災難
隣町のファストフード店で遅い夕食を済ませた私たちは、暗闇の県道を帰宅の途に就いていた。
「ハンバーガー、すごくおいしかったです」
期間限定と銘打たれた異形――もといレバニラバーガーとやらを注文するのを真横で見ていた私は、若さゆえの怖いもの知らずっぷりに度肝を抜かれたものであった。
同時に先ほどとは逆に、今夜は彼女の看病をするはめになるのではないかと、そんな予感すらしていた。
だが、バンズから巨大なレバーがはみ出したブツに一口かぶりつくなり彼女が見せたあどけない笑顔によって、それが杞憂であったことに心底安堵したのだった。
「中原さんが食べていたのはおいしかったですか?」
「ああ、塩辛バーガー? あれは……すぐにメニューから消えるはずだから、もし挑戦するなら早めにしたほうがいいと思う」
いまだ生臭い呼気と一緒にそう吐き捨てる。
町の境界にあるコンビニで食料品を調達し、そこから車を走らせること三十分。
どうにか官憲の世話になることなく、自宅へと帰ってくることができた。
「体調はどうですか?」
「おかげさまで絶好調」
さすがに背中に羽が生えたようとまでは言えないが、それでも数時間前とは比ぶべくもなかった。
「お風呂沸かすから、先に入ってもらってもいい?
「あ、持ってきました」
どうやら本当に泊まる気まんまんで来ていたようだ。
客間に来客用の布団を一組敷いて居間へと戻ると、たいして面白くもないテレビ番組を観ながら時間を潰す。
終盤から観始めた洋画がスタッフロールを流し始めた頃になり、台所の奥にある脱衣所の戸が開く気配を感じた。
座卓に肘をついたまま、暗がりにあるそちらに顔を向ける。
果たしてそこにいたのは待ち人その人だったのだが、その異様な出で立ちに手にしていたスマホを取り落としてしまう。
「ドライヤーってお借りしてもいいですか?」
「……その格好は?」
「え? なにかヘンですか?」
寝間着代わりに学校の体操服を着るのが変でないのなら、彼女には何ひとつおかしなところなどない。
「あ、これですか? 今日の朝お母さんのお見舞いに行くとき、まだ部活に出ようかどうか迷ってたんです」
「いや、事情はわかったけど」
白いTシャツタイプのそれは私が在学していた時代と同じ物で、襟とボディラインに配された学年カラーだけが異なっていた。
それはそうと、これだけは断言できる。
たとえ相手が姉の知り合いだとはいえ、ほとんど初対面の成人男性の家に泊まる時にしていい格好ではない。
もっとも、ほとんど初対面の成人男性の家に泊まる、という前提が有する大問題に比べれば、それはあまりに些細すぎる問題なのかもしれないが。
「中原さんは学生のころ、家で体操服って着てませんでしたか?」
「そういえば着てたかも」
「体操服って楽じゃないですか?」
「確かに楽かも」
「ですよね!」
「……うん」
たった3ターンの会話で私が意見する機会を奪い去った彼女は、髪を乾かすためか再び脱衣所へと去って行ってしまった。
やがて戻ってきた彼女と入れ替わりで風呂へと向かう。
浴槽の天井を仰ぎ見ながら大きく息を吐くと、口から白く薄いモヤが出ていくのが見えた……気がした。
少女が幾ばくかの安息を得る手助けをしたい。
私は今回の件を、そんな程度に甘く見積もっていた節がある。
だたよくよく考えてみると、私のこの行いは家出少女に宿を与えていることと、さしたる違いがないように感じた。
そういえばまだ彼女の年齢すら知らない。
彼女が着ていたのは高校の制服だった。
では昨年、初めてその姿を目撃した時に身にまとっていたのもそうだったか、それとも中学のものだったか。
いずれにせよ、七つ以上歳が離れていることは間違いない。
「だからといって、今さら帰れとは言えないしなあ」
だとすれば私にできるのは、再び覚悟をもって自らの決断と対峙することしかないのだろう。
冷水を被ってから浴室をあとにすると、脱衣所の洗濯機の上に、真四角に折りたたまれたセーラー服が置かれているのが目に入った。
そういえば着替えや下着類も持参しているのだろうか?
明日の朝にでも一度、着替えを取りに彼女を家に連れて行ったほうがいいかもしれない。
そんなことを思いながらふと足元に落とした視線の先に、そこにあってはならぬ色鮮やかな塊を見つけ、思わず息を呑む。
考えるよりも早くその色彩を洗濯槽の中に放り込み蓋をすると、何事もなかったかのように装い脱衣所をあとにした。
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