第6話

「どうしたの急に?最近全然連絡くれないんだもん。不安になっちゃうじゃん」

 その言葉に言い出そうとしていた言葉が詰まりそうになったが、これまでのことを久恵に包み隠さず全て話した。

「ひどーい、私に隠れてコソコソお見合いなんてしてたんだー」そう言って頬を膨らませた。

「それは、…」

 何を言っても言い訳にしかならない。繋ぐ言葉を見つけられずにいると、久恵は急に表情を崩して笑顔を見せた。

「なーんてね、ちょっと意地悪してみただけ。本当にいじり甲斐があるよねマコトは」

 そのあっけらかんとした態度に言葉を失う。

「私はいいと思うよその縁談。だってそんなチャンス滅多にある事じゃないよ。私のことは気にしないで。マコトが幸せになることは私の幸せでもあるんだから」

 笑顔でそう語る久恵に失望にも似た感情が湧いた。止めてくれるかと思っていた。もしかして、久恵は厄介払いができるいい機会だとでも思っているのではないかというよこしまな考えが頭をよぎった。表情の機微からその感情を読み取ったかのように久恵の表情は急に厳しくなった。

「でも勘違いしないで。私はこれまでマコトのことを真剣に愛してきた。今でもその気持ちは変わらない。私だって辛いんだよ。辛いに決まってるじゃない。体が二つに引き裂かれるみたいだよ」

 その目に溜まっていく涙を見て、久恵に少しでも疑いを持った自分を深く恥じた。同時に、自分自身に卑怯な魂胆があったことに気づかされた。相談なんて建前に過ぎない。単に決断を久恵に押し付け、牧原さんの申し出を断るために利用しようとしていたんだ。

「でもしょうがないじゃない。きっとそれが一番いい選択なんだよ」とうとうその目からとめどなく涙が溢れた。

 泣きじゃくる久恵をただ抱きしめることしか出来なかった。どれくらい時間が経っただろう。ひとしきり泣いた後、久恵は涙を拭い精一杯の笑顔を作ってみせた。

「あー、スッキリした。私のことなら大丈夫、心配しないで。だって私はキューちゃんだもん。でもね、私気づいたの。キューちゃんは私だけじゃない、マコトもキューちゃんなんだよ」

 返す言葉が見つからなかった。

「じゃあこれでお別れだね。でも困った事があったら何でも相談して。by all meansで力になるから」

 チラリとまた涙が流れたように見えた。それを見せないかのように慌てて久恵はきびすを返した。

「見送りはいいよ。辛くなるから。さよなら。今までありがとう」

 呼び止めることはできる、追いかけることもできたはずなのに、何もできず小さくなって行くその背中をただただ見つめることしかできなかった。


 この後どうやって家に帰ったかは覚えていない、部屋に入るなりベッドに突っ伏し泣いた。

 泣いた。

 泣いた。

 それこそ一生分の涙を流したのでは無いかと思うくらい泣いた。


 一晩中泣き明かしたところで忘れ去れるほど久恵は軽い存在では無い。でも、決心は固まった。

 牧原さんとの約束の日、こちらからも結婚を前提とした真剣な交際をお願いしますと返事をした。

 その返事に喜ぶよりもまず、牧原さんは辛い選択を強いてしまったことを涙ながらに詫び、久恵の勇気を讃えてくれた。この人となら大丈夫、そう思った瞬間だった。


 このことを両親に報告すると、無関心だったはずの父が結婚資金の援助を申し出てくれた。母も、私の目に狂いはなかったとご満悦で2人の仲を応援してくれた。両親の協力が流れにさおさし、トントン拍子に縁談がまとまった。


 全ての準備を終えたところで、久恵に招待状を送り、電話を入れた。久恵はまるで自分のことのように喜んでくれた。

「いいなぁ。私も絶対マコトより素敵な彼を見つけるからね。その時は絶対お祝いしてよ」

「約束する」そう言って電話を切った。

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