6

 

 私はいつも行為が終わると、服を着る前に煙草を一本吸うのが習慣になっている。でも今日は吸わずにすぐに下着を付け服を着た。

「あれ今日は吸わないんだ」

上島さんは憑き物が落ちたような表情でベッドに座りながらそう言った。深刻そうな顔でミズキの話しをしていた事が嘘みたいだった。

「あっ、これこれ」

 慌てた様子で裸のまま財布から一万円札を二枚取り出して私に渡してくれた。上島さんはこういう事は本当にちゃんとしている。だから信頼している。

「ありがとうございます。またよろしくお願いします」

 私の気がはやっているのを察したのか、上島さんもいつもより素早くテキパキとスーツを着た。ネクタイは締めず鞄にしまった。


「じゃあ行こうか」

 そう言うと精算機で上島さんは料金を支払った。いつものように金色のクレジットカードを使った。それはいつでも眩しい光を放っている。 

 私たちはその光に吸い寄せられて飛んで行く小さい虫なのかもしれない。吸い寄せられて、そこで養分を与えられてまた違う光へと飛んで行く。歌舞伎町、ホストクラブというきらびやかな光に。

 光に魅了されて、光から光へと私たちは移動する。光が消されたら私たちはいったいどうなるのだろう。光に強く照らされる事で私たちは光らされている。自分の力だけで光り輝くことは出来ないのだろうか。

 

 ホテルから出るとすぐそこで上島さんと別れた。

「じゃあ元気でね」とだけ言って軽く手を振りながら上島さんは一番街の方へと歩いていく。ネクタイはどこで閉め直すのだろう。そんな事を考えながら背中を見送ると、すぐさま一瞬で頭の中を切り替える。客と別れた一秒後にはお客さんの事など頭の中から消し去っている。いつもそうだ。私は急いで踵を返して逆方向に向かって歩きだした。


 ミズキはまだいるだろうか。十字路を右に曲がる。

 ミズキの姿がすぐに目に飛び込んできた。立ち疲れたのだろうか、地面にうなだれ座り込んでいた。


 様子がおかしかった。ミズキの様子もおかしいけれど、それよりもおかしいのはミズキを取り囲んでいる周りの空気だった。いつもより真っ黒く淀んでいる気がした。夜の闇の黒さじゃない。黒い煙のような物が立体的にミズキを包んでいる。

 足取りがいつもより早くなる。ミズキのすぐ側まで来ると、よりはっきりと黒い煙の存在が認識できた。なんなんだろうこれは。

「ミズキ!」

 黒い煙の中に思い切って手を突っ込んでミズキの肩に手を置いた。そして顔を覗き込む。ミズキは顔を上げて私の方を見た。


 ミズキの顔を見てぞっとした。ミズキの眼球に白い部分が一ミリも無かった。隙間なく真っ黒だった。カラコンを入れた時のような黒さじゃない。まるでそれはぬいぐるみの目を模した黒いビーズのようだった。呪いの熊のぬいぐるみ。その事が頭によぎって全身に鳥肌が立った。

 ミズキは何も言わず私の顔を見つめている。私がもう一度名前を呼ぶとミズキは瞬きをした。すると真っ黒い眼球はいつも通りの眼球に戻った。

「マイナちゃんおかえり」

ミズキがいつも通りの表情でそう言葉を発すると、ミズキの周りを取り囲んでいた黒い煙が、渦を巻きながら一ヶ所に集ると、吸い込まれるように消えた。吸い込まれて行った先にはミズキが抱いているぬいぐるがあった。

 

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