ファーストキル
ファーストキル
目標達成の場所に選んだのはラ・フランスというラブホテル。幽霊が出るとか出ないとか噂されてるホテル。別にどこでも良かったんだけど、どうせなら雰囲気が素敵な所がいいと思った。
外観も看板もレトロだった。中に入ってもそうだった。これが昭和ってやつなのかな。いつ建てられたんだろう。たぶんきっと昭和だと思う。そうに違いない。
こういうのが逆におしゃれだって思う子もいるらしい。いい趣味してると思う。私もなんとなくおしゃれだなって思った。
天井にはシャンデリアっていうのかな?これまたレトロで豪華な、かわいい照明が吊るされていた。
壁は全面鏡貼り。前、右、左、上。どこを見ても私が写ってる。酷く最低でブスな私が。
リョウマには掛けをちゃんと払うから、今日このホテルまで来てほしいってラインした。部屋番号も教えた。今は出勤してる時間だ。でもすぐに既読がついた。その五分後に、必ず行くから待っててと返信があった。それから一時間くらいベッドの上に座って待ってる。
トートバッグの中からナイフを取り出してみる。ドンキで買ったやつだ。どれを買っていいか分からないからなるべく先が尖がってるやつにした。後は重すぎないやつ。値段は五千円くらいだった。買うときに年齢確認された。まだ使えるか分からない保険証を見せたら買えた。ホスクラもだいたいこれで大丈夫だったしね。
持って刺す練習をしてみる。空中に向かってナイフを突き出す。リョウマの姿を想像しながら突き出す。本当に私に出来るかな?メルちゃんが言ってたみたいにやり遂げられるかな?不安だ。でも大丈夫。きっと大丈夫。
私には心強い味方がいる。かわいいかわいいくまさん。私の大事な友達。ずっと胸の中で抱きしめてる。
<今から行く。あと五分くらい待ってて>リョウマからラインが来た。胸のドキドキが激しくなる。ナイフをバッグにしまう。
そうだ音楽を流そう。メルちゃんが所属してる「鬱鬱少女」の曲。
『ばっきゅんばっきゅん少女の犯行。ばっきゅんばっきゅん狙いを定め。ばっきゅんばっきゅん少女の抵抗。泣いたままじゃ終わらせない』
踊りたくなるようなアップテンポで激しい曲。かわいくて強くて尊いメロディーと歌詞。繊細だけど純粋なメルちゃんの歌声。いつ聞いても最高。
この曲はティックトックで知った。この曲で踊る動画をトー横でみんなで撮ったっけ。いいねが五百くらいついた。嬉しかったな。あの時のみんな今どうしてるかな?トー横を卒業してから全然会ってない。
ドアが開いた。リョウマが来た。音楽を止める。胸のドキドキがさらに激しくなる。
「なんでよりによってこのホテルなわけ?うわぁ年季は入ってんなぁ」
第一声がそれだった。久しぶり元気だった?とかじゃないわけ?心の底からがっかりした。
「動画見たよ。それがあのぬいぐるみ?」
何も喋る気が起きなかった。顔も見たくはなかった。でも無理やりリョウマはうつむく私の顔を覗き込んできた。酒とたばこの匂いがした。あの男と同じ匂い。
「なんも喋ってくれないんですか?困ったなぁ。喋らなくても、店で痛いことしてもいいけどお願いだから掛けだけはちゃんと払ってね」
「掛けはちゃんと払うから」
なんとか頑張って力を振り絞ってリョウマの顔を見て私は言った。顔を見るとあの時の事を思い出す。上手く稼げないから掛けを払えそうもないって言った時の事を。
ビルの非常階段に連れていかれて脅された。掛けを払えないならヤクザにお前を売るって言われた。なにがなんでも稼いで来いって言われた。稼げないなら闇金業者を紹介するからそこで金を借りろって言われた。そんなこと出来ないって泣いたら、大きい声で怒鳴りながら近くに置いてあった段ボールを思い切り蹴り飛ばした。あの男にされた事を思い出して怖くて怖くて仕方なかった。髪を掴まれて今日は許してやるから絶対掛けは払えよと言われた。泣いてる私を置き去りにしてリョウマはどこかに行った。
