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ミズキは私が知る限り、人の物を盗んだり貸してもらった物を返さないといったモラルに欠けた行為をするような子じゃない。確かに体を売ってホストに通い続けるという行為は世間一般の価値観で言えば決して褒められた物じゃない。でも人間として最低限のモラルまでは失ってはいないと思う。
ミズキは何故ああまでして、あのぬいぐるみを欲しがったのだろう。特別な何かを感じ取ったのだろうか。もしそうだとしたら、あのぬいぐるみが呪いの熊のぬいぐるみと呼ばれている事と関係があるのだろうか。
確かにあのぬいぐるみは本能的に拒否感を抱かせる、異様な雰囲気を漂わせていた。でもそれはきっと気のせいだ。あのぬいぐるみに指先が触れた瞬間に目眩がしたのも、たまたま偶然タイミングが合っただけだと思う。
呪いの熊のぬいぐるみ。そんな物がこの世にあるはずがない。
「実はこの間、マイナちゃんが出稼ぎでいない時に、代わりと言ったらあれなんだけどミズキちゃんと遊んだんだよね」
上島さんは少しバツが悪そうに突然そう切り出した。私は別に上島さんが私以外の他の誰かと遊ぼうが気にしない。ただミズキがどんな様子だったかはとても気になった。
「ミズキお客さんといる時ってどんな感じなんですか?」
上島さんは、基本的には問題なかったんだけどと前置きをしてから、少し言い淀み気味にこう言った。
「当然裸になってもらうわけじゃん。そしたらミズキちゃんの身体のそこら中に青アザがあってさ」
ミズキは父親から暴力をふるわれていた。その跡が残っているのだろう。痛みで動けず、一日寝たきりになるほどの酷い暴力だったそうだ。想像するだけで痛々しく不憫でミズキを抱きしめたくなる。私は上島さんにミズキから聞いた生い立ちと、虐待を受けていた過去を告げた。
上島さんは驚かなかった。やっぱりそうなんだという感じで、うんうんとただ頷いた。そして一瞬腰を上げて座り直すと、さっきよりもさらに言い淀みながらこう言った。
「もちろん、昔からあるアザだなっていうのもあったんだけど、どう見ても最近出来たなっていうアザもあったんだよねぇ」
その言葉に私は絶句するしかなかった。現在進行形で誰かから暴力をふるわれているという事か。最近の明るく無邪気なミズキの様子からはまったくうかがい知る事のできない事だった。てっきり毎日楽しく過ごしていると思っていただけに衝撃が大きかった。
「ミズキちゃん大丈夫かなぁ?行為の最中もずっとブツブツ一人言を言ってるしさ。だからもうそんな事する気分じゃなくなって途中で切り上げちゃったんだよ」
上島さんの言葉がとても遠くで聞こえた気がした。悲しさとショックで心がぐしゃぐしゃになった。とにかく早くミズキの所に行って側にいてあげたいと気持ちがはやった。
「こんな事言わない方が良かったかな?」
「いえ。教えてくれてありがとうございます」
上島さんは立ち上がるとそそくさとスーツを脱ぎ始めた。それを見て私は自分が今やるべき事を思い出した。私も服を脱ぐ。
行為の最中、天井の模様を見つめながら、ベッドの軋む音を聞きながら、上島さんの体重を受け止めながら、ずっと私はミズキの事を考えていた。
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