6
「これ以上は危険だよ!」
犬神が慌てて駆け寄り俺の手からぬいぐるみを掴んで引き離した。
確かに犬神の言うように呪いのパワーで体力が大幅に削れて、危険な状態に陥っているのは自分でも分かった。身体の疲労感は今までに感じた事のない物だし、立っているのもやっとだ。油断すれば気を失ってしまいそうだ。
それでも観客の前でこれをやれた興奮で脳内でアドレナリンが出てなんとか立っていられる。
呪いのパワーとアドレナリンが俺の身体の中で激しくせめぎあっているのが鮮明に分かった。こんな感覚は初めてだった。ゾクゾクする。
椅子に腰を下ろす。観客達が唖然として俺を見ている。ただ戸惑っている。そんな空気だ。
「みなさん挨拶が遅くなりました。呪物コレクターの小田ヤスオです。今日はよろしくお願いいたします」
立って様子を伺っていた犬神、馬飼先生、白椿さんも慌てて所定の場所に腰を下ろす。
「じゃ、じゃあ、まずは小田さん。お話しの方をよろしくお願いします」
犬神は動揺を隠せてなかったが、それでも司会の役割を必死で果たそうとしていた。掴んでいたぬいぐるみを隣に座る俺の目の前のテーブルに置いた。
馬飼先生は腕組みをして険しい表情だ。白椿さんは今にも泣き出しそうな顔をしている。
高揚しているは俺だけだった。
「皆さん。先ほど見て頂いたのは今日ご紹介する呪物、呪いの熊のぬいぐるみのパワーで私の身体が金縛り状態になっていた所でした」
客席からどよめきがあがる。しかしまだ半信半疑だという雰囲気を感じる。
「演技ではありません!本当に金縛り状態になっていたのです!みなさんはこの熊のぬいぐるみと目を合わせないでください。目を合わせると恐ろしい状態になります!そうだ、こうしないと……」
客席に向かって顔を向けていたぬいぐるみを、客と目が合わないように、くるっと回転させてこちら側に顔が向くように置き直す。
「小田さんは恐らく演技はしていません」
犬神が助け船を出すように話しに割り込んできた。
「僕が楽屋に小田さんの様子を見に行くと、小田さんはぬいぐるみを顔の目の前の所で手に持ったまま立っていました。顔は青ざめて、目が血走っていて、一目で尋常じゃない状態なのが分かりました。演技であれほどの状態になれるとも思えません。あれが演技だとしたら小田さんは名俳優です。それに……」
犬神の顔を見る。続きを言うか言うまいか逡巡しているようだった。右手でしきりに頬を掻いている。
「もしかして何か見たんですか?覚悟出来てるんで教えてください!」
俺の呼びかけに意を決したのか、犬神は頬を掻く手を止め、溜め息をひとつ吐いた。
「小田さんを黒い靄のような物が取り囲んでいました……」
「その黒い靄は私も見たよ」
すかさず馬飼先生がそうゆっくりと話し出す。
「私はそれを見てこれは呪物の仕業じゃないかと直感したよ。だから小田君の手からぬいぐるみを引き離したんだ。そしたら黒い靄は消え去って、小田君は元に戻った」
表情こそ険しいが、馬飼先生の声はそれでも落ち着き払っている。さすがだ。
「私は何も見えなかったなぁ」
未だ泣き出しそうな表情の白椿さんは弱々しくそう呟いた。
「みなさん信じてくださいますか?私は呪物を百個ほど所有していますが、こんなに私に影響を及ぼしてくる呪物は初めてです!これは最強の呪物です!」
思わず言葉に熱が籠った。観客は戸惑いを強化したまま、ひたすらに凍りついているように見えた。
「でも何て言うか、パッと見ただけじゃそんな強力な呪物だって思えないわ。だって普通にかわいい熊さんのぬいぐるみだもん」
白椿さんが震える声を抑えながらそう言った。言い終わりに被せるように犬神が続けた。
「見た感じ、凄く作りが精巧という訳ではないというか。素朴な作りですよねそのぬいぐるみ」
自然にこのぬいぐるみのいわくについてへ話の流れを作る。動揺をまだ抑えきれていないが、犬神の司会ぶりはさすがだった。
「そうなんです。このぬいぐるみはメーカーが作った既製品ではないのです。ある一般の女性が作った、ハンドメイドのぬいぐるみなんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます