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事件解決はマングローブの歌と共に(一)

「酷い、酷い、酷い!!」


 聖良が髪を振り乱して訴えた。まるで獅子舞いだ。


「俊さん、見てたでしょ。この人達の酷いやり方!」

「えっ、ええ?」


 ご指名の俊は戸惑っていた。


「私はめられたんです。お願い俊さん、私を助けて!!」

「嵌められたって……。聖良ちゃん、友樹さんと健也さんを殺したのはキミだろう? キミが罪を認めないから、久留須くんはこんな手段に出たんだよ?」


 俊の正論は聖良に届かなかった。


「私はこのままじゃ死刑になるかもしれないんですよ!?」

「それはキミの行いに科される罰だ。自業自得なんだよ?」


 聖良はソファーから立ち上がった。


「あなたが、あなたが居なくなったからこうなったんじゃないですか!」


 聖良の言葉を受けて俊はまばたきを数回した。


「どういう……意味だい?」

「あなたは残って、キリング・ノヴァのプロデューサーを続けるべきだったのよ! そうしたら私はずっと裕福でいられたのに!」

「え……」

「私の仕事だってそうよ。お父さん達が一発屋じゃなくて、もっとしっかり芸能界に根を張ってくれていたら、女優だろうがタレントだろうがコネで選び放題だったのに!」


 俊は絶句した。


「ちょっと、お姉さん……」


 美波が恐る恐る、しかしキッパリと意見を口にした。


「モデルの仕事が行き詰って大変なのは知ってるけど、お父さん達は悪くないでしょ? 芸能界はお姉さんが自分で選んだ職場なんだから、人のせいにして甘えちゃ駄目だよ」

「あんたは解ってない!」


 聖良は自分を姉と慕う美波に敵意を向けた。


「あんたが生まれた時にはもう、キリング・ノヴァは売れてなかったから。スターの家族として周りからうらやまれて、たくさんお金を使える贅沢な生活を知らないから。だから綺麗ごとを言うのよ!」

「贅沢なんて……」

「知らないからよ。贅沢ってのはね、一種の麻薬なの。一度知ったら抜け出せない極上の味よ」


 海児が異を唱えた。


「俺は抜けたぞ!? 妻が居て娘が居て食ってくだけの収入が有って……、芸能人じゃない今の生活だって幸せなんだ!」

「ご立派ね海児さん。でも私はご免よ。朝から晩まで働いても、月に数十万しか貰えない普通の人間になるなんて嫌。だって私は美しいんだもの。有名なプロデューサーが付きさえすれば、必ず成功できる選ばれた人間なのよ?」


 まさか。私の全身に鳥肌が立った。遺体を発見した時よりも強い、恐怖心と拒否感が全身を走り抜けた。


「聖良さんあなたは、俊さんを呼び寄せる為に、ただそれだけの為に殺人を犯したの……?」


 音に出してみて、改めて恐ろしい発想だと震えた。


「え……」

「そんな」

「噓だろ?」


 みんなの視線を受け止めた聖良は、唇の両端を大きく上げて笑った。


「そうよ」


 戦慄した。

 聖良が二人の人間を殺害した理由が明らかとなったが、親の気を引く為に玩具を壊す幼児と同じレベルの思考だった。

 聖良はまともじゃなかった。殺人犯なのだからそれは判っていたはずだが、僅かな良心と人間らしさは残っているものだと思い込んでいた。


「俊さんが悪いのよ。連絡先を残さないで消えちゃうんだもの」

「僕の……せい?」

「そうよ。だからあなたの友達を殺したの。騒ぎになれば出てきてくれると信じてた。お父さん達は仲間意識が強いから」


 世間話のように、聖良は恐ろしい事実を淡々と語った。


「これでも最初は戸惑ったのよ? 人殺しなんてしたこと無かったからね。長く罪の意識にさいなまれるとかよく言うじゃない? でもあれ嘘ね。海児さんの背中を押した時に案外簡単だって判ったの。失敗しちゃったけどね」


