第3話
結論から、あのダンス教室に通うことは許されなかった。
向かい合って、腹を割って話したけれど、直美を説得することはできなかったのだ。彼女に言わせれば、男女が抱き合って踊るなんてまだ早い、とのことだ。
まだ早いというならいつならいいのかと尋ねると、高校卒業したら始めてもよいと言質を得た。大学にもなれば、サークル活動の一つや二つあるだろうと。
不満がなかったわけではないが、亮介の目的は、今後、踊ることを一つの選択肢として持つことだ。長い人生の中で付き合っていこうと思うなら、それはやっぱり胸を張って始めたい。
それからしばらくして、近所で講師の典子と再会した。
ダンスは親が許可しなかったこと、高校を卒業したら始めたいと思うことを話して頭を下げると、典子は残念そうな顔を隠そうともせず、しかし笑って待っているわと言った。
しかしその笑顔は、美穂によろしく伝えてほしいという亮介の言葉で暗く曇った。
そして、亮介は知った。
美穂が昨日、階段から落ちて亡くなったということ。
亮介は呆然とその知らせを聞いた。頭が真っ白になった。
そうしてまっさらになった頭に、典子が、告別式に来ないかと言ったのだ。
そうして、今、亮介は美穂の娘と相対している。傘を差し、会場から少し離れた木陰で、雨を憂いながら。
娘は十代に見えた。亮介よりも年上に見え、そしてしきりに周囲を気にしていた。聞けば、本当は行ってはならないと言われたのに来てしまったのだという。その理由を彼女は決して語ろうとはしなかったし、亮介も訊くつもりはなかった。母がどういう人か知りたいと思ったが、それもあって結局誰にも聞くことはできなかったという。
娘は最初、亮介を美穂の再婚後の息子──つまり自分の弟ではないかと思ったらしい。
ただ一度踊っただけだと聞いて、娘は不思議そうに首を傾げた。
「それだけで、どうしてここに」
亮介は少し迷い、そして答えた。
「娘さんにしたかったであろう話を聞いてしまったからです」
踊ること。
彼女は、自分の母がああも踊り、そしておそらくはそこに救いを得ていたことを知っていただろうか。うつむき、暗い顔をしている彼女は、踊ることを知る人生を歩んでいるだろうか。
そして、それを今更になって、亮介の口から伝えられることをどう思うだろうか。
亮介にはわからない。
下を向きそうになって、それでも亮介は胸を張って前を見る。内心を計り知れない、違う人生を送ってきた人に向かい合う。
娘と、まっすぐに目と目があう。
彼女は言った。
「聞かせて、私のお母さんの話」
亮介は、かすかに右足を踏み出しながら、口を開く。
雨音の中で、美穂の踊りの話をする。
踊ることのはなし 羊坂冨 @yosktm
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