私が死んだあとのこと 幽霊聖女は復活を望まない

第3話

　目の前で美女――女神様が棺に縋りついて泣いている。

　ネモフィラの花を敷き詰めた美しい棺の中には眠っているのは私だ。

　一見普通に眠っているように見えるが、首にははっきりと赤い線がある。

　動かすと頭と胴が離れてしまうだろう。

　やはり私は死んだのだ。

「ごめんね。わたくしが未熟な女神だから、こんな目にあわせてしまって……。必ず救ってあげるから……」

「……救う？　幽霊にして、ということでしょうか」

　半透明の体で自らの遺体を見ている私は、どう考えても『幽霊』だ。

　私のつぶやきを聞いて、女神様はこちらを見た。

　どうやら女神様には私の姿が見えるようだ。

　その目に見る見る涙が溜まっていく――。

　そして、堪えきれず溢れると、うわーん！　と更に号泣しながら私に飛びついてきた。

　見えるだけではなく、触れることもできるようで、女神様は私をぎゅっと強く抱きしめた。

「あなたの肉体を完璧に復元するには時間がかかるの……！　なるはやでがんばるから！」

「なるはや？」

「なるべく早くってこと」

「なるほど……」

　死んでから女神語を学ぶことになるとは……。

　それに、女神様がこんなに親しみやすいお人柄だったことに驚いた。

「心配しないでね。ちゃんと、あなたを生き返らせてあげるから」

　女神様が素晴らしい笑顔を見せてくれたが、私は首を横に振った。

「その必要はありません」

「え……どうして？」

　戻ったところで、どうやって生きていけばいいのか分からない。

　農民に戻るのか、また聖女として生きていくのか。

　どちらにしても――。

「……もう、生きることに疲れました」

　女神様に取り繕っても仕方ない。

　素直な気持ちを伝えると、女神様は大きく目を見開いた。

「……うぅっ」

　そして、また大粒の涙を流し始めた。

　女神様を悲しませてしまった。

「す、すみません、女神様……」

「ううん、いいの。……そうね。あなたは、とても疲れているわ。でも、死を急ぐことはないのよ？」

　女神様は向かい合って私と両手を繋ぐと、優しく微笑んだ。

「永遠の眠りにつくにしても、あなたの体を元に戻してあげたいの。それまで、わたくしと一緒にのんびりしましょう」

「女神様と？　ここで、ですか……？」

　周囲を見渡してみたが、ここはどこまでも広がっている何もない真っ白な空間だ。

　のんびりはできそうだが……。

「ここではつまらないでしょう？　だから、あなたが生きてきた場所を見ましょう。あなたの幼馴染だった二人——王太子と婚約者である公爵家の長男。あなたが大切にしていた人たちが、あなたが死んでどうなったのかを――。えいっ」

　女神様は可愛らしい掛け声を出すと、ずんぐりむっくりな白い鳥になった。

　ネモフィラの花がひとつ、飾りとしてついていてお洒落な鳥だ。

　鳥になった女神様がこちらに向かって羽ばたいてきたので両手を揃えて出す。

　すると、女神様は私の手に下りた。

「この姿の方が一緒に行動しやすいわね」

「可愛い……」

「シマエナガ、という鳥よ。ネモフィラの花と同じくらい好きなの」

「ネモフィラ――。お名前もそうですが、私の右手の紋章もそうですし、女神様の象徴となっている花ですね」

「ええ」

　女神様が「ぴっ」と鳴くと、私の髪にもネモフィラの髪飾りがついた。

　とても可愛い……このようなお洒落をしたことはなかったな……。

「これでお揃いね。わたくしは、他の世界で普通に生きていた女の子だったわ。死んでこの世界の女神になったの」

「！」

　女神様が普通の女の子だった？　驚きすぎて言葉がでない。

「あまり良い人生ではなかった。でも、子どもの頃、家族で見たネモフィラの花畑がとても美しくて、強く記憶に残っているの。あの花畑のような美しい世界にしたい――。だから、わたくしは名前も象徴もネモフィラにしたの」

『ネモフィラ』には、そのような意味があったのか……。

　自分の右手にある紋章を、重く思うこともあった。

　どうして私なのか、私に聖女が務まるのか……。

　でも、今の聖女様のお話を聞いて、この紋章を頂いたことをとても誇りに思えた。

　私の人生は終わったが、生きた間、少しだが女神様の役に立つことができてよかった。

「女神様のお心を知ることができて光栄です」

　心からお礼を伝えると、女神様は嬉しそうに「ぴっ」と鳴いた。

　だが、すぐに雰囲気が変わった。

「……だから、わたくしの美しい世界を害するものが許せない」

「め、女神様？」

「あ！　そうそう。あなたを殴った野蛮な男がいたでしょう？」

　怯んでしまうような空気を放っていた女神様だったが、また可愛らしい雰囲気に戻った。

「え？　ああ、執行人ですね」

「あの男は突然飛び出してきたネズミに驚いてすっ転び、周りにくすくす笑われる上に腕を粉砕骨折する運命を与えておいたわ。魔法での治癒は効かない、自然治癒でしか治らないようにもしておいたから」

　まん丸のつぶらな瞳で、ウィンクをする女神様が愛らしい。

　思わず聞き流してしまいそうになったが、私のために罰を与えてくださったということだろうか。

　お礼を言うべきなのか迷っていたら、女神様が私の肩にとまった。

「とにかく、あなたには色々と知る権利があると思うの。とりま、あの邪神の使いを見ておきましょう」

「とりま？　邪神の使い？」

　また女神語？　と思っているうちに、真っ白な世界から瞬時に景色が変わった。

　頼りないランプの灯りだけが周囲を照らす、陰鬱な暗い空間――王城の地下牢だ。

　一気に心が沈む。

「この牢屋は……私が過ごした場所ですね」

「ごめんなさいね、ここに来るのはつらいと思うけれど、『あれ』は今ここにいるの」