根暗探偵本領発揮(一)

 よし、打ち合わせ通りにここまでは進行できた。取り敢えずは成功と言ってもいいだろう。これで聖良はだいぶ追い詰められたはずである。

 ……はずであるのに、聖良は鼻で笑ったのであった。


「そうね、お父さん以外が犯人なら、私しか居ないでしょうね」


 え、あっさり認めた!? ならどうして彼女は笑っていられるんだろう。

 聖良の次の言葉に一同は凍りついた。


「だったら犯人はお父さんなのよ」


 はい……?


「だって私はやってないもの」


 いけしゃあしゃあと聖良は言ってのけたのだ。美形の慎也が埴輪のように口を縦に開き、驚愕の表情を形成していた。

 俊が静かに尋ねた。


「……キミは大切なお父さんに、罪をなすり付けるのかい?」


 これは台本には無い、彼の心から漏れた言葉だった。


「やめて下さいよ俊さんまで。さっきからそこの失礼な人が何か言ってるけど、お父さんが犯人だと考えた方が自然でしょう? トリックなんて最初から無かったのよ」


 あーあ、才の予測通りになっちゃったか。二人殺した罪を親に着せようとする人間が、素直に認める訳がないって彼は言っていた。私としては素直になってほしかったんだけどな。これでは聖良を可愛がっていた友樹さんと健也さんが浮かばれない。


「聖良お姉さん、変だよ」


 横から美波が聖良を批判した。


「ウチのマンションで慎也おじさんが刑事に連れていかれた時は、凄くショックを受けてたじゃない。一緒に居なかった自分のせいだって、自分のこと責めてたじゃない。なのにどうして今日は、慎也おじさんが犯人だなんて酷いこと言うの?」

「あの時とは状況が違うでしょ? 何もしていない自分が犯人扱いされたんだから、怒って当然じゃないの。私こそ酷い目に遭ってるんだよ、解らない!?」


 才が冷めた目で言い返した。


「俺はあなたこそが犯人だと思いますけどね」


 聖良も負けじと言い返す。


「思うだけでしょう? 私に犯行が可能だってだけで、決定的な証拠が無いじゃない!!」

「証拠……ですか。そうですね、決定打と呼べるものは無いのかもしれない」


 才の謙虚な発言を敗北宣言だと勘違いした聖良は、腕を組んでふんぞり返った。


「ほらね、やっぱり!」


 鼻息荒く笑う聖良を尻目に、才は自分のトートバッグを漁り何やら取り出した。

 聖良が罪を認めなかった場合の、プランBへ作戦は移行したのだ。私と俊は顔を見合わせて目配せした。


「何よ、それ……」


 聖良は才が手にしている物を認識できなかった。それは百円均一ショップのキッチンカテゴリーでよく売られている品、食品を冷凍保存する為のチャック付きビニール袋であった。専門家はフリーザーパックと呼ぶ。

 しかし肝心なのは袋ではなく、袋に入れられていた物体Xだ。


「これは坂上健也さんが殺された日、コーヒーショップで待ち合わせた朝に、聖良さんの襟元に付いていた物です」

「あ、そういえば才さん、お姉さんに付いていたゴミを取っていたね」


 本当はこの台詞は私が言う予定だったのだが、美波が偶然同じ内容の発言をした。誰が言っても進行に問題は無い。


「その通りです。ところで海児さん、これは何に見えますか? 中身は取り出さないで見て下さい」


 才はビニール袋ごと海児に手渡した。老眼が入り始めた海児は、少し離して袋の中の物体Xをまじまじと見つめた。


「何って、赤い糸くずにしか見えねぇぞ」


 美波も参加した。


「糸にしてはずいぶんと細くない?」


 才がヒントを出した。


「それとそっくりな物を、この部屋の何処かで目にしませんでしたか?」

「へ? この部屋? 赤いものって……」


 顔を上げた海児は、斜め前に座る慎也に目を止めた。慎也の頭部には赤い色をした何かが乗っていた。


「慎也さんのズラかぁ!!」


 大声で海児は、慎也のデリケートな頭髪の秘密を暴露してしまった。推理の流れで不可抗力とはいえ、やっちゃったね。海児は慎也に睨まれ、隣の美波から無言で肘鉄を入れられていた。

 まだおデコの頭髪が後退する恐怖と無縁の才は、何事も無かったかのように話を進めた。


「はい。おそらくはウイッグに使用される合成繊維です。慎也さんのウイッグから抜けたか、それとも聖良さんが似た物を購入してそれから抜けたか、そこまでは判りませんが」


 物体Xはカツラから抜け落ちた人工毛だった。心なしか、聖良の顔が蒼ざめて見えた。


「あんた、そんなゴミを今まで保存してたの!?」

「ええ。あの日はこれが何だか判らなかったんですが、どうしてだか気になったんですよね。それで念の為に」

「普通は保存なんかしないから! あんたおかしいから!」


 これについては聖良に丸々同意だ。才にはやはりストーカー気質が有る。怖い。


「俺の勝手です」


 ムッとした才は意地悪く尋ねた。


「どうしてこれが、あの日、聖良さんの襟元に付いてたんでしょうね?」


 ストーカーを睨みながら聖良は強気に返した。


「あんたは私があの日、ウイッグを被ってお父さんに変装したと言いたいんでしょうが、違うから! したとしたら、ウイッグを含めた変装グッズは何処に行ったの? あの日、私は小さなバッグしか持ってなかったのよ?」

「コーヒーショップへ来る前に、変装グッズは駅のロッカーにでも預けたんでしょう?」

「違うから!」

「そうですか。あ、ちなみにコレ、後で警察に届けておきます。警察の……科捜研でしたっけ? そこなら最新技術で詳しく調べてくれるでしょう」

「なっ……」


 聖良は明らかに動揺していた。


「そんなゴミ、持っていったところで相手にされないよ!?」

「俺の勝手です」


 才はバッグにビニール袋をしまい込み、聖良はそっぽを向いた。

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