根暗探偵本領発揮(三)

「違うって!!」


 認めようとしない聖良に才は静かに尋ねた。


「じゃあどうして、あなたは木嶋友樹さんの部屋に花を手向たむけることができたんですか?」

「はっ!?」


 これだけでは聖良に意味が通じなかったようだ。才が細かく質問した。


「聖良さんは花を手向けに来るまでは、木嶋さんがあの安アパートに住んでいることを知らなかったんですよね? 昔は羽振りが良かったそうですから、もっと家賃の高い所に住んでいたんでしょう?」

「……そうよ。父がキリング・ノヴァのメンバーと交流を断っていたから、私も遠慮して連絡は控えていたの」

「ではどうして、木嶋さんが亡くなられたアパートの所在地を、連絡を控えていたあなたが知っていたんですか?」


 聖良は小馬鹿にした口調で答えた。


「美波の家に友樹さんから年賀状が届いていたからよ。そこに書かれた住所を頼りにしたの。前にも話したよね?」

「はい、聞きました。俺が引っ掛かるのはですね、年賀状を頼りに初めて訪れた地域で、美波さんの前を歩いて、迷うことなく友樹さんの部屋の前に到着したって点です」

「それ、私も不思議に思ってた……」


 発言したのは美波だった。


「お姉さんにも友樹おじさんの年賀状を見せたけど、一回だけだよね? 私はネットで番地検索したけど、それでも初めての場所だったから不安だったよ? お姉さんは一回見ただけで、アパート名も番地も部屋番号も丸暗記しちゃったの?」

「記憶力が良いのよ!」

「でも、聖良さん」


 私は幼子を諭すように言った。


「あのアパート古くて、部屋番号を記したルームプレートもボロボロで読めない状態なのよ。暗記した部屋番号だけで辿り着けるものかしら?」

「これだからオバさんは!」


 オバさん。いやそうなんだけれどさ、面と向かって他人に言われると腹立つな。


「部屋番号が読めなくても、入り口から数えていけば判るでしょ!」

「そ、そうかな。ところで記憶力の良い聖良さんは、木嶋さんの部屋番号を今でも言える?」

「104号室よ!」

「え?」


 自信満々な聖良の答えを、美波が遠慮がちに訂正した。


「お姉さん、友樹おじさんの部屋は105号室だよ……?」

「はぁ!? 一階の入り口から数えて四つ目の部屋なんだから、104号室でしょ!」


 怒鳴られて涙目になった美波を才がフォローした。


「美波さんが正しいです。木嶋さんの部屋番号は105号室でした」

「でも!」

「あのアパートにはね聖良さん、四の付く部屋が存在しないんですよ」


 聖良の目が、これでもかというくらいに見開かれた。


「日本では四と九の数字を、死や苦しみに繋がると忌み嫌う人達が一定数居るんです。あのアパートのオーナーもそうらしくて、四を避けて部屋番号が割り振られていました」


 開かれた聖良の目の周辺がピクピク動き始めた。眼筋肉の痙攣だ。


「年賀状に書かれた木嶋友樹さんの部屋番号は、美波さんの言う通り105号室だったのでしょう。では何故、聖良さんは四つ目の部屋に迷わず向かったのでしょうか?」

「そうだよね、普通は間違えるよね……」


 俊が小声で呟いた。実は俊も聖良と同じく、アパートに四の付く部屋が存在しないことを知らなかった。だから俊は部屋を間違えて、一つ隣の106号室に献花してしまったのだ。

 美波と聖良がやってきた時には、既に警察の立ち入り禁止テープが剝がされていた。105号室にチラシが投函されないように、集合ポストの口はマスキングテープで封じられていたが、ドアには施錠以外の処置はされていなかった。事故物件であると世間に認識されることを、オーナーが嫌がったからだろう。

 その結果、木嶋友樹の部屋の前は、他の部屋と何ら変わらない外見となった。だから俊は部屋を間違えたのだ。

 しかし聖良は間違えなかった。両者の違いを目の当たりにして才は、自分の中の聖良への疑惑を確信へと変えたのだった。


「……………………」


 黙っている聖良に代わり、才が模範解答を示した。


「聖良さんはそこが木嶋さんの部屋だと知っていたんです。前にも来たことが有ったから。年賀状にはチラリと目を通しただけ。既に知っている情報だったので、真剣に見る必要は無かったんです」


 慎也が重い口を開いた。


「……前にも来たというのは、友樹さんが殺された日か?」


 才は頷いたが、海児が待ったを掛けた。


「でもよ、その日はどうやって行ったんだ? 誰かが案内してくれたのか?」

「はい。家主である木嶋友樹さんが」

「友樹さんが……!?」

「そんな……!」


 慎也と海児は狼狽した。被害者自らが殺人犯を自宅に招き入れてしまっていたのだ。坂上健也の時と同じだった。


「木嶋さんは住む家を替えましたが、電話番号はそのままだったんじゃないですか?」

「ああ。いつでも連絡してくれって、携帯持ってからは番号もメルアドもずっと同じままだった……」

「やっぱり」


 木嶋友樹はバンド解散後も仲間と繋がっていたかったのだ。それが殺人犯を呼び込むことになるなんて。やるせなかった。


「聖良さんは連絡を控えたと言いましたが、本当は木嶋さんに電話していたんです」

「してない!」


 聖良がヒステリックに主張した。


「してたら私のスマホに通話記録が残るはずでしょ? 疑うんなら警察にスマホを提出してあげる。消した履歴も機械使って復活させればいいよ。私が掛けてないってすぐ判るから!!」

「公衆電話を使ったんでしょう? 木嶋さんにはスマホが故障したとか言って誤魔化して」


 才の指摘に聖良は唇を嚙んだ。図星だったようだ。


「あなたに言われなくても、刑事には通話履歴を調べてもらいます。調べるのは木嶋さんのスマホの方ですけどね。今は公衆電話を使う人が少ないから、すぐに裏が取れると思いますよ?」


 攻勢だった才が、ここで声のトーンを潜めた。


「……独り身だった木嶋さんは、聖良さんや美波さんを実の娘のように可愛がっていたそうですから、聖良さんから電話を受けた時は嬉しかったと思います。久し振りに娘に会えるって」


 この言葉に美波の涙腺が崩壊した。聖良は眉一つ動かさなかったが。


「木嶋さんは聖良さんに最寄り駅だけ教えて、当日駅まで彼女を迎えに行ったんでしょう。再会した二人は木嶋さんの自宅で飲み明かしました。木嶋さんにとってとても楽しい時間だったはずです。勧められるままに飲んで泥酔してしまうくらい。そして木嶋さんは、聖良さんに電気コードで首を絞められたんです」

「友樹さん……」


 慎也と海児、そして俊がうつむいた。美波は泣き、木嶋友樹に会ったことの無い私ですら胸を痛め、才だってつらそうだった。哀しみよりも怒りに支配されているのは聖良だけだった。

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