第5話

 母の頼みでしぶしぶお見合いをすることになったが、勿論この牧原さんという人と結婚するつもりなどさらさら無い。母の顔に泥を塗るわけにもいかないので、失礼な態度をとることなく一緒にいて退屈な人だとでも思わせて、向こうから断るようにもっていこうと決めた。


「こんにちは牧原さんでしょうか?」

「はい、初めまして。水川さんですね。お母さんとは仲良くさせてもらってます。あの、初対面で失礼かもしれないですけど、マコトさんと呼んでもいいですか?水川さんていうとお母さんのイメージ強くて」

「構いませんよ」

「よかった。マコトさんのお母さんから映画券いただいたんで、これから観に行きましょう」

 その映画券はホラーもので母の魂胆が透けて見えた。でも、久しぶりに観る映画はいい気分転換になって思いのほか楽しめた。

「面白かったですね」牧原さんはそう言って笑顔を見せた。

「よかったら、この後お茶でもどうですか?」

 映画だけ観て別れたのでは決まりが悪い。当たり障りがないよう接しなければと思いした提案だった。

「いいですね。それなら行きつけのカフェが近くにあるので、そこに行きましょう」


 牧原さんとの会話は予想外に弾んだ。同じ業種だからこそわかる苦労話や専門的な知識は、まるで長年の戦友のように思わせるものだった。

「もうこんな時間。今日はこれで失礼します。また会っていただけますか?」

 断る事が出来なかった。牧原さんに対して恋愛感情というものはなかったが、また会いたいと思わせる魅力があった。


 気付けば牧原さんとのデートは5回目を数えていた。このままではいけない。誰も傷つけないように破談させるつもりだったのにずるずると関係を続けてしまった。結婚する気もないのに思わせぶりな態度をとり、結果として牧原さんの時間を奪っているに他ならない。

「今日も楽しかったです。じゃあまた来週同じ時間に会ってもらえますか?」そう笑顔を見せる牧原さんを見て胸が潰れそうになった。

「あの、牧原さん実は、…」

 全てを打ち明けた。

 自分には久恵という彼女がいることを。

 冷却期間ではあるけど諦めていないことを。

 牧原さんとは今後会う事はできないということを。

 洗いざらい包み隠さず全てを話した。


 終わった。最低だ。母にも顔向けできない。でも、こうするしかなかったんだと自分に言い聞かせた。


 牧原さんの反応は予想外のものだった。

「知ってます。水川さん、えっとマコトさんのお母さんから全て聞いてます。でもいいんです。だけど、今はまだ結論を出さないでください。私はマコトさんのことを真剣に好きです。来週もう一度だけ会ってもらえませんか?そこで返事をください。それでダメなら諦めます。だから、この一週間はマコトさんにも真剣に考えて欲しいんです」

 恋愛感情なんて持っていなかったはずなのに、その牧原さんの言葉は琴線に触れた。湧き上がってくるそれまでになかった感情が久恵への裏切りのように感じて必死に振り払おうとしたが、高鳴る胸の鼓動を抑える事は出来なかった。

 もともと断るつもりだったので、久恵には牧原さんのことは伝えていない。だけどもうそんなわけにはいかない。

 久しぶりに久恵に電話をかけた。

「今から会えるかな?相談したい事があるんだけど」



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