根暗探偵本領発揮(二)

「次は慎也さんが映ったとされる、駅の監視カメラについてです」


 才の話を邪魔しないよう静聴に努めた。おかげで隣室から、伊能が歌うアニメソングメドレーが聞こえてくる。あの人達は本当に頼りになるのだろうか?


「カメラにはわざと映ったのか、たまたまだったのか……。どちらにしても大失敗でした」

「どうしてよ!?」


 当の聖良がまさかのツッコミを入れてきた。そんなことをしたら自分が犯人だと言っているようなものなのに。気づいてないのかな?


「身長差ですよ。聖良さんは女性の中では高身長ですが、それでも慎也さんより二十センチ近く低いでしょう?」

「それが何!?」

「警官に立ち会ってもらって、もう一度駅のホームカメラに映ってみましょうよ。同じ位置で。今度は慎也さんも一緒に」

「!」


 才の意図に聖良は気づいた。


「あなた一人だけの映像なら刑事の目を欺けたでしょうが、慎也さんの映像が加わったら無理なんですよ。監視カメラの人物と慎也さんの体型を比較して、警察は別人だと判断するでしょう」

「……………………」


 聖良のまばたきの回数が異常に増えた。これはかなり効いたな。


「聖良……」


 慎也が娘を気遣って手を伸ばしたが、その手を聖良は取ろうとしなかった。


「私じゃない……」


 低い声で聖良は反論した。


「監視カメラに映ったのはお父さんじゃないかもしれない。でも私じゃない。たまたま似た格好をした誰かがあそこに居たのよ!」

「慎也さんでも聖良さんでもない第三のロックンローラーが、たまたま坂上さんが殺されたあの日、たまたま近い時間に、たまたま坂上さんの自宅付近をうろついていたんですか?」


 呆れ顔の才に聖良が言い切った。


「そうよ!!」


 大声を出されて才が少し怯んだ隙に、聖良は畳みかけた。


「所詮は画像の荒いカメラ映像じゃない! 私を犯人にしたいなら、私を見たとハッキリ言える人間の目撃者を用意しなさいよ!」

「目撃者ですか……」

「そうよ、居ないんでしょ? 居たらとっくに出てきているはずだもんね!」


 聖良はせせら笑ったが、才は溜め息を吐いた。


「居ますよ」

「は!?」

「居ますよ、目撃者」


 あれ、才。それをここで言っちゃうの?


「ねちっこい性格の人なんであんまり呼びたくないんですが、連絡先を俊さんの知り合いが調べてくれたので、その気になればいつでも証言をお願いできます。嫌ですけど」


 おい。貴重な目撃者にあんまりな言い草だろう。心の中で思っていても口に出しちゃいけない。

 ちなみに連絡先を調べてくれたのはもちろん伊能だ。便利な人達だなぁ。一家に一人伊能さんの時代が来ればいいのに。


「目撃者って、誰よ。どうせハッタリなんでしょ?」


 才の腹を探るように聖良が聞いた。才はその名前を告げた。


「武藤さんです」

「武藤K司か!?」


 反射的に海児が有名プロレスラーの名前を挙げて、横の美波に水平チョップを入れられていた。


「ぐふっ。……じゃあ誰だよ、武藤って」


 目撃者情報はこちらの切り札。打ち合わせの段階では、寝癖マン武藤の話題は最後に持ってくる手筈だった。聖良にごねられて進行が少し狂っちゃったな。仕方が無いか。


「武藤さんって確か、木嶋友樹さんと同じアパートで、隣の部屋に住んでいた人だよね!?」


 私が白々しい説明台詞を差し込んだ。予定通りではなくても、今は流れを止めないことが最優先だ。


「そうです。そして木嶋さんの遺体の第一発見者でもあります。そのショックで現在は別のアパートへ引越していますが」

「おや? 第一発見者はキミ達ではなかったのかい?」


 棒読みで俊が才に質問した。彼も頑張っていた。みんなで才の推理を完成させるんだ。


「最初に木嶋さんの部屋に入ったのは武藤さんだったんです。俺とカナエさんは彼の後に入りました。武藤さんが動揺して上手く喋れなかったので、通報した俺がそのまま警察とやり取りすることになったんです」

「なるほど。では武藤さんとやらも事件に詳しいんだね」

「木嶋さんは2月8日の午前中に亡くなったんじゃないかって、テレビのニュースでやっていたよ。私達が発見した二日前だよね?」


 説明台詞再び。


「ええ。死後数日間経過していたので、正確な死亡時刻を割り出せなかったみたいですね」

「ちょっと、今は健也さんの話をしてるんでしょ? 何で友樹さんのアパートの武藤とかいう奴が出てくんのよ!?」


 聖良の言葉使いがどんどん悪くなっていく。


「そりゃあ、友樹さんもあなたが殺したからですよ」

「はぁ!?」


 聖良には才の挑発を受け流せるだけの余裕が無かった。いちいち才の発言に噛み付いていた。


「私は殺してない!」

「でもですね、あなたの言動には不自然な点が有るんです。その一つが凶器に関する質問ですね」


 才は一旦武藤を横に置いて凶器の話題を出した。狂った進行の軌道修正を図ったのだ。目撃者である武藤はやはりラストに回したいらしい。迷惑な男だったけれど私達の切り札だもんね。


「凶器?」

「覚えてませんか? 初めて会った日、あなたは木嶋さんが絞殺された凶器は何だったのか、そんな質問を俺にしたじゃないですか」


 凶器は電気コードだった訳だが、争点となるのはそこじゃない。


「いけない!? 友樹さんの最期を知りたかっただけよ。知らなかったから聞いたの。別におかしな質問じゃないでしょーが!」

「いや、あなたは知っていた。絞殺に凶器が使われたことを」

「はっ……?」

「どうして、素手で殺された可能性を考えなかったんですか?」

「!」


 木嶋友樹は大量のアルコール飲料を摂取して泥酔状態だった。テレビニュースでも、酔っていたところを襲われた可能性が高いと報道していた。犯人が男性だったなら、素手でも彼を簡単に絞め殺せただろう。


「あなたは知っていたんだ。犯人が非力な女性、自分だってことを」

「違う!」

「そもそもあなたは冷静過ぎたんですよ。キリング・ノヴァのメンバーが次々に殺されて、次は自分の父親の番かと怯えていた美波さんとはえらい違いだ」

「冷静に対処しなければ、余計な危険を招くと思ったから!」

「そうじゃないでしょう? 犯人だからこそ、次に誰が狙われるか知っていたんだ」

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