旧友

 高畑の家から五分ほど車を走らせたところで、オレンジ色に染まる低い山を背負った母校の古びた建物が見えてきた。

 苔むしたコンクリート製の校門の前には、私たちと同じように黒い衣装に身を包んだ複数人の若い男女が輪のようになってたむろしている。

 今夜は通夜であるのだから、本来は必ずしも礼服を着用する必要はないのかもしれない。

 ただ、盆休みの最中という時期的に、否が応でも軽装となる平服で行くのははばかられ、皆で事前に申し合わせて正装で伺おうと決めていた。

「車は中に入れちゃえばいいよ。学校には許可を取ってあるから」

 高畑の指示に従い敷地内に車を乗り入れる。

 来客用の駐車スペースは既に埋まっていたので、職員用の空きスペースに車を正面から突っ込ませた。

 ドアを開けて車外に出ると同時に、校門の前にいた人集りが一気にこちらに目を向けてくる。

 その誰も彼もが――当たり前といえば当たり前だが――知った顔ばかりで、懐かしさと同時に妙な気恥ずかしさに襲われ咄嗟に頭を掻く。


「あ! 二人とも久しぶり! 特に中原くん!」

 真っ先に声を掛けてきたのは女子のクラス委員長だった芝川しばかわさんだった。

 彼女は今回の件で高畑と共に同級生たちに声掛けを行ってくれたそうだ。

 昔と変わらぬ愛嬌のある丸顔とふわふわとしたショートボブの組み合わせは、六年の月日を感じさせないほどに当時のままであった。

 風のうわさ、というか道すがら高畑に聞いた話によれば、彼女もこの町から遠く離れた都会でウエディングプランナーの職に就いているそうだ。

 他の面々も姿形に多少の変化こそあったが、やはり往時の面影を強く残していたので、誰が誰なのかはすぐにわかった。

 私たちの到着が最後だったようで、互いに簡単な挨拶を済ませると誰からというわけでもなく、通夜が行われる水守家に向け集団は動き出した。


「通夜に参列するメンバーはここにいるだけで全員?」

 黒アリの最後尾で肩を並べていた芝川さんにそう尋ねる。

「あ、うん。その……急だったからね」

「まあ、それもそうか」

 確かに私のように今朝になって連絡を受けた人が、すぐに『それじゃあ』と馳せ参ずることは、たとえ盆休みのこの時期であったとしても難しいだろう。

 特にうちの高校の同級生は、地元で職についた人数などたかが知れていた。

 皆若い身空ゆえ、盆暮れ正月には帰省するという感覚自体が希薄なのもあるだろう。

 それについては、こんなことがなければこの場にいなかったであろう私も、他人のことをとやかく言える立場ではなかったのだが。

 古い家並みの間にある、車一台が通れるかどうかといった細い路地へと一行は入っていく。

 行き先は知っていてもそこがどこにあるのかまでは知らない私は、ただただ前を歩く地元連中についていく他なかった。


 やがて周囲からは人の営みの気配が薄れていき、代わりに道の両脇には杉の木々が天に向かってそびえはじめると、そこかしこからヒグラシの鳴く声が蝉しぐれとなって降り注ぐ。

 どうやら里山に足を踏み入れたようだった。

 元々ほとんど失われていた夕日が杉の葉枝によって完全に遮られ、この場所に於いては既に夜の帳を下ろし切ってしまっている。

 銘々ポケットやバッグからスマホを取り出すと、カメラ撮影用のライトを懐中電灯代わりにして慎重に歩みを進めた。

 七人からの大人数であるがゆえに、夜の闇が心細いというようなことはなかったのだが、間違いなく今以上の暗がりを歩くことになるであろう復路のことを考えると、さすがに少しだけ憂鬱な気分になってしまう。


「高畑。水守さんの家ってまだ遠いのかな?」

 まるで子が親にするような質問を口にした私に、彼は一瞬だけ立ち止まって道の少し先を指差し言った。

「そこのお宅だよ」

 黒くて少しだけ節くれ立った高畑の指が差す方向に目を向ける。

 果たしてそこには一軒の住宅が建っていた。

 珍しい意匠の外観をしているというふうでもない、どこにでもあるような白い壁の戸建住宅。

 明らかに築浅であろうその綺麗過ぎる佇まいが、逆にこの山中に於いては不気味な雰囲気を醸し出している。

 もっとも、そんなふうに感じたのは我々がそこに向かっている目的のせいだというのはわかっていた。


 玄関先に提灯が置かれているということもなければ、弔問客を案内するような人の姿も見当たらない。

 密葬であるというので当然のことなのだが、そのことがなぜか痛く残酷に思え、次の瞬間にはそんな無責任な感想を抱いた自分が恥ずかしくなる。

 いつの間にか集団の先頭に立っていた芝川さんが、LEDの真っ赤なインジケーターが灯ったドアフォンのボタンを静かに押下する。

 しばらくして、アルミ製の玄関ドアがゆっくりと開かれた。

 その隙間からまず赤ん坊の泣き声が聞こえ、続いて水守さんの親族と思しき女性が顔を出し、最後に抹香の香りがゆっくりと顔の横を掠めていった。

「あ。あの、私たち唯さんの高校の同級生で……」

 ひと目見ただけで極限まで憔悴しきっているのが見て取れるその女性は、おそらく水守さんの母親なのだろう。


 ほとんど聞き取れないような声量で弔問への謝辞を口にした母親に、玄関を上がってすぐのところにある和室へと通される。

 八畳ほどの部屋の中心に敷かれた白い布団の上に、彼女は厳かに安置されていた。

 七人という大所帯で押しかけていた我々は、必然的に彼女が横たわる布団を取り囲むように座することとなった。

「唯、お友達のみなさんが来てくださったよ。……よかったね」

 母親はそう言うと娘の枕元に膝をつき、その顔に掛けられていた絹製の打ち覆いをそっと捲った。

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