根暗探偵本領発揮(四)

「勝手なことばかり……」


 腕組みをした聖良は大きな音の舌打ちをした。とても態度が悪かった。


「全部あんたの推測でしょ? 妄想よ!」

「妄想だと言うなら、あなたが木嶋さんの部屋を知っていた理由を教えて下さいよ」

「た……たまたまよ! たまたまここだと思った部屋が当たりだっただけ!」


 パンッ。

 乾いた音が室内に響いた。見苦しい娘の言い訳に、慎也が堪らず手を出したのだ。


「もうやめろ聖良。潔く罪を認めるんだ!」

「何すんのよ、父親なら私のこと庇いなさいよ!」


 平手打ちをされて赤くなった頬を手で押さえて、聖良は父親にまで毒づいた。


「甲斐性無しで私やお母さんに散々苦労かけたくせに、こんな時くらい、少しは私の役に立ったらどうなの!?」

「それが……、俺に罪をなすり付けようとした理由か」


 慎也の肩が震えていた。だがここで彼は泣かなかった。娘を止める父親の責務を果たそうと踏ん張った。


「おまえと母さんにはすまなかったと思ってる。だが、友樹さんと健也は関係無いだろうが。どうしてあの二人を……」

「私じゃない!」

「全ての状況がおまえだと物語ってる。他に誰が居る!?」

「知らないから! だいたい私が友樹さんを殺したって証拠が無いじゃない!!」


 壮絶な親子喧嘩に才が割って入った。


「殺した証拠は有りませんが、木嶋さんが殺された時間帯に、聖良さんがあのアパートに居た証拠なら有ります」

「噓よ!」

「本当です。目撃証言ですけどね」


 海児が思い出した。


「あ、さっき言ってた目撃者か。確か武藤とか……」


 ついに最終局面、ラスボス武藤の登場だ。

 ちなみに俊のポケットに忍ばせた録音機器は、ここまでのやり取りを全部収めてくれている。これだけでも警察が動くには充分な言質となるだろう。

 ここで手を引いて警察に任せてもいいのだが、どうせなら最後までやり遂げよう、才はきっとそう思っている。私も。木嶋友樹と坂上健也の死に立ち会った者として。


「そうです、木嶋さんと同じアパートの住人だった武藤さんです。聖良さん、あなた木嶋さんを殺して部屋を出た直後に、仕事帰りだった武藤さんとすれ違ってるんですよ。覚えてませんか?」


 聖良の表情が固まった。その表情のまま強がった。


「……知らない。私はその日アパートへ行ってないもの」

「そうですか~。武藤さんはよく覚えてるみたいでしたけどね。言ってましたよ? アパートの住人に居ないタイプの、綺麗でお洒落しゃれな人だったからとても印象に残ったって」


 聖良は唾を飛ばす勢いで才を罵った。


「はっ、噓吐き! 暗い中ですれ違って、そこまで印象に残るもんですか!」


 あふぅっ。耳が拾ったある形容詞に私は大きく反応して身悶えた。まるで変態だが、それだけの影響力をその形容詞は秘めていた。

 聖良はたった今、致命的なミスを犯したのだ。才が聞き流さずに拾ってくれることを私は切望した。


「暗かったんですか?」


 拾った! そうだよね、ストーカーくんの網の目は狭いもの。


「何がよ?」

「アパートの周囲ですよ。暗かったんですか?」

「は? そりゃ暗いでしょうよ。私は行ってないから想像だけどね!」

「暗いのかなぁ……」

「日の入り前だから当然でしょ!? 何が言いたいのよ、腹立つガキね!!」


 苛立つ聖良を無視して、才は私に問い掛けた。


「木嶋さんが殺された時間って、いつでしたっけ?」


 私は胸を張って答えた。


「2月8日の午前中だよ。亡くなってから数日間経過していたから、死亡推定時刻が大まかにしか割り出せなかったの」


 才はニッコリ微笑んだ。悪代官の笑みだった。


「カナエさんの言う通りです。新聞やテレビでは午前中とだけ報道されました」


 今度は聖良に向かって才は微笑んだ。そしてゆっくり宣言した。


「それが明け方なのか正午近いのか、知っているのは犯人だけなんです」

「~~~~~~っ!!!!」


 聖良は声にならない叫びを上げた。

 美波、海児、慎也は呆然としていて、俊は唇を結んで顔を背けた。能天気な私は心の中でガッツポーズをした。よっしゃあぁあ! 決まったぁぁ!!