 海児は化け物を見る目を聖良に向けた。


「俺を押したのも聖良ちゃんだったのか……? どうしてあの日、俺があそこに居るって判ったんだ!?」

「美波のメールで知ったの。お父さんが遅い新年会するから居なくて寂しい、って。ご丁寧に宴会で使う店の情報付きでね。今度私達も飲みに行きましょう、ですって」

「私なの? 私がメールしたからお父さんが……?」


 海児の時だけじゃない。木嶋友樹も坂上健也もそうだ。聖良は自分に気を許してくれた人達の、好意を利用した上で犯行に及んでいた。

 何て後味が悪いんだろう。胸がムカムカした。


「そんな身勝手な理由で……。聖良、おまえという奴は……!」


 父親の嘆きの声は彼女に響かない。


「俊さん、あなたの財力で私に最高の弁護士を付けてよ! そして私が無罪になったら二人で組みましょう。絶対に損はさせない。私は必ずスターになってみせるから!!」


 血走った瞳で妄言を吐く聖良はまさに狂人だった。俊が遊んであげた純粋だった少女はもはや何処にも居なかった。

 俊は毅然きぜんとした態度で狂人に宣告した。


「キミには手を貸さない。僕の大切な友達を傷付けた相応の報いを受けてもらう!」

「私に牢屋に入れと言うの!?」

「そうだ」

「俊さん!!」

「……………………」


 俊の意志が変わらないと感じた聖良は、血が出るんじゃないかってくらい強く唇を嚙んだ。そして


「うああぁぁぁぁぁああーっ!!!!」


 咆哮ほうこうを上げ、手近に有ったグラスをこちらへ投げ付けた。


 ゴトッ。

 グラスは才の頭部すれすれをかすめて、後方の壁に当たってからソファーの背もたれにバウンドし、最終的にラグマットの上に転がった。飲み残されていた茶色い液体が才と俊の服、そしてマットににじんだ。

 グラスは落としても割れないように頑丈な造りをしていた。それだけに、もしも当たっていたら才は大怪我をしていたかもしれない。

 一拍置いて、ぴゃっ、と情けない悲鳴を漏らした才は私の腕にしがみ付いた。


「こいつが、こいつのせいでぇ~!!」


 二つ目のグラスを投擲とうてきしようとした聖良をまず慎也が止め、やや遅れて海児が背後に回って羽交い絞めにした。

 しかし長らく腰痛を患っていた海児は踏ん張りが利かず、暴れる聖良に弾き飛ばされた。


「死ねぇ~!」


 才と奴が寄生する私に、聖良は再びグラスを構えた。ドリンクバー用のプラスチックコップと違い、ぶ厚いガラス製だ。アレは当たったら痛い。絶対に痛い。痛いどころじゃ済まない気がする。

 還暦近い慎也一人では若い聖良を抑えられなかった。再び投擲モーションに入った聖良。私は反射的にまぶたを閉じた。


「痛ぁぁぁぁ!!」


 何故か聖良が痛みを訴えた。瞼を開けた私の視界に入ったのは、背中で後ろ手をねじられた聖良と、彼女に技を掛ける黒いスーツ姿の男性だった。


「き、如月キサラギさん、ありがとう」


 俊がスーツ姿の男性に感謝を述べた。六十代くらいの渋いオジさまだ。俊は私と才に紹介した。


「伊能のリーダーだよ」


 頷く如月の斜め後ろに、顔に特徴の無い青年がやはり黒いスーツ姿で佇んでいた。


「彼は前川マエカワくん。最近伊能に入ったらしくて、僕も会ったばかりなんだ」


 さようですか。隣室でアニソン対決をしていたはずの彼らが、いつの間にか部屋に入り、目にも止まらぬ速さで聖良を拘束していた。

 扉開いた? 足音した?

 私は伊能を御庭番みたいと比喩していたが、それは誤りだった。みたいじゃなくて、まんま御庭番だった。


「どちら様……?」


 前川の手を借りて立ち上がった海児が当然の質問をした。


「彼らは僕の知り合いだよ。いざという時の助っ人として、ずっと隣で待機してもらっていたんだ」

「ふ、ふ~ん?」


 俊の説明を聞いても海児は夢心地だった。現代社会で忍者に遭遇したらこうなる。

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