私が死んだあとのこと 幽霊聖女は復活を望まない

第4話

　女神様に指示され、奥の牢へとすすむ。

　皮肉にもその牢は、つい最近まで私が入っていたところだった。

「カレン様……」

　牢の中にいたのは、蹲って唸り声をあげているカレン様だった。

　全身の肌が焼けただれていて痛々しい……。

　私は思わず顔をしかめてしまったのだが、肩にいる女神様は可愛らしい声で「ぴっ」と鳴いた。

「傷口にあら塩でもかましておく？」

「か、かます？　そのようなむごいことはできません！」

「そう？　首を切り落とされたあなたに比べたら、なんてことないでしょう」

「そ、そうでしょうか……？」

　神罰は恐ろしい……。

　やはり神とは、人の私では計り知れない存在だと、改めて肝に銘じることにした。

「あなたの聖なる魔法で受けた傷は癒すことができたけど、女神であるわたくしの魔法で受けた傷は中々治せないでしょう。しばらくはこのままだわ。痕も残るでしょうし」

　長く続く痛みを想像すると、更に顔を顰めてしまった。

　それに、治ったとしても痕が残るなんて……。

　全身――もちろん顔にもひどい火傷がある。

　あの美しかったカレン様が、変化した自分を見たらどう思うだろう。

「……それはあまりにも気の毒です。痛みだけでも、取ってあげられないでしょうか」

「あなたの居場所と尊厳を奪って、死に追いやった者よ？　ここでの一年を思い出して？」

「…………」

　まともな食事はなし。

　ほとんど放置の状態で、何かあるときも蹴られたり、突き飛ばされたり……。

　もちろん身ぎれいになんてさせて貰えなかった。

　ネズミの方がまだ自由があるだけマシ。

　女神様の言う通り、人としての尊厳がない一年だった。

　それでも……。

「苦しんでいる人を見たくはありません。善人を装っているのではなく、ただただ痛々しくて……」

「……そう。あなたがそう言うのなら、痛みだけはとってあげましょう」

　女神様が「ぴっ」と鳴くと、カレン様の体が光に包まれた。

　一瞬の光だったが、とても清らかでキラキラしていた。

「…………う？」

　本当に痛みがとれたようで、カレン様が反応している。

　私達の姿が見えていないカレン様は、何が起こったのか分からず不思議そうだ。

「あの、女神様。カレン様はどういう存在なのですか？　邪神の使い、と仰っていましたが……邪神とは？」

「……邪神というのは、神としての道を外れた、かつて神だったものよ」

　シマエナガの可愛いお姿でも、邪神という存在にとても複雑な思いがあるのが伝わってくる。

　詳しくお聞きしない方がいいのか迷っていると、こちらに向かって近づいてくる人達がいることに気がついた。

　先頭にいるのは見覚えのない看守だ。

「あ。あなたにひどいことをした看守達は、ちょうどその面子で狩りに出ていたから、森から一年は出られないように『迷い』の呪いをかけておいたから」

「え？」

「本当にごめんなさい。あとから罰を与えるのではなく、傷つく前に助けてあげられたらよかったのだけれど……」

　女神様の言葉が気になったが、看守の後ろにいる身分が高そうな装いの二人が見えた瞬間、固まってしまった。

「クリスティアン様、アルマス様……」

　やはり二人を見ると、少し動揺してしまう。

　一行は私達の近く、カレン様がいる牢の前で足を止めた。

　カレン様は痛みがとれたことで余裕ができたのか、ゆっくりとクリスティアン様に顔を向けて話し掛けた。

「クリス様……助けてよ……婚約者でしょう？」

　クリスティアン様の眉間には、深い皺が刻まれている。

　睨むというより、嫌悪と混乱が混ざった複雑そうな表情だ。

「君との婚約はなくなった」

「どうして？」

「どうしてって……君は女神様に罰を与えられるような者じゃないか」

「それって理由になるの？　私だって聖女なのよ？　ほら――」

　そう言ってカレン様は額を出し、焼けた肌に残る紋章を見せた。

「これはぁ本物よぉ？」

　そう言って笑う表情は、火傷と相まって不気味に感じてしまった。

　私だけではなく、クリスティアン様とアルマス様、看守も顔を顔が引きつった。

「きっつ」

　女神様がぽろりと零した言葉はまた女神語？

　さすが女神様だけは平気な様子だ。

　それにしても……確かに紋章は偽造することはできない。

　故意に偽造しようとしても、女神様の力によって必ず消えてしまうのだ。

　でも、邪神の使いだというカレン様なら偽造できるのかも……？

「女神様。あの紋章は本物なのですか？」

「……ええ。でも、わたくしが与えたものじゃないわ。紋章――痣だから違いが分りづらいけれど、あれはアネモネの花なの。あなたの紋章は青みがあるけれど、あの子のは赤みがあるでしょう？」

　自分の右手にある紋章を見る。

　確かに、前から同じものではないと思っていたが……。

「個人差だと思っていましたが、与えた神様が違った、ということですか？」

「ええ」

　私と女神様が話している間も、クリスティアン様達の話は進む。

「それでも、君はエステルを貶めて死に追いやった。だから――」

「あの子を殺したのはあなた達じゃない」

「「…………っ！！」」

　クリスティアン様だけではなく、アルマス様も息をのんだ。

「私はいじめられた、と言っただけ。あの子を有罪だと決め、首を切り落としたのはあなた達。違う？」

「そ、それは……お前が私達を洗脳したんじゃないのか！」

　クリスティアン様の反論に、カレン様はくすりと笑う。

「してないわよ？　私がしたのは少しの『増長』。あなた達の中にあったものを煽っただけ。つまり、エステルより私を選ぶ理由が、あなた達の中にあったということ」

「「…………」」

　カレン様の話を、二人は重苦しい顔で聞いている。

「完全にエステルの味方なら、私に惑わされたりしないわ。アルマス様のお母様も、ずっとエステルの無実を訴えていたじゃない」

　カレン様がそう言うと、クリスティアン様は口を噤んだ。

　アルマス様の母――ユリアナ様。

　とても厳しい方だったが、ユリアナ様は私を信じてくださっていた？

「……確かに、母上はずっとエステルを信じていた。だが、俺はエステルや母上よりも、他のものを信じてしまった。婚約者である俺が誰よりもエステルを信じなければいけなかったのに……。エステルを死なせてしまったのは……俺のせいだ」

　アルマス様はそう零すと、踵を返し、牢から去っていった。

「アルマス様……」

　私はその背中を見送ることしかできなかった。