「あ……ぐうぅ……」


 顔面蒼白な聖良の身体は、ソファーの背もたれからズルズル下へ沈んでいった。文字通り聖良は落ちたのだ。

 しかし相手がグロッキーな状態になっても、手を緩めないのが才という男である。奴はサディストの属性も持っていた。


「ここで決まっちゃいましたかぁ、ちょっと残念。武藤さんとの直接対面をちらつかせて落とすつもりだったんですけど」

「くぅっ……」

「うーん、それにしてもあの武藤さんがキーパーソンになるとは。今回起きた一連の事件を二時間ドラマに例えたら、武藤さんは序盤に登場するだけのモブキャストだと普通は考えますよ。配役には話題性作りでお笑い芸人さんってトコですね。だから俺、武藤さんの存在を途中まで忘れてたんです」


 調子に乗ったボサ頭の発言は不謹慎のオンパレードだった。恩人となった相手をモブ扱いしてはいけない。死者が出た事件をドラマに例えるのはもっと良くない。


「才くん、推理的中おめでとう。さて、ここからはこれからのことを考えましょう」


 私は才が暴走しないように、話題を切り替えることにした。


「あの慎也さん、おつらいでしょうが……」


 慎也は頭を振った。


「いいんだ、やるべきことは解ってる。娘を連れて警察に出頭するよ」

「そうですか……」


 慎也は覚悟を決めていた。二人も計画的に殺した聖良には重い刑事罰が適用されるだろう。動機によっては極刑も有り得るかもしれない。渚親子に幸せな未来はもう訪れないのだ。

 しんみりとした空間に才の明るい声が響いた。


「あ、そうそう!」


 才は人差し指を立てて聖良をからかった。


「内緒だったんですけど、実は武藤さん、聖良さんを男性だと勘違いしてたんですよ?」


 こらバラすな。空気読め。


「はっ……?」

「まだ寒い時期だったから襟を立てて、髪の毛をコートの中に入れてたんでしょ? 武藤さんはあなたの長髪を見ていません。背が高いから男だと思っただけ。雰囲気イケメンなんて称してましたよ。アハハッ」


 勝利が確定した才はご機嫌で、周りが見えていなかった。彼が就職活動をことごとく失敗しているのは、あがり症のせいだけでは無い気がしてきた。


「才くん、その辺で……」

「武藤さんが目撃したのが女性だとすぐ判っていたら、もっと早く推理を完成させられたのに」


 聖良は口をパクパク動かした。皮肉にも、木嶋友樹の遺体を発見した武藤の姿と重なった。


「じ、じゃあ、そいつは、私のことちゃんと見た訳じゃなかったの……?」

「見ましたよ。でもお洒落な服装だとは思ったものの、アパレルに疎い武藤さんにはブランドが判らなかったそうです」

「そうじゃなくて顔、顔よっ。そいつは私の顔をしっかり見なかったの? 男か女かも判らなかったの!?」

「顔? 顔を認識するなんて無理に決まってるじゃないですか。あなたはマスクとサングラスしてたんでしょ? それに何と言っても明け方は暗いですからね~。アハハハハッ」


 これには聖良だけではなく、慎也達も驚いた。引きった笑みを浮かべた海児が聞いた。


「ええと、じゃあ久留須くん、目撃者が居るって堂々としてたけど、半分くらいハッタリだったのか?」

「はい。目撃者の存在を使って聖良さんに揺さ振りを掛けたかったんです。武藤さんには最悪、偽証罪にならない程度の大袈裟な証言をしてもらう予定でした」

「おいおい……」


 これではどっちが悪者なのか。

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