、カレン様が呟く。


「ばっかじゃない。生き返らせるなんて、いくら神でも不可能よ」

「『可能』よ」


 女神様が得意げにふかふかの羽毛の胸を張っている。

 でも……。


 生き返らせることはできても……私はそれを選択しないのが申し訳ない。

 そんなことを思っていると、カレン様が重い声で呟いた。


「……私はここで終わらないわよ」

「…………っ」


 カレン様の黒い瞳が不気味に光ったような気がして、私はゾッとした。


「ふん。ジュースにでもおなりなさい」

「!」


 ……ザクロのジュース、ということ?

 女神様のおかげで、怖いという気持ちが一瞬で吹き飛んだ。

 ありがとうございます。


「さあ。こんな辛気臭いところは出て、次はお姑さんを見に行きましょう」

「ユリアナ様、ですか……」

「あなたの無実を訴えてそうじゃない。良トメね」

「りょうとめ?」

「良いお姑さんってこと。今どうしているか、気にならない?」

「気に……なります」


 最後に会った時は、すでに私の悪いうわさが広がっていたときだった。

 その時は「やましいことがないのなら、堂々としていなさい」と言われた。

 私にはあまり興味がない様子だったが……。


「その前に! 服装を何とかしましょう! 幽霊といえど、見た目は気にしないと。とりま、ここを出ましょう」


 女神様がそう言った直後、再び一気に景色が変わった。

 暗い地下牢から明るい場所に出て、眩しくて目を閉じてしまったが……。


「わあ……」


 瞼をあけると、視界いっぱいに綺麗なネモフィラの花畑が広がっていた。


「綺麗でしょう?」

「! はい……」


 女神様も美しい女性のお姿に戻っていた。

 ネモフィラの花畑に立つ女神様は、本当に美しくて思わず息をのんだ。


「おしゃれをするには、気分をあげないとね! まず、その髪型……嫌いだなあ」

「! す、すみません」


 女神様のお姿に見惚れてボーッとしていた上、嫌いだと言われて慌てて謝った。


「違う違う。そのルンバに対しての言葉だから、気にしないで」

「……ルン、バ?」

「あなたの後頭部に引っ付いているこの大きなお団子よ」


 長い髪を一纏めにしているので、大きなまとめ髪になっているが、これは女神語ではルンバというのだろうか。


「前髪もぴっちり真ん中分けだし、ドレスも味気ないし……。あなたを見ていると、ロッテンマイヤーさんって呼びたくなるの」

「あの、私はエステルです……」

「知っとるわぃ」

「す、すみません……」

「謝らないの。……って、謝らせているのはわたくしね。わたくしは女神だけれど、そんなことは気にせず友達だと思って話してね」


 お気持ちは嬉しいし、女神様の要望には応えたいが、それは無理な話だ。

 今まで信仰していた肩を友達と思うだなんて……。

 

「ぜ、善処します……」

「政治家かな?」

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