思い出すと体が震えそうになる。忘れたくても忘れられなくなった。だからやり遂げて心を安心させないといけない。
「俺も忙しいからさ。もうさっさと店いこうぜ。今日は掛け払うだけでいいからさ」
リョウマが手を差し出した。思わず体がびくってなる。
「いいよ行くよ。でも店に行く前にやって欲しいことがあるの。お願い」
「はぁ?何すればいいわけ?」
面倒くさそうにリョウマは言った。イラついてるのが分かる。でもやらなきゃ。
「このくまさんのぬいぐるみの顔を見て、くまさんに挨拶してほしいの」
「ったく、何歳なんだよ。そんなんでいいならいくらでもやってやるよ」
私は抱きしめていたぬいぐるみを両手で持って、ぬいぐるみの顔をリョウマの方に向けた。リョウマが少しかがんでぬいぐるみと目を合わせた。
「こんにち……」
そう言いかけた所でリョウマの体が金縛りにあったみたいに固まった。
動かなくなった。
(しょうもない男───)
頭の中で声がした。友達の声。
そして黒い煙がもくもくと出てきてリョウマにぐるぐる巻き付いた。
リョウマの顔はみるみる内に青ざめていく。こめかみに血管が浮き上がった。目が充血している。苦しそうに短いゲップのような音をげほげほと口から出している。
(しょうもない男は殺せ殺せ───)
「わかってるってば!もう少しだから黙ってて!ぬいぐるみのくせに!」
思わず叫んだ。
リョウマの顔は青から紫に色が変わっていく。白目をむいて涎を垂らしてる。
(しょうもない男は殺せそれか自分を殺せ選べ選べ───)
自分を殺すなんて嫌だ。死ななくちゃいけないのはクズみたいな私を傷つける男たちの方だ。
五分くらい経った。リョウマは気を失って、ばたんと床に仰向けに倒れた。
今だ。今だ今だ今だ。やらなくちゃ!
ぬいぐるみをベッドに置く。ナイフをバックから取り出す。刃を下にして持つ。
どこを刺せばいい?早くしないと起きちゃう。
一瞬ためらう。迷いを振り切る。やるんだやり遂げるんだ!
馬乗りになって、胸のあたりをめがけて刃先を突っ込んだ。上手く入っていかない。骨だ。骨が邪魔してるんだ。
少し下に移動して今度はお腹を目掛けてナイフを振り下ろす。
刃先がずぶっと中に入った。血飛沫が顔にかかる。
やった!出来た!私は他のホストを刺した女たちとは違うんだ!
またナイフを振り下ろす。一回、二回、三回……。何度も何度も何度も。
「この糞野郎!ざまぁみろ!ざまぁみろ!」
真っ赤な血で床がいっぱいになる。足も服も顔も汚れる。そんな事はもうどうでもいい。
リョウマが音を出した。口から「げふぇええ」と音を出してる。
息をしてる?まだ死んでない?まだ足りない?やり遂げないと。
「うるせんだよ黙れ!」
叫びながら黙らせるようにリョウマの首、喉の少し横あたりにナイフを突き刺した。
リョウマの息が止まった。何の音もしてない。ぐったりとしてる。
「リョウマ!リョウマ!」
肩を揺さぶって呼びかけてみる。何の反応もない。たぶん死んだ。
私は立ち上がってリョウマを見下ろす。爽快な気分だ。私はついにやり遂げたんだ。
やった。やったよメルちゃん。私やり遂げたよ!やったよマイナちゃん。目標達成したよ!やったよママ!私をほめて!
シャワーを浴びて血を洗い流す。血まみれの服とナイフをバックにしまって、持ってきた着替えに身を包む。そしてぬいぐるみを抱きしめる。
厚底ブーツ吐いて髪は結ばず降ろして、すっぴんのまま私はホテルから出た。
歌舞伎町のキラキラが私を祝福してるみたいに奇麗だった。
イヤホンをして音楽を聴く。
『ばっきゅんばっきゅん少女の犯行。ばっきゅんばっきゅん狙いを定め。ばっきゅんばっきゅん少女の抵抗。泣いたままじゃ終わらせない』